理子さんの突然の訪問をきっかけに、周一さんの歯車は狂っていった――

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【前後編の後編/前編を読む】すべては“母の浮気”のせいなのか… 父が命を絶って一家離散、40歳男性が救いを見出した「夜の出会い」

 戸村周一さん(40歳・仮名=以下同)は、大学生の時に父が自死した。原因は母の浮気ではないかと疑ったものの、理由は今も定かではない。その後、母は再婚し、妹たちとの5人家族はバラバラに。荒んだ心の癒しを求めたのは、近所のスナックのママ・今日子さんだった。当時の周一さんは30歳目前で、彼女は一回り年上。18歳の娘の理子さんを育てるシングルマザーだったが、今日子さんの元夫が自死したことをきっかけに仲を深め、周一さんは彼女に結婚を申し出た。

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 周一さんはなんとなく理子さんのことも気になっていた。自分が父親代わりになれるとは思っていなかったが、自身の生い立ちや妹たちのことを考えると「おそらく理子ちゃんも寂しいに違いない。何かしてあげたい」と思っていた。その優しさが、今思えば一連のできごとの発端だったのかもしれない。

理子さんの突然の訪問をきっかけに、周一さんの歯車は狂っていった――

「今日子を説得し続けました。今の生活を変えなくていい。ただ、どうしても法律的に夫婦になりたいんだと。理子ちゃんも賛成してくれました。それが大きかったかもしれません。ようやく今日子も承諾してくれたんです」

「すべて僕の自己満足だったんでしょうけど…」

 婚姻届を出し、当時19歳だった理子さんと養子縁組した。あと1年で20歳だからしなくていいと言われたのだが、周一さんは理子さんと「親子」になりたかった。今日子さんは婦人科系の病気を患ったこともあり、子どもはもう望めなかった。結婚を拒んだのは、そういう理由もあった。

「自分の子でなくてもいい。養子縁組すれば理子ちゃんは僕の子です。理子ちゃん本人は戸惑っているようでしたが、書類上の話だし、別に僕は今さらきみに父親ぶったりはしないからと。『ママを幸せにしてくれればそれでいい。養子縁組したいならいいけど』と言ってくれた。すべて僕の自己満足だったんでしょうけど、希望を叶えてくれてうれしかったです」

 彼は今日子さんの家に越そうと思ったが、理子さんのことを考えて同居は先延ばしすることにした。母と娘のふたり暮らし、しかも娘は大人と少女の端境期だ。母親に新しい夫ができることをすんなり受け止められるとは限らない。いきなり男が家庭に入ってくるのはおそらく不快だろうと考えた。今日子さんは恐縮しながら、「そうしてくれるとありがたい」と言った。理子さんが留守のときだけ、周一さんは今日子さんの自宅に行った。

今日子さんの妹・美帆さん

 今日子さんには4歳違いの妹、美帆さんがいる。美帆さんは独身でバリバリ働いており、理子さんの憧れでもあるらしい。周一さんも美帆さんに何度も会ったが、いかにもキャリアウーマンという感じだった。とっつきにくさはあるが、話してみれば気さくな女性だった。過去には姉の今日子さんとも若干の確執はあったらしいが、理子さんのことはかわいがっていた。

 結婚後、理子さんは週末、よく美帆さんの家に行っていた。だから新婚のふたりは、どちらかの家で、のんびり過ごすことも多かった。

「そうやってゆるくつながっていければいい。いずれ理子ちゃんが独立したときに同居を考えるつもりでした」

 3人で食事をすることもあった。いつも3人は笑顔だった。

ふいの理子さんの訪問

 ところが結婚して1年近くたったある晩、理子さんがふいに周一さんを訪ねてきた。結婚後、周一さんはほとんど今日子さんの店には行かなくなっていた。夫が店にいたら、今日子さんだってママとしてやりづらいだろうと思ったから。周一さんは結婚によって、落ち着いて自分の生活をきちんと管理できるようになっていた。

「玄関を開けると、いきなり理子ちゃんが抱きついてきました。『私、あなたを好きになってしまった。苦しくて我慢できない。1度でいいから抱いてほしい』って。僕としては青天の霹靂というか、びっくりして動けませんでした。彼女は無理矢理僕にキスしてきた。あわてて突き飛ばしました。すると彼女はさめざめと泣き出して。悲痛な泣き声でした。こんな僕に体中でぶつかってくるほど、彼女は実は寂しかったのではないか。そう思いました」

 もちろん周一さんはいっさい手を出していない。ところが理子さんの襲撃はその日だけではなかった。週に数度、訪ねてくるようになった。そのたびに説得して帰したが、「好きすぎて苦しい。ママより私のほうがあなたを愛してる」と言われ、居座られて周一さんが時間つぶしに家を出ることもあった。

 今日子さんがいるところでさえ、意味ありげな目で周一さんを見たり、「あのね」と言いかけて今日子さんの顔を見て「やっぱりいい」と言ったり。

「あるとき、今日子が『あなたと理子、何かあるの?』と言いだした。まさか理子ちゃんに誘惑されているなんて言えない。いや、なにもと口ごもるしかなかった。その数日後、今日子がすごい勢いでうちに飛び込んできて、『理子があなたに乱暴されかけたと言ってる』って。陥れられたんです。いっさい、そんなことはしていない。実は以前から理子ちゃんに誘惑されていたと言ったら、『だったらどうして言わないのよ』って。とにかく理子ちゃんにきちんと話を聞いてほしい、僕はきみに嘘はつかないときっぱり言いました。ここは優柔不断になってはいけないと思った」

