受刑者が10月に「凍死」疑い、差し止められていた「手紙」…「長野刑務所」で今何が起こっているのか

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心身の障害がある受刑者に対し「虐待」の疑いも…

長野刑務所長野県須坂市)で昨年10月末、収容者の60代男性が死亡。刑務所は当初、病死の可能性が高いと発表していたが、死因が低体温症による凍死だった疑いが強まり、多数の批判を浴びたのは記憶に新しい。

さらに調べてみると、昨年12月下旬、長野刑務所で心身の障害がある受刑者に対し、耳元で拡声器で怒鳴ったり、昼食を食べさせなかったりする虐待があったとして、NPO法人監獄人権センターが記者会見を行っていたことを知った。

長野刑務所ではいったいどんなことが起こっていた、あるいは起こっているのか。NPO法人監獄人権センターに取材を申し込むと、同センター代表の海渡雄一弁護士と、本件の詳細な調査を進める小竹広子弁護士が応じてくれた。

「職員による虐待の疑いが浮上したきっかけには二つのルートがありました。 

一つは昨夏、長野刑務所から出所した方から私が聞いたお話で。その方は直接見たわけではなく、聞いた話というのですが、障害がある方に対して『お前はこれができないから』と言って担当職員が怒る、ご飯を食べさせないなど、意図的ないじめがあり、それを組織的に見て見ぬふりしているということでした。 

それを海渡さんに話したところ、元裁判官で木谷明先生という有名な弁護士さんのところにAさんという方から告発の手紙が来ていて、その内容が、私が聞いた話と同じだったというのがもう一つのルートでした。 

木谷先生に手紙をくれたAさんは、私がお話を聞いた方とは別の方で、実は監獄人権センターや冤罪被害者の会、長野県警本部の記者クラブ、NHK、長野地方法務局の人権擁護課宛てなど、いろいろなところに同じ内容の手紙を送ったものの、全部差し止められていたんです。 

差し止めの理由は、虐待が行われているということは、事実じゃないのに、それを外部に知らせようとすることは刑務所の秩序を乱すからということでした」(小竹弁護士) 

差し止められていた「手紙」と「黒塗りされた内容」 

手紙の差し止めはAさん本人には知らされておらず、発覚したのは昨年9月12日。Aさんが母親宛てにつれづれのことを書いた手紙の中で、虐待にも触れ、その発送願いを7月21日に出したところ、25日に一部書き直しを求められた。

しかし、Aさんは手紙の中で再審のことなども母親に頼んでいたが、返事が一向に来ないことでおかしいと思っていると、2ヵ月近く手紙がそのまま放置され、発送されずに差し止めになっていたことが判明。法務大臣に苦情の申し出をしたら、虐待に触れた部分が黒塗りにされ、母親に発送されたという。

差し止めがわかったのは、Aさんが方々に出した告発の手紙のうち、木谷弁護士に届いたものと、別ルートで小竹弁護士が聞いた話が一致したことで、調査が動き出したためだ。

海渡弁護士はこう付け加える。

「Aさんはものすごく頭が良いと思うんですよね。 

冤罪事件を弁護している弁護士・木谷明さんに、自分の冤罪を晴らすためという趣旨の手紙を書き、その手紙の一部に虐待が起こっている事実を書いたんです。 

冤罪のお願いをしている手紙を差し止めるわけにいかないので、Aさんが送ろうとした手紙の中でおそらく木谷先生宛ての手紙だけが発送された。 

そして、それを読んだ木谷先生が、『これは大変だ』と、木谷先生に再審事案でお世話になっていた私と、私の娘・海渡双葉弁護士に手紙を回してくださって、小竹さんが聞いた別ルートの話と合致したことで、小竹さんと海渡双葉弁護士が一緒に長野に行くことになったんです」(海渡弁護士)

その後、監獄人権センターが聞き取りし、記者会見などを行い、差し止めはおかしいとして審査請求を行ったところ、法務大臣レベルで差し止め処分の取り消しの裁決があった。そこから初めて手紙がAさんの手元に戻されたのだという。

「これは刑務所の中で起こっていることを、外部の人権団体とメディアに連絡しようとしたことが、違法に差し止められていたケースだと見えます。それを認めたからこそ、元の処分を取り消しているわけで、非常に重要なニュースだと思います。 

Aさんが一生懸命頑張ったことによって、私たちもこの事件を知り、小竹さんが現場に行って聞き取りし、事実を究明することができたわけです」(海渡弁護士) 

過去の事件と酷似している「隠ぺい工作」

とはいえ、実は今回長野刑務所で起こったことには、デジャブ感があると海渡弁護士は嘆息する。

「’01年〜’02年に刑務官による暴行で3人が死傷した名古屋刑務所事件のときも、5年前に看守が受刑者にやけどを負わせた府中刑務所事件のときも、同じような状態でした。 

監獄人権センターには年間1000通ぐらい手紙が来ていますが、特にひどい虐待を繰り返していた名古屋刑務所からは1通もありませんでした。人権侵害を繰り返し、それを一切外に出させないようにしていた例で、長野も同じだったのかもしれません」(海渡弁護士)

通常、監獄人権センターに届く手紙は、9割近くが「人権侵害を受けている」という内容。その大多数が簡単な返事を書いてあげたり、マニュアルを送付してあげたりすればある程度解決するものだが、事務局で対応できず、弁護士にまわってくる手紙は月に数件程度という。

