今後の見通しを得るためには、これまでの株価上昇がいかなる原因で生じたかを解き明かすことが必要だ(画像:and4me/PIXTA)

2022年以降、円安の進行で企業利益が増加し、日本の株価上昇が顕著になった。2024年にはさらに顕著になったが、7月末から8月初めにかけて株価が大暴落した。これは、株高を支えてきた「異常円安メカニズム」が崩壊しつつあるからだ。

昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する――。野口悠紀雄氏による連載第127回。

円安で値上がりしてきた日本の株価

7月末から8月初めにかけて、日本の株価が大暴落した。日経平均で見ると、8月5日に3万1458円となり、7月11日の史上最高値4万2224円からの下落率は、約25%に達した。2024年初の株価3万3288円からの上昇分は吹き飛んだ。

その後も激しい値動きが続いており、今後を見通すことが困難だ。手がかりをつかむために必要なのは、これまでの株価上昇がいかなる原因で生じたかを解き明かすことだ。そして、そのメカニズムにどのような変化が起きたかを知ることだ。

2020年以降の日本の株価は、新型コロナ感染の広がりと収束、そして、為替レートによって大きく変動してきた。

この間の日経平均の推移は、つぎのとおりだ。コロナ前の2019年には、2万〜2.3万円程度で推移していたが、コロナ禍で1.7万〜1.8万円程度に下落した。その後回復し、2021〜2022年には2.5万〜2.7万円程度になった。そして、 2023年から値上がりが顕著になった。

企業の利益はどうか。製造業大企業(資本金10億円以上の企業)の経常利益の推移は、つぎのとおりだ。

経常利益はコロナ禍で落ち込み、その後回復した。2021年中には、ほぼコロナ前の水準を取り戻した。図表1に示すように2021年の対前年同期比がきわめて高い値になっているのは、このためだ。

ところが、図表1に見るように、2022年にも、各期の対前年同期比が20%を超えるという、高い伸びが続いた。これは、円安が進んだためと考えられる。

一方、2022年の初めに1ドル=115円程度であった円ドルレートは、2022年10月には150円近くになった。

円安と企業業績の関連性

ただし、円安→企業利益増→株価上昇という過程は、一直線に進んだわけではない。企業利益は2022年10月期に落ち込んだ。そして、下図に見るように、2022年から2023年にかけて伸び率が低下した。これは、為替介入が行われた結果、一時的に円高が進んだことの影響と考えられる。


しかし、為替レートは、その後再び円安になり、特に2024年になってから、顕著な円安が進んだ。これとともに企業利益も回復して、2024年1〜3月期では、前年同期比20%という非常に高い増加率を示した(上図参照)。

日経平均株価も、2024年にはバブル崩壊前の水準を取り戻し、史上最高値が記録されるようになった。

2024年7月の初めには、円レートが1ドル=160円を超える円安になり、日経平均株価は、4万1000円という史上最高値を記録した。

つまり、今年になってからの株価の上昇は、円安によってもたらされたものだったのだ。

株価がバブル後の史上最高値を記録したことについて、「なぜこうなるのか、理由がわからない」と、2024年3月3日の本欄で書いた。いま振り返れば、その理由は明らかだ。

それは、これまで述べてきたように円安が進んだために企業の利益が増大したからだ。そして、円安が進んだのは、FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)の利下げ時期が後にずれるのではないかという見通しが、今年になって広がったからだ。


なぜ円安で企業利益が増加するのか?

円安で企業利益が増加するメカニズムは、複雑なものではない。

輸出企業の場合を考えると、円安になると、円建ての売上額は自動的に増加する。これは、現地通貨建て(ほとんどはドル建て)の販売価格は、為替レートの変化によっては影響を受けないからだ。

他方、円建ての輸入価格も上昇するから、原材料価格も増加する。しかし、企業はこれを製品価格に転嫁する。こうして、企業の粗利益(売上高ー売上原価)が増える。粗利益に対する利益の比率が一定であれば、これによって企業利益が増大する。

なお、原材料価格上昇分の製品価格への転嫁は、取引の各段階で続き、最終的には消費者に転嫁される。データを見ると、輸入価格の上昇は、数カ月のタイムラグを伴って消費者物価を上昇させていることが確かめられる。

以上のメカニズムで利益が増えても、それは帳簿上の変化だけであって、生産が増えているわけではない。このことは、鉱工業指数がほとんど変わらないことによって確かめることができる。

2024年初来の日本の株価の顕著な上昇について、さまざまな説明がなされた。円安で日本株が割安になったため、外国人投資家の対日投資が増えたとか、中国経済の停滞のために、これまで中国に向かっていた投資が対日投資に回った、などと言われた。あるいは、日本企業が株主優先の姿勢を強めたことも原因だと言われた。

これらのうち、外国人投資家の対日投資増は、株価が上昇したからだが、その原因は、すでに述べたように円安だ。株主優先姿勢への転換もあったのかもしれないが、しかし、それは、株価上昇の基本的な理由とは考えられない。もしそうしたことが株価上昇の原因なら、株価暴落は起きないはずだ。

FRBの利下げ幅が大きくなる?

今回の大暴落の原因についても、さまざまなことが言われる。日銀が7月末に決定した利上げや、アメリカの景気悪化などだ。しかし、最も重要な原因が、円安バブルの崩壊であることは明らかだ。アメリカの景気悪化は、「それによって9月に予定されているFRBの利下げ幅が、これまで考えられていたよりは大きくなる」という形で間接的に影響している。

前項の最後で述べたことがなぜ重要かを説明しよう。

2022年以降の円安は、「円キャリー取引」によって支えられてきた。これは、極めて投機的な取引だ。このため、円ドルレートも、したがって日本企業の利益も、したがって日本の株価も、変動率が高くなっていた。

この取引に大きな影響を与えるのは、FRBの利下げ幅なのだが、それについての見通しが、最近大きく変わったに違いない。

円キャリー取引に変調が見られることは、7月の初めごろから報道されていた。その変化が決定的になったのだろう。

最近の為替レートは急速に円高方向に動いている。これが続けば、日本企業の利益は減少する。したがって、これまでの株価上昇をもたらしてきたメカニズムが崩壊する。この変化は極めて重大だ。日銀が追加利上げを延期したところで収まるようなものではない。


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(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)