正式スタートから半年がすぎた性的同意サービス「キロク」

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「どうすればいいのか」という漠然とした不安

婚活パーティーに参加する方から不安の声を聞いたんです。参加者の中には、性的な関係にいたるコミュニケーションに慣れていない方もいらっしゃいますから、『訴訟されたらどうしよう』といった明確な不安ではなく、『どうすればいいのか』という漠然とした不安でした」

【写真を見る】質問項目がずらり…性的同意サービス「キロク」のサービス画面

 株式会社ねお巳の新美達矢さんは、性的同意サービス「キロク」を開始したきっかけについてこう語る。男女共通でこの“漠然とした不安”を呼んだ一因は、昨年施行された性犯罪に関する改正刑法だった。

 不同意わいせつ罪(旧強制・準強制わいせつ罪)と不同意性交罪(旧強制・準強制性交罪)は特に注目された。「同意しない意思の形成、表明、全うすることが困難な状態にさせること、あるいは相手がそのような状態にあることに乗じること」という成立要件に加え、その「状態」にいたる原因として「暴行又は脅迫」「心身の障害」「アルコール又は薬物の影響」など具体的な8項目も挙げられたからだ。

正式スタートから半年がすぎた性的同意サービス「キロク」

 改正刑法をめぐる議論は「性的同意」に対する認識を高めるきっかけになったが、一部には「正しくはどうすればよいのかわからない」という戸惑いの種にもなった。新美さんが接した婚活パーティーの参加者たちはまさにその戸惑った層だ。これはコミュニケーション能力だけの問題ではなく、「以前は問題なくコミュニケーションを取れていた方でも、改正刑法の議論を見て怖くなってしまったという面もある」という。

「これさえあれば」な法的ツールではない

「キロク」のサービス開始は昨年12月14日。同年8月にスマートフォンアプリを配信予定だったが、使用法がネット論争を招いたため延期した。セキュリティを見直し、ウェブ上で操作するサービスとして出直したのは12月のこと。運営企業名を伏せていたことも論争の種になったが、脅迫めいたメールが届いていたという事実もある。

 提供するサービスはいたってシンプル。お互いのスマートフォンを使い、QRコードの読み取りと同意項目へのチェックで性的同意の“キロク”を残す。ユーザーデータとして残るのは同意機能の使用時刻と地域、登録時のメールアドレスのみ。名前と年齢はもちろん、性的同意は男女間に限らないため性別の入力も必要ない。

 同意項目は「相手から暴力をふるわれたり、言葉で脅されたりしていませんか?」「多量のお酒を飲んでいたり、判断力に影響が出るほどの薬を服用したりしていませんか?」など、改正刑法で挙げられた8項目に即した内容。サービスフォーマットの土台は弁護士から提案され、監修の過程でさらに別の弁護士が携わった。

 ただし新美さんは、法的な意味で「これさえあれば安心」なツールではないと強調する。

「『キロク』ですべての問題が解決するわけではありません。法的なプロテクトではなく、コミュニケーションの場にある漠然とした不安を払しょくすることが第一の目的です」

「キロク」に記録された性的同意のログは、あくまでも「間接的な証拠」だ。サービス概要を説明するウェブサイトにもそう明記されている。

裁判ではメールやLINEなどの内容もすべて確認しますから、『間接的な証拠』はこの先も変わらない表現ですね。また『キロク』のログを裁判資料として提出した例がまだないので、裁判での扱いについて前例がありません。サービスに携わっている弁護士は、判例ができればサービス改善の方向性が明確になるという考えです」

有名人のニュースで登録者増も

“漠然とした不安”を払しょくするツールとしてはどのように機能するのだろうか。

「コンプライアンスの意識が高まっている中、性的同意に関するコミュニケーションがそもそも難しいという現実があります。そこで、こうしたツールを使えばスマートに格好よくできると、新しい文化の発信ができればいいと考えているんです。若い女性ユーザーからは『お誘いするきっかけの1つにできる』という声もありました。以前は雰囲気に任せていた部分ですが、女性側から『キロク』を出すとストレートなアピールになるからです」

 友人との会話で話題にしやすかったり、実際に使用しなくても質問項目を見て意識が上がったりといった点では有効だという。性的同意の有無に絡んだ有名人のニュースも登録者数の増加に作用しているようだ。現在の登録者数は1万人目前、そのうち実際に機能を使用しているのは4〜5%だという。

「『登録だけしておこう』と保険的に考えている方は多いと思います。ただし、ユーザーが求める法的なプロテクトの部分とサービス意図との乖離は、今後の改善ポイントです。ユーザーは『0か100か』の感覚で“効果”を求める傾向があるので、現段階では100にならないにしても、できるだけ近づけるために機能を強化・追加していく方向性で考えています」

 登録者数の目標は年内で5万人。現在は普及とサービス向上に力を入れており収益化していない。サービス向上のために求めているのは世間のリアルな声だ。現在実施しているウェブアンケートの次は街頭アンケートを予定しているという。

デイリー新潮編集部