左から、さいとう・たかを『サバイバル』、望月峯太郎『ドラゴンヘッド』、山田芳裕『望郷太郎』

元日に発生した能登半島地震は、いまだ現地に大きな傷跡を残したままだ。南海トラフ地震臨時情報を受け、東海道新幹線が速度を落として運行、海水浴場閉鎖などのニュースは記憶に新しい。関東大震災から101年、いつまた巨大地震が来てもおかしくない。地震のみならず、気候変動による災害も気にかかる。

大きな災害に見舞われたとき、人間はどうなるのか。漫画家たちが想像力を駆使して描いたサバイバルマンガは、いざというときのシミュレーションの役割も担っている。

大地震によるカタストロフを描いた『サバイバル』


敗戦の焼け野原から驚異的な復興を遂げた日本。しかし、急激な経済成長のひずみが公害や交通事故の深刻化という形で噴出したのが1970年代だった。1973年のオイルショックによって、かつてのSFが描いた“バラ色の未来”や科学信仰は崩壊。代わりに世の中を覆ったのが終末論であり、オカルトである。

五島勉『ノストラダムスの大予言』がベストセラーになり、スプーン曲げのユリ・ゲラーが超能力ブームを巻き起こす。小松左京『日本沈没』が大ヒットしたのもこの頃で、同作はさいとう・たかをによってマンガ化もされている(クレジットはさいとう・プロ)。そのさいとう・たかをが再び大地震によるカタストロフを、オリジナルストーリーで描いたのが『サバイバル』(1976年〜1978年)だ。

中学生の少年が夏休みに友人たちと洞窟探検していたところを大地震に見舞われる。なんとか一人だけ脱出したものの、あたりの景色は一変。周囲の陸地が海に沈み、離れ小島に取り残されたような状態になっていた。そこから彼のサバイバル生活が始まる。

なんといっても、まず必要なのは食料だ。川に魚がいるのを発見した彼は、木の枝をナイフで削ったモリで突こうとするが、うまくいかない。次にリュックで簗(やな)のような仕掛けを作るも水圧で流されそうになる。そこで今度はリュックの底にパンチ状の穴を開け、再チャレンジ。何度か空振りするものの、ついに魚を捕まえることに成功する。


さいとう・たかを『サバイバル』(リイド社)リイド文庫1巻p48より

いきなりそんなことができるのもすごいが、竹と蔓草で弓矢を作ったり、折れ釘で釣り針を作ったり、ワナを仕掛けて獲ったウサギの皮をなめしたりと、どんどんスキルアップしていく。あげくの果ては、石弓や投槍器でクマやカモシカを倒して解体し、肉を燻製にして保存するところまでやってのけるのだから、たくましいにもほどがある。

そんなある日、少年が暮らす島にボートが漂着。中には若い女性が横たわっていた。大異変以来、初めて自分以外の生きている人間に会って感涙にむせぶ少年。が、彼女から日本が壊滅状態であることを聞かされ、ショックを受ける。それでも彼女が持ってきた缶詰や米で久しぶりに文明の味を堪能し、孤独感からも解放された。サバイバル生活に慣れない彼女の甘えやわがままに悩まされながらも、年上の女とひとつ屋根の下で暮らしていれば、思春期の中学生男子としては当然、悶々とするわけで……。

その後の二人の関係はご想像にお任せするが、やがて少年は手作りイカダで島を出て本土へと渡る。廃墟となった街に衝撃を受けながらも、線路沿いに東京へと向かう。そこで出会った人物から家族が生きているかもしれないという情報を得た彼は、家族を探すためにまた旅立つ。行く先々でいろんな人間と出会い、親切にされたり、ひどい目に遭ったりしながら旅を続ける。それはまるでロードムービーのような味わいだ。

〈サバイバル――生き残るためには、たくましく“創造的”でなければ、ならないのである〉とナレーションで語られるとおり、少年は創意工夫でさまざまな道具を作り出し、何があってもあきらめない。文明社会が崩壊した中で一人で生きていく術を身につけ、いろんな面で成長していく少年の姿は、混沌とした当時の世の中にひとつの模範を示してもいた。

パニック状況下の異常心理を描く『ドラゴンヘッド』


1985年(昭和60年)のプラザ合意を機に、日本はバブル景気に突入していく。しかし、ふくらむだけふくらんだバブルは、平成に入ってすぐに弾けた。それでもしばらくは余熱に浸っていられたが、1995年(平成7年)に起こった阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件によって、安穏とした世界観は完全に破壊される。

それを予見していたかのようなカタストロフ大作が、望月峯太郎(現望月ミネタロウ)の『ドラゴンヘッド』(1994年〜2000年)だ。修学旅行帰りの中学生・テルを乗せた新幹線が(大地震と思われる異変が原因で)トンネル内で大事故を起こす。暗闇の中で意識を取り戻したテルだったが、周りは死体だらけ。マグライトの灯りを頼りに車外に出てみると、トンネルが前後とも崩落しており、閉じ込められてしまったことを知る。

ラジオから途切れ途切れに聞こえるのは「非常事態宣言」「緊急放送」といったフレーズ。想像を超えた事態に茫然としながらも、テルは生存者の女子・アコを救出する。さらにもう一人、同じく生き残っていた男子・ノブオと遭遇。本来なら3人で力を合わせて救助を待つなり脱出の方法を見つけるなりしたいところだが、暗闇の恐怖に囚われたノブオは異様な言動が目立ち始め、やがて正気を失っていく。


