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夢のベーシックインカム、全然ダメだった...。

OpenAIのCEOサム・アルトマンはベーシックインカムの提唱者としても有名です。おそらく、人工知能が数百万の仕事を排除し、労働年齢人口の大部分を労働力から追い出すというアルトマンのビジョンを正当化できるからというのも理由かもしれません。ただ、アルトマン自身が資金提供した研究で、ベーシックインカムはアルトマンが望んでいたことを実際にはできない可能性が高いことがわかりました。

どんな実験だった?

過去何年もアルトマンはOpenResearchという組織に資金援助をしてきました。そしてこのOpenResearchが小規模なサンプルでのベーシックインカムが及ぼす影響に関する最初の研究結果を発表しました。2020年11月から2023年10月まで(注目すべきはパンデミックの時期)、国内の最も貧しい世帯(年収約3万ドル)に住む1000人に毎月1000ドル(約16万円)を支給し、その影響を研究したものです。同様の経済状況にある2000人の対照群には月50ドル(約8000円)が支給されました。

研究チームは、定期的な支払いが住宅、交通、食料品などの基本的なものを支払うのに役立つ一方で、必ずしも社会的地位の上昇移動の向上にはつながらず、研究結果としてはベーシックインカムが仕事の代替にはなり得ないと結論付けました。

ベーシックインカム支給でどんな影響があった?

研究チームによると、ベーシックインカムの支払いは、その人の「雇用の質」(つまり、より良い仕事を得る能力)にほとんど影響を与えず、「人的資本への投資」(より良い仕事に転換できる教育や訓練)につながるほど意味のあるものではないということ。とはいえ、お金が役に立たなかったわけでもないそう。ただ、こういった重要な分野で助けになるほど十分ではなかったということでした(少なくとも、この特定の期間におけるこの人口サンプルに関してはですが)。全米経済研究所が発表したこの研究は次のように述べています。

我々は雇用の質に対する影響を見出せず、わずかな改善もないことがはっきりしています。人的資本への投資に関して有意な効果は観察されませんが、若い参加者はより正式な教育を追求する可能性があります。この結果は労働供給が中程度増えるものの、他の生産的な活動が増えることはないことを示しています。

夢の実現に効果なし

この発見の他にも、この研究では定期的な支払いがプログラム参加者にさまざまな経済的影響を与えたことを示しています。たとえば、報告書によると多くの参加者が支払いの結果として「起業への関心の増加」を表明しましたが、この関心は研究が終了した時点では「平均的な受給者の起業活動の有意な増加にはつながらなかった」とのこと。多くの参加者が「自分のビジネスを始める夢を持っていたが、現金だけでは大多数の人が実際にそれを実現するには不十分だった可能性がある」と指摘しています。

また、支払いは労働の減少とも相関関係があったケースも。つまり、「支払いが始まったことで、受給者が単に仕事をせずに休みを取ることが可能になり」、「休憩は追加の1ドルよりも価値があった」と報告書は述べています。

健康向上にも効果なし

この研究はまた、ベーシックインカムが一部の受給者の医療処置の支払いを助けた一方で(研究では歯科治療を求める可能性が高くなったことや、病院へ行くようになったことが言及されています)、全体的な身体的健康にほとんど影響を与えることはなかったと示しています。研究は以下のように述べています。

十分に検証された調査手法と血液検査から得られた複数のバイオマーカーによって捉えられた身体的健康の指標では変化は見られませんでした。身体的健康の改善がわずかもありませんでした。所得と健康の関係が示唆する効果は、我々の信頼区間では全く捉えられないほど大きいものです。

また他の箇所での言及では、「現金によって一部の受給者はより多くの診療所および病院でのケアを受けるられるようになり、アルコールや薬物乱用の減少につながった可能性がありますが、平均して、私たちは医療へのより大きなアクセスや身体的・精神的健康の改善の直接的な証拠を見出していません」とされています。

そして、ベーシックインカムの支払いは研究の最初の1年間、受給者の精神的健康に非常にポジティブな影響を与えましたが(この期間中、ストレスと精神的苦痛の自己報告指標に大きな改善があったと研究では指摘)、その後は効果が減少したとのこと。「受給は1年目以降、精神的健康を改善することはありませんでした」と研究は述べています。

今回の調査から精神的・身体的健康データはたくさん得られたようです。プログラムに関わった研究者の一人であるトロント大学のエヴァ・ヴィヴァルト助教授は、研究の結果は「列挙された調査、オンライン調査、行政記録、そしてカスタムモバイルアプリから、長期間にわたって非常に高い回答率で得られた信じられないほど詳細なデータ」から導き出されたと述べています。

少額では生活も健康も変わらない事実

全体として、受給されたお金の主な使い道は食料品の購入や家賃の支払いなどで、最も基本的なニーズを助けることでした。「食品、住宅、交通費は全体的に参加者にとって登録時の最大の支出項目であり、これらのカテゴリーの増加が受給者の支出への推定効果の半分以上を占めています」と報告書は述べています。

プログラム受給者の経験は、アメリカが直面している制度的問題を強調していて、少額の現金が必ずしも問題を解決するわけではないという事実を浮き彫りにしていると言えます。報告書の中で受給者のひとり、ジェレマイアさんの経験を詳述している部分では、「健康と経済的安定性の複雑な関係」を示し、ベーシックインカムがジェレマイアさんが直面するより広範な問題を軽減するのに十分ではなかったことを次のように示しています。

多くの参加者と同様、ジェレマイアさんは安定した雇用を維持することができない健康状態に長年直面しています。しかし、彼の不安定な経済状況では、健康を優先することが不可能なのです。ジェレマイアさんにとって、現金はパズルの1ピースみたいなもので、生活を切り盛りするのには役立ちました。しかし、パズルのもう一つの重要な部分、すなわち健康保険と有給病気休暇が得られる仕事というものが欠けていました。ジェレマイアさんや彼のような人にとっては、月額1,000ドル増えただけでは、医療へのアクセスに対するより制度的障壁を克服し、健康格差を減らすには十分でない可能性があります。

ベーシックインカムで幸せになると計算していたシリコンバレーのみなさんにとってこの研究の期待外れの結果になってしまったわけですが、一つの簡単な教訓は貧困を解決することは迅速で簡単なプロセスではないということ。アメリカの所得格差が現在非常に大きく、住宅、教育、医療、食料品などの基本的なサービスのコストが非常に高いため、一部のアメリカ人に毎月1,000ドルを送金しても、もちろん何もないよりはましですが、その人の人生の経済的見通しを劇的に変えるには十分ではないということです。