心が女であれば女湯に入っていいのでしょうか?銭湯が拒否したら差別になりますか?…広島高裁「手術なし性別変更OK」の衝撃、弁護士の見解

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 広島高裁が「手術なしで男性から女性への性別変更が認められる」判決を出した。そこで疑問が生まれるのは銭湯における対応の仕方だ。経済誌プレジデントの元編集長で、作家の小倉健一氏が詳しい弁護士にぶつけてみたーー。

「心は女」の43歳無職が女湯に入った疑いで逮捕

 LGBTをめぐって、二つの象徴的なニュースが報じられている。

 1つは、2023年11月、三重県桑名市の温泉施設で、客が女湯で体を洗っていた男を発見し、従業員に伝えて通報し、43歳無職が建造物侵入の現行犯で逮捕された事件だ。調べに対し男は「心は女なのに、なぜ入ったらいけないのか全く理解できません」と話しているという。東海テレビのニュースサイトに「2024/01/30 21:30」に配信された記事によると以下だ。

厚労省、公衆浴場での男女の区別は「身体的特徴で判断」

<警察によりますと、この施設では受付で客に更衣室のロッカーのカギを渡す形式で、従業員の女性は「女性の格好をしていた」ため「女性」と判断し、女湯のカギを渡しました。/公衆浴場を管轄している厚生労働省では、生活衛生局の担当者によると「おおむね7歳以上の男女を混浴させない」と定めた指針があり、男女の区別については2023年6月、「身体的特徴で判断するもの」とする通知を出しています。/つまり「心や戸籍は関係なく」男性器があるなど、外見が男性の場合は男湯、外見が女性の場合は女湯に入るのが公衆浴場のルールで、ルールを破れば建造物侵入など罪に問われるということです>

 つまり、銭湯、スーパー銭湯においては、男湯、女湯は、人間の外見的な特徴で区分されることになっている。男性器があれば男湯へ、女性器あれば女湯へということだ。

 これは、私の感覚と合致するものだ。身体的特徴があっても男性を恋愛対象とする人が存在する人は誰もが知っている。しかし、身体的特徴が男性である限り、心が女性であったとしても、女性専用のトイレや風呂に入ることは無理だろう。

 フランスの人類学者エマニュエル・トッド氏(自他共に認める「リベラル」な志向の学者である)は以下のように語っている。

広島高裁「手術なしで男性から女性への性別変更が認められる」

<生物学的、遺伝学的に定められた「男女」というものは、そもそもないと考えたり、それを超えられたり、あるいは変えたりすることができるといったような考え方が生まれてきている>

<私は西洋人として自分を考えていますし、慣習面でもリベラルな人間なんですけれども、いま西側で見られるのは、男女の対立関係とか、敵対関係に基づいた男女関係というものなんですね。あるいは「男女には違いはない」といったような考え方。そういうものがあるわけですけれども、私は、そういったことに疑問を抱いている>(AERAdot.[2023/06/22/ 06:30配信])

 私もトッド氏の「疑問」に同意するものだ。生まれた後で性別を変えた人とそもそもの性別の人とを社会が等しく扱うのは、風呂やトイレの問題も含めて現実的に難しいのではないと考えている。

 そして、もう一つのニュースだ。7月10日に、広島高裁が「手術なしで男性から女性への性別変更が認められる」判決を出したのだ。朝日新聞(7月11日)が詳細を報じている。

<手術が必要かは人によって異なるとされている点などを重視。性別変更には常に手術が必要と解釈すれば、意思に反して体を傷つけられる手術を受けるか、性別変更を断念するかという二者択一を迫ることになり、「過剰な制約で違憲の疑いがある」との判断を示した。/手術が必要かは人によって異なるとされている点などを重視。性別変更には常に手術が必要と解釈すれば、意思に反して体を傷つけられる手術を受けるか、性別変更を断念するかという二者択一を迫ることになり、「過剰な制約で違憲の疑いがある」との判断を示した>

