記者会見に応じた兵庫県の斎藤知事(写真:時事)

辞めるタイミングを逸した代償が非常に大きいことを、兵庫県の斎藤元彦知事はいまだ理解していないかもしれない。兵庫県議会の自民党、公明党、ひょうご県民連合、日本共産党の4会派および無所属議員は9月12日、斎藤知事に辞職を申し入れた。

県議会の「解散」もちらつかせはじめた

だが斎藤知事はそれを頑なに拒否している。それどころか、「(19日に始まる9月議会で)しっかりと補正予算、県民生活を支えるための予算を100億円用意させていただこうと思っていますから、それをしっかり審議いただいて成立することも大事です」と、補正予算を“人質”にするかのような発言を行った。

さらに「不信任案が提出・可決されれば、私としては法律にのっとってさまざまな選択肢がありますので、それをしっかり考えていくということです」と、議会の解散をもちらつかせた。

斎藤知事はその前日、記者団に対して「こういう状況になったことは申し訳ないなと、自分自身に対して悔しい思いだ」と、3年前の知事選で応援してくれた自民会派の議員の名前を出して涙を流した。斎藤知事を庇い続けた日本維新の会が9月9日、その態度を一転させて辞職と出直し選挙を求める申し入れをしたことも影響したに違いない。

長らく副知事経験者が知事に事実上「昇格」してきた兵庫県政だが、2021年7月の知事選でその“慣習”は破られた。

5期20年を務めた井戸敏三前知事の後継者は、通算15年間も兵庫県政の中枢を担った金澤和夫元副知事だったが、総務省での後輩官僚だった43歳(当時)の斎藤知事に25万8000票も差をつけられて敗北した。

斎藤知事の応援に力を入れていた維新

勝因は大阪府財政課長だった斎藤知事に、維新の応援が付いたことだった。自民党本部からの推薦を受けた斎藤知事だが、日本維新の会は投開票日前日の7月17日に松井一郎代表(当時)と吉村洋文副代表(当時)がともに三宮駅前で演説を行うほど、斎藤知事の応援に力を入れていた。

「僕の時代に財政課長で来てもらって、吉村さんとは2年一緒に働いて、役所の中のお金の使い方のおかしいところは全部わかってますから、斎藤さんを兵庫県に、県庁に送り込んで、内向きのお金の使い方を改めさせましょう」

吉村氏の前に大阪府知事を務めた松井氏はこう述べて、維新と斎藤知事との“上下関係”を示唆している。斎藤知事もその期待に応えるべく、当選後は県立大学・大学院の授業料無償化など「維新流の政策」を忠実に実行しようとした。

さらには維新との関係が悪かった井戸前知事の痕跡を消し去るべく「新県政推進室」を設置。井戸前知事が計画した「新庁舎の建て替え」を取りやめ、「4割出勤」などを実施したが、職員の評価は芳しくなかった。


報道陣に公開された兵庫県の知事応接室で、展示された斎藤元彦知事が受領したとされる贈答品など(写真:時事)

こうしたやり方が、多くの県庁職員の心を斎藤知事から離してしまったに違いない。そしてそうした不満の鬱積こそが、騒動のきっかけとなった告発文書問題を生む土壌となったのではなかったか。

だからこそ斎藤知事は、斎藤県政に関わる7つの疑惑を記した告発文書を入手した直後に片山安孝副知事(当時)らに「徹底的に調査するように」と命令を下し、片山氏が文書作成者である元西播磨県民局長のパソコンから「革命」「クーデター」などの文言を見つけ、「選挙で選ばれた知事を排除しようとしている」と判断したのではなかったか。

「まるで独裁者が粛清するかのような陰惨な構図」

その一連の様子を9月5日の百条委員会で奥山俊宏上智大学教授が「まるで独裁者が粛清するかのような陰惨な構図」と評した。独裁者は自分を客観視できないが、斎藤知事は6日の百条委員会で、「道義的責任とは何か、私はわからない」と言い切った。

もっとも当初は維新という“味方”がいて、百条委員会の開催に反対してくれたが、現在は86人の県議全員が辞職を求めている。それでも斎藤知事はその地位にい続けようとしているのは、不信任案が可決された場合に「解散」という対抗手段があるためだ。

現在の兵庫県議会は自民党が37議席、維新の会が21議席、公明党が13議席、ひょうご県民連合が9議席、日本共産党が2議席、無所属が4議席という構成になっている。

このうち維新は昨年4月の県議選で4議席から21議席と大躍進したが、現在はIR問題や斎藤知事問題で政党支持率が低迷。斎藤知事の問題の影響もあって、8月25日の箕面市長選では維新の現職が惨敗した。よっていま県議会を解散されては、特に維新は議席を大きく減らす可能性が非常に大きい。

もう1つの対抗手段が、9月の定例議会に提出予定の約100億円にのぼる補正予算だ。これについて斎藤知事は12日、記者団に「家計応援キャンペーンということで、プレミアム付きの商品券的なものをさせていただくことを予定しているし、LPガスの値上がりに対する支援をさせていただくことが中心になる」と披露したが、まさに県民の生活を“人質”としたやり方といえる。

また告発文書問題の内容を調査する第三者委員会も、斎藤知事の“居座り”の理由となるかもしれない。第三者委員会は9月18日に初会合が開かれ、来年3月上旬に調査結果が公表される予定だが、「それを待つ」という名目で、半年ほど粘ることができる。

兵庫県知事は幼い頃からの夢だった

「元彦」という名前は第36・37代兵庫県知事を務めた故・金井元彦にちなんで斎藤知事の祖父が付けた。日本ケミカルシューズ工業組合理事長を務めた祖父は、兵庫県政にも顔が利き、自民党国会議員が県議時代の後援会長も務めていた。兵庫県知事になることは、斎藤知事の幼い時からの夢であり、祖父との約束でもあったのだろう。

自分は何も悪いことはしていない、兵庫県のために(維新に倣った)改革を進めていこうとしただけだーー。斎藤知事はそのように思い込んでいるに違いない。しかし問題が全国的に知れ渡った以上、もはや汚名返上は不可能だ。

公益通報制度を解せず、職員を死に追い込んだ知事として、斎藤知事の名前は兵庫県史に残るだろう。また議会の不信任決議案に対して解散権を行使するなら、都道府県議会で最初の例として記録される。

子曰く。知之これに及ぶとも、 仁之これを守ること能はざれば、 之を得と雖も、必ず之を失う(知恵が十分にあっても、仁の心を保たなければ、人民の支持を得たとしても、そのうち心は離れていく)ーー。

議会解散、補正予算、第三者委員会を盾に居座る斎藤知事が失うものは大きいが、兵庫県が失ったものはさらに大きい。

(安積 明子 : ジャーナリスト)