「最悪の展開ですよね」

 数日後、美帆さんが連絡を寄越した。今日子さんと周一さんの関係をずっと見守ってきてくれた美帆さんにすべてを話した。美帆さんは黙って聞いてくれ、「私から姉に話すから、少し時間をちょうだい」と言った。

「そこからが僕の甘いところなんですが、何度も美帆さんに会ううち、僕が彼女に惹かれてしまった。最悪の展開ですよね。今ならわかるんですが、当時、僕はまだ30歳。男女の機微には疎かった」

 美帆さんの仕事に懸ける思いとか家族への感情などを聞くにつれ、自分には美帆さんがベストな相棒なのではないかと考えるようになっていった。同時に美帆さんは、理子さんと頻繁に会って、「周一さんは母親の夫」であることを諄々と納得させていったようだ。

「理子ちゃんはあるときから、憑きものが落ちたようにさっぱりした感じになりました。どうやら大学で同級生に告白されてつきあうようになったらしい。よかったなあと思いましたが、一難去ってまた一難。今度は美帆さんとの関係が深みにはまっていって……。いたずらに今日子を苦しめたくない。だったら今日子とは別れたほうがいいのかもしれない。そう思いながらもなにも言い出せず、今日子の目をかすめて美帆さんに会うような状態が続きました」

遠距離でも続けた関係

 2年ほど続いたころ、美帆さんが転勤になった。これで離れられると思ったものの、考えてみたら美帆さんと離れるなどできるわけがないと思い至った。

「無理だ、関係を続けてほしいと美帆さんに頼みました。ちょうど潮時よ、これで姉を苦しめなくてすむんだからと美帆さんは言う。でも僕は、だったらとりあえず離婚する。もう一度、僕と出会ってほしいと訴えました。自分でも信じられないくらい涙があふれてきて、どうにかなってしまいそうだった。好きでたまらない、苦しいと悶絶していた理子ちゃんの気持ちが痛いほどわかりました。人を好きになって苦しいと思ったのは、美帆さんに対してが初めてだった」

 とはいえ、何の罪もない今日子さんに離婚を切り出すこともできなかった。転勤になった美帆さんのもとへ、周一さんはときどき出かけては逢瀬を重ねていた。美帆さんも実際、転勤してみたら知らない土地で心細かったのだろう。ふたりとも知っている顔に出会わないから、どこか解放された気持ちで会うことができた。

「5年前、美帆さんが東京に戻ってくる日が決まっていたんですが、どうしても会いたくて、出かけていったんです。ふたりで部屋にいたら、いきなり理子ちゃんが訪ねてきた。理子ちゃんはすでに就職していて、たまたま美帆さんの転勤先の土地に出張だったんだそう。チャイムが鳴ってモニターに理子ちゃんの顔が写ったとき、僕は体が固まりました。オートロックだから、結局、そのまま無視したんですが、翌日、どこかで理子ちゃんに会ったらどうしようと思い、タクシーを呼んでこそこそ隣町の駅から電車に乗りました。それでも見られたらアウトですけど……」

今日子さんの「爆弾」

 もうこんなことはやめようと美帆さんが言った。東京に戻ったら、義理のきょうだいに戻ろう、と。あのとき、美帆さんの意見をすんなり聞いていればよかったのかもしれない。

「美帆さんは東京に戻ってきてから、中古マンションを購入したんです。そろそろ買っておかないと老後が心配だからって。引っ越し祝いと称して、今日子と理子ちゃんと僕が集まった。そのとき、ふいに今日子が『あなたたち、どうするの?』と爆弾を投げ込んできたんです」

 今日子さんは、妹と夫の関係を知っていた。最初は理子さんが気づいたそうだ。あのふたり、なんだかおかしいと。

「今日子はやけに落ち着いていました。美帆さんは『もう切れてるから』と一言。え、え、そうなのと僕は内心、焦りまくっていました。今日子は『離婚届は送るから。やっぱりどこかの段階で同居すればよかったわね』と言いました。理子ちゃんは就職してからも母親と一緒に住んでいたから、結局、僕と今日子は完全同居に至らなかったんです。それが原因とも思えないけど、今日子はそう思っていたんでしょうね」

自分だけが置いてきぼりに…

 離婚届はすぐに送られてきた。ぼんやりそれを見ていると、美帆さんから「今までありがとう」というメッセージが入った。一気にふたりに捨てられた。それも姉妹に。

「どちらにも連絡することはできなかった。今も今日子は店をやっているようですが、寄ることもできない。僕、つい先日、40歳になったんです。出会ったときの今日子と同じ年齢になりました。一回り年下の僕を、あのころ不惑の彼女は、どんな目で見ていたんでしょう」  

 みんなそれなりに大人になった。自分だけが置いてきぼりにされているような気がする。僕は家族ごっこをしていただけだったのだろうか、そもそも家族などもたないほうがよかったのだろうか。僕だって必死に生きてきたと彼は言う。

「正直に言うと、自分がしたことの罪深さを実感できないでいるんです」

 彼は低い声でつぶやいた。

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 2度目となる“家庭崩壊”で、またもひとりぼっちになってしまった周一さん。育った家庭がバラバラになっていった経緯、妻の今日子さんとのなれそめは【前編】で紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部