 つまり、身体に男性器があってもホルモン投与で女性的な身体になってさえいれば外観要件を満たすので、女性への変更を認めるのだという。

 しかし、この判決は、この先、さらなる混乱を招きそうである。

どこで「女性」であることを判断していくのか

 生まれつき女性ホルモンが少ないなどの理由で、女性的でない体つきをしている女性であっても、女性である。そこにきて、女性ホルモン投与によって女性っぽい身体的特徴をしているが、男性器を有する人も女性となった。

 男性器がないことが女性であるという条件にならないし、女性ホルモンのあるなしも女性であるという条件にならないし、女性的な体つきであるかどうかも女性であるという条件でないというなら、一体、どこで「女性」であることを判断していくのだろう。

弁護士「ルールとして固めるのは現時点では難しい」

 多数の中小企業の顧問を抱えるかたわら、離婚事件なども扱い社会問題に詳しい城南中央法律事務所(東京都大田区)の野澤隆弁護士に疑問をぶつけた。

――手術をしなくても女性として認める判断には、一定の合理性があるかもしれない。しかし、「女性」という定義をはっきりさせないと、銭湯やトイレで混乱が起きる可能性がある。

(野澤隆弁護士)

 法律の問題は、「ポジティブリスト(PL)」と「ネガティブリスト(NL)」という二つの考え方に基づいて主張されることが多い。ポジティブリストは「特定のことだけを(役所が)許可する」という考え方で、ネガティブリストは「特定のこと以外は自由にしてよい」という考え方だ。現代社会は自由を大切にしているため、今回の判決はネガティブリストの考え方に沿っていると言える。日本の裁判制度は、個別の問題を解決することが目的であるため、手術を強制しないという判断には合理性がある。

 しかし、この考え方をすぐに一般社会に広め、ルールとして固めるのは現時点では難しい。実際には、ポジティブリストとネガティブリストが混在し、わかりにくいルールが試行錯誤されることになるだろう。まずは、「男性器がある人が女性用の銭湯やトイレに入ることは禁止する」というルールを徹底した上で、「当面は男性的な見た目の人は多目的トイレを優先的に使う」ことを努力目標として目指すのが現実的な落とし所だ。

どうやってトランス女性を装った悪質な男性を見極める

――トランスジェンダーの「女性」を装った男性が、女性用トイレなどの「女性専用スペース」を利用することで、女性の安全が脅かされるのではないかと多くの人が心配している。将来的に、手術をしなくても性別を変更できるような法律が認められた場合、トランスジェンダーの人たちに対する性別の確認や社会での扱いはどのようになっていくのか。

(野澤隆弁護士)

 まず、継続的にホルモン治療を受けていることを証明する資料を提出させる方法が考えられる。また、生活保護の調査のように、役所の担当者が生活状況を点検し、覗き目的、露出狂などの犯罪者と誠実な誠実な性同一性障害者を区別する必要がある。その上で、戸籍とは別に、後見人制度のような特別な登録制度を作り、性犯罪などの裁判で不当な主張などが事実上できないように制度を整えることが必要だ。

問題となるのは社会、税金、社会保障

 さらに問題となるのは、結婚や税金、社会保障の分野である。特に、「所得税の配偶者控除」「相続税の配偶者控除」「年金の第3号被保険者」「遺族年金」「健康保険料の世帯合算」といったテーマは、政治に関心がなくても政治に強い影響を受ける重要な問題だ。

 進歩的な学者・テレビのコメンテーターといった立場の方であれば、「(そもそもの優遇措置自体を縮小・廃止する方向で改革し)性別とかに関係なく好きな者同士で結婚すれば良いだけだ」と発言し大学での講演やテレビのワイドショー番組を盛り上げればそれで十分です。

 が、保守系政党が強い日本の政治の現場でその発想で事がすぐに進む可能性はほぼなく、「先に悪用を防ぐ規制をかなり厳密に作り、その規制があるので適用例がほぼないまま時間がかなり経過する。その後、このままじゃ制度そのものの意味がない、といった意見が広がり、規制緩和が少しずつ行われる」といった長期のプロセスを経るのではないだろうか。

 個人的にはかつての臓器移植分野における制度設計や運用例などと似たような経緯を辿る可能性があるとみている。

ーージェンダーや性同一性障害に関する議論には、社会全体の理解を深め、バランスの取れた議論が重要である。