望月峯太郎『ドラゴンヘッド』(講談社)ヤンマガKCスペシャル2巻p156-157より

まるでカルト宗教に魅入られたかのように、全身に呪術的なペイントを施したノブオが二人を支配しようとする場面は強烈なインパクトがあった。しかし、それはまだほんの序章。闇に消えたノブオを残し、どうにか地上に出たテルとアコが見たものは、昼なお暗い廃墟と化した世界だった。

そこから二人は東京に帰るべく歩き始める。途中、隊を離脱した不良自衛官と行動を共にしたり、津波によって孤立した島となった伊豆でゴッドマザー的な女性に救われたかと思ったらテルが病に倒れ、アコと自衛官が薬を探しに行った街で暴徒に追われたりと苦難の連続。行く先々で泥流や巨大竜巻にも襲われる。文字どおり命がけでたどり着いた東京もやはり廃墟と化しており、謎の地下組織がうごめいていた……。

リアリティある設定と作画、丁寧すぎるほど丁寧な語り口で積み上げられた物語は圧巻。パニック状況下の人間の異常心理、宗教や暴力の発生メカニズムの描写にも震撼する。連載開始後に阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件が起こったことで物語世界に現実味が増した反面、ドラマチックな展開を持ち込みづらくなった部分もあっただろう。

それゆえ、同じカタストロフ後の世界でもいくばくかの希望があった『サバイバル』に比べ、『ドラゴンヘッド』は救いがないようにも見える。しかし、作者はこの作品の着地点について「『恐怖は人の頭が作る想像力だ。だから未来を作るのも人の想像力だ』ということは決めていました」と述べている(文藝別冊『総特集 望月ミネタロウ』収録のインタビュー)。それを体現したラストシーンから、人間存在の肯定と未来への希望を読み取ることは難しくない。

文明社会が崩壊したあとの世界を描く『望郷太郎』


昭和、平成に描かれたカタストロフの要因は、主に大地震や核戦争であった。しかし、令和以降においては気候変動がその要因となりうる。ゲリラ豪雨や巨大台風は現実のものとなっているし、将来的には水没する都市や国が出てくることも危惧されている。

山田芳裕『望郷太郎』(2019年〜)は、そんな気候変動により文明社会が崩壊したあとの世界を描く。主人公は、巨大企業創業家の7代目・舞鶴太郎。グループ企業のイラク支社長として赴任中に未曾有の大寒波に襲われ、妻子とともに地下シェルターの冬眠装置に入る。しかし、目覚めたときにはなんと500年もの時が流れており、別のカプセルに入っていた妻と息子は電源停止により死亡していた。

一人生き残った太郎は、悲嘆に暮れながらもシェルターから出る。建物内に人影はなく荒れ果てた状態。ビルの屋上から見渡す街は、雪に覆われた廃墟だった。やり場のない怒りと絶望に包まれる太郎。それでも故郷である日本をめざし、無人の荒野へと旅立つ。

ビジネスマンとしてはやり手でも、サバイバル能力があるわけではない太郎にとっては過酷な旅だ。食料は底を尽き、野生の動物を捕らえることもできない。どこかに人がいればと願えども、出会うのは白骨化した死体だけで、疲労と空腹は募るばかり。ついには容赦なく降りしきる雪の中で行き倒れてしまう。

もはや一巻の終わり……と思いきや、ここで初めて太郎以外の人間が登場する。毛皮を着込み馬に乗った二人組に拾われ、彼らの住処に運ばれる太郎。そこで仮死状態から目を覚ました太郎は、人に会えた喜びに打ち震える。さらに、久しぶりの食事にありついて涙を流しながらほおばる歓喜の表情は、“食べること=生きること”という生物本来の姿を強く印象づけずにおかない。


山田芳裕『望郷太郎』(講談社)モーニングKC1巻p74-75より

かくして、パルとミトと名乗る二人とともに石器時代のような狩猟採集生活を送ることになる太郎。そこで問われるのは金や地位ではなく、太郎に欠けていた「生きる力」だ。ところが、物語は思わぬ方向に転がりだす。猛獣との戦いののち、パルの出身地である「西の村」を訪れたところから、隣村との争い、より大きな村による侵略など、集団同士の紛争に太郎は巻き込まれていく。

原初的経済社会の中でのサバイバルこそが主題

文明が一度リセットされた世界で、生き残った人々が再び社会を作り、政治や経済や戦争が生まれる。貨幣経済が誕生し税金の徴収や選挙も行われるようになる。それは、太郎にとって得意分野だ。この世界で太郎は、いかにして生き延びるのか。大自然の中でのサバイバルではなく、原初的経済社会の中でのサバイバルこそが本作の主題なのだった。

政治や経済のシステムがいかに生まれ発達していくかをリアルタイムで見ているような迫真の描写に圧倒される。ゴルフクラブやタイヤなど、かつての文明の遺物を別の形で利用しているのも、なるほどと思う。ポトラッチ(北米先住民に見られる儀式的贈答競争)やイニシエーションといった文化人類学的テーマも盛り込まれた大人のための教養エンタメ大作。物語はまだ途中だが、最後にたどり着くであろう日本がどうなっているかも見逃せない。


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(南 信長 : マンガ解説者)