「そんな中、障害を持っている人に対する虐待という極めて重大なことを書いている手紙が差し止められていたことは罪が深い」と海渡弁護士は強調する。

また、凍死の件について、小竹弁護士のもとにはAさんから情報提供の手紙が届いているそうだ。

「Aさんは長野刑務所の説明が嘘っぱちだと言って、図を書いて手紙をくれました。 

刑務所の部屋の外側に廊下があり、その向こうに窓があるんですね。窓は刑務官が開けることになっていて、受刑者からは開閉できないのですが、そこの窓が開けられていた、と。 

居室には通風口があり、それも開けられていて、外気がストレートに入る。亡くなった方は刑務所に長くいた方じゃないので、自分で居室の通気口を開閉できると知らず、廊下の窓から入り込む外気に夜中の間ずっとさらされ、低体温症になったんじゃないかということでした。 

調べてみると、’23年10月の外気温は10度ぐらいで、明け方は8〜9度。凍死としてイメージする気温ではありませんが、体温を奪われるには十分低温だったのではないかと思います」(小竹弁護士)

訴えると目をつけられる…不利益を被るため、沈黙し、我慢している受刑者たち

凍死の疑いが報じられると、国会議員が長野刑務所を訪問し、それを機に3月下旬より収容者の居室の温度を21度程度に保つ運用が開始された。しかし、受刑者への人権侵害は山のようにあり、訴えると自分が目をつけられ、不利益を被るため、沈黙し、我慢している受刑者が多いと小竹弁護士は指摘する。

こうした虐待などの問題を解決すべく作られたのが、「刑事施設視察委員会」だというが、残念ながら機能していない面もある。

「明治41年に公布・施行された『監獄法』が改正された際、’06年に『刑事収納施設及び被収容者等の処遇に関する法律』が施行され、各刑務所に刑事施設視察委員会を作ったんですね。 

これは全ての刑務所に設けられていて、弁護士会が推薦した弁護士、医師会が推薦した医師、行政、研究者などがメンバーになっています。 

この視察委員会がうまく機能していればいろんな虐待は防げるはずで、今までも委員会が改善させた例はあるけれども、長野刑務所の事件では視察委員会からの報告があがっていませんでした。今後は視察委員会の意見がもっと重んじられる可能性はあると思います」(海渡弁護士)

人手不足を指摘する声もあるが、小竹弁護士はそれを否定。

「人手不足は解消しているはず。それより文化、体質の問題だと思います。基本的に刑務所の職員は、受刑者について、犯罪をしている一段低い人たちと見ているから、そういう扱いをしていいと思っている差別意識のようなものがあるのだと感じます」 

しかし、こうした文化を変えようとする動きも起こっていると海渡弁護士は指摘する。

「今、法務省や矯正局の上層部は躍起になって、刑務所の文化や体質を大胆に変えようとしています。例えば、今年4月1日からは受刑者を『さん』付けで呼ぶということを全国的に広げていこうとしています。 

また、刑務官が受刑経験をした人から話を聞き、自分たちの行動を改めなければいけない点があるかどうかを考える、学びの機会を全国の刑務所で設けようともしています。 

ただ、しかし、これらに対して、猛反発している人たちが多数いるんです」(海渡弁護士)

刑務所の「体質改善」を拒むチカラとは…

海渡弁護士が刑務所問題を扱い始めた40年前は、とんでもない人権侵害が横行していたが、今では刑務所に入ったことによって人生が変わった、更生できたと胸を張って言う人もいるという。

そうした好例が、「島根あさひ社会復帰促進センター」で行われているTC(回復共同体)などの更生教育プログラムだ。

’20年には島根あさひの施設を舞台に、坂上香監督による受刑者同士の対話を通じて更生を促すTC(回復共同体)の取り組みを追ったドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』が公開され、文化庁記録映画大賞も受賞している。

しかし、一方で、こうした取り組みに反対の人も多いのが実情だ。

「刑務官になる人の動機には、受刑者を更生させたいという思いがあるだろうとイメージされるでしょうが、昔はそうじゃない人が多かったんです。 

例えば、柔道や剣道をやっていて、それを仕事に活かせるという動機の人たち。実際、全ての刑務所に柔道場・剣道場がついていて、柔道や県道の大会は職員の研修より大事な扱いになっています。 

柔剣道の腕前が優先で、そういう力を持つ人が刑務所を牛耳って、文化を形作っている部分があるので、それを改めなければいけないと法務省の本省では思っている。 

それで、柔剣道の優先枠をやめたんですが、全国の刑務所組織が相手だから、反発が強い中で難航しているようです」(海渡弁護士) 

「今の日本の刑務所は、施設ごとに人道的でリベラルな所長が来れば良い刑務所になるし、古い体質の人が来ると地獄になる。どの刑務所にどの時期に行くかによって、どういう受刑体験をすることになるかは全く予測がつかない、刑務所戦国時代みたいになっている」

そう海渡弁護士が言えば、小竹弁護士は頷き、こう補足する。

「もちろん所長次第のところもありますが、それより長くその刑務所に勤めている人たちの変わらない体質もある。今は新しい取り組みや文化を取り入れようとする人たちと、旧態依然の刑務所文化の方たちとのせめぎ合いが起こっているのだと思います」 

ちなみに、小竹弁護士によると、Aさんは突然4月末に千葉刑務所に移送されたそうだ。

Aさんはこの移送について、長野刑務所での虐待を告発した報復によるものと感じており、ショックを受けている様子だという。

長野刑務所で立て続けに起こった悲劇の原因究明を徹底すること。また、問題を告発した受刑者に対して報復が行われるようなことが決してないよう、これらを戒めとし、刑務所組織全体としての意識改革を早急に進めることを期待したい。

取材・文:田幸和歌子