普段から便秘症に悩まされている人はとても多い。内科医の名取宏さんは「便秘症を治すには、生活習慣の改善が大切。しかし、じつはトイレに『ちょっとした装置』を置くだけでもよくなる可能性がある」という――。
写真=iStock.com/Suchada Tansirimas
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Suchada Tansirimas

■便秘を放置してはダメ

便秘症は、内科で診る機会がとても多い疾患です。日本において便秘症の有病割合は10〜15%程度とされていますから、国内だけで1200〜1800万人もの人が便秘に悩まされている計算になります。

便秘症は腹痛などによって生活の質を下げるだけでなく、そのまま放置すると痔や直腸脱といった肛門関連の病気の原因になることがあり、ときに腸閉塞や直腸潰瘍といった命にかかわる疾患すら引き起こし、血圧の上昇を介して心疾患や脳血管疾患とも関連します。

そんな便秘の治療には、いわゆる下剤が使われますが、高血圧や糖尿病の治療と同じく、生活習慣の改善が大切です。便秘に対する非薬物療法としては、食事の改善、水分の摂取、適度な運動などが推奨されています。

食事においては、野菜などで水溶性の食物繊維をたっぷり摂ることが勧められています。食物繊維と水分を十分に摂取することで便は水分を含み、柔らかくなるのです。また、ヨーグルトなどの乳製品が便秘に有効だという報告も。運動などの身体活動も、腸の動きを促進することで便秘の緩和に役立つでしょう。便意がなくても朝食後にトイレに入る習慣もよいとされている一方、排便をしたいときに我慢するのは便秘を悪化させるとされています。

■便がスルッと出る「装置」

さて、その他の便秘に有効な非薬物療法で、あまり知られていないものがあります。便秘を解消する「装置(devices)」を使うという方法です。

便秘を解消する装置の影響を調べた研究をご紹介しましょう。健康なアメリカ人52人を対象に、最初の2週間は装置なし、その後の2週間は装置ありで排便してもらい、いきみのパターン、排便後の腸の空き具合、排便に要した時間を記録しました(※1)。結果は、装置なしと比べて装置ありの排便では、いきみが減り、より腸が空っぽになったと感じ、排便時間が短くなりました。つまり、装置を使うことで便がスルッと出てスッキリ感じるようになったのです。

この装置の正式名称は「defecation postural modification devices(DPMDs)」といいます。直訳すれば「排便姿勢修正装置」です。論文に使用した装置の商品名は「Squatty Potty」だと記載されています。直訳すれば「しゃがみ便器」でしょうか。Amazonでも売っています。どのような装置なのか知りたい方は検索してください。装置といっても要は足置き台です。輸入品だと数千円はしますが、商品によっては千数百円で売っています。

※1 Implementation of a Defecation Posture Modification Device: Impact on Bowel Movement Patterns in Healthy Subjects

■足置き台が効果的な理由

なぜ足置き台が便秘を解消するのでしょうか。その背景には、座った姿勢よりもしゃがんだ姿勢の方が便秘になりにくいという考え方があります。

もともとヒトはしゃがんで排便しており、伝統的で自然な姿勢といえます。日本でも和式トイレはまだ残っていますね。座って排便するのに比べて、しゃがんで排便すると直腸と肛門の角度が開いて、よりまっすぐになります。骨盤の前のほうにある恥骨から直腸をぐるりととりまく恥骨直腸筋は、ふだんは便が漏れないように肛門をお腹側に引っ張っていますが、しゃがむ姿勢を取ることで緩むのです。

しかし、普段から椅子を使い、トイレでは西洋式便器を使う生活を続けていると、しゃがんだ姿勢を維持する筋力が弱ってきます。膝や腰を痛めた高齢者はなおさらです。そこで、しゃがんだ姿勢で排便できるようにするための補助装置が開発されたというわけです。

足置き台以外にも、さまざまなデザインの装置が提案されています(※2)。中には、足腰が弱って座ることも難しくなってきた患者さんが適切な位置で排便できるように、高さや傾きを調節できる電動式の装置までありました。ただし、残念ながら、まだ市販はされていないようです。

※2 A review on squat-assist devices to aid elderly with lower limb difficulties in toileting to tackle constipation

■ロダンの「考える人」のポーズ

足腰が弱っていないならわざわざ装置を使わなくても、前かがみになり、かかとを少し上げて、ちょうどロダンの「考える人」のポーズを取ることで同じような効果を得ることができます。

写真=iStock.com/wesvandinter
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このことも、きちんと研究され論文として報告されています(※3)。便秘のため排便造影検査(デフェコグラフィー)を受け、通常の西洋式便器に座った姿勢で完全に排便ができなかった患者22人が対象です。排便造影検査とは、バリウムを含んだ疑似便(人工便)を直腸に注入し、エックス線で側面から透視しながら排便の様子を観察する検査法です。検査対象者に「考える人」の姿勢を取ってもらったところ、直腸と肛門の角度が開いてまっすぐに近くなり、22人のうち11人が完全に排便できました。「考える人」のポーズは、スムーズな排便にプラスの効果を与えるようです。

足置き台の使用や「考える人」のポーズで排便姿勢を整えることの大きな利点は、コストがほとんどかからないことです。排便姿勢だけで便秘がよくなるとは限りませんが、容易に実行可能なことは大きな利点です。食生活や水分摂取、適度な運動など他の生活習慣の改善と組み合わせることで効果が期待できます。

※3 Influence of body posture on defecation: a prospective study of "The Thinker" position

■便秘が治らない場合は病院へ

それでも便秘が改善しないとき、数カ月内に便秘が悪化しているときは、医師に相談してください。頻度としては多くはないですが、別の病気が原因で便秘が起きることがあるからです。

たとえば排便パターンの変化は、大腸がんの初期症状の一つです。単に便秘になるだけではなく、下痢と便秘を繰り返すパターンも要注意。大腸がんを早期に発見し、治療することによって、がんで命を失うことを避けられます。がんの初期症状である便秘を下剤で誤魔化している間に、大腸がんが進行してしまった例もあるのです。

そのほかパーキンソン病や甲状腺機能低下症といった全身性の疾患によっても便秘が起こりますが、原因疾患を治療することで改善が期待できます。持病があり薬を飲んでいる方であれば、薬の副作用による薬剤性便秘も考えなければなりません。パーキンソン病治療薬、過活動膀胱治療薬、抗うつ薬、咳止め、降圧薬など、便秘の原因になるかもしれない薬はたくさんあります。

■便秘薬の種類と正しい使い方

生活習慣を改善しても便秘がよくならず、他の病気のせいでもないと確認できている場合は、薬を使って治療します。便秘薬には大きくわけて「腸を刺激して蠕動運動を促す刺激性下剤」、「腸に作用するのではなく便に作用して柔らかくしたり、かさを増したりする非刺激性下剤」の2種類があります。

写真=iStock.com/Michelle Lee Photography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Michelle Lee Photography

刺激性下剤を続けて使用すると耐性がついて効果が弱まるため、非刺激性下剤をベースに、必要なときだけ刺激性下剤を使用するのが原則です。代表的な刺激性下剤は、「センノシド」や「ピコスルファート」、非刺激性下剤は「酸化マグネシウム」です。これらは薬局で処方せんなしに買えます。用量・用法は必ず守ってください。

医療機関では、病態に応じて異なる便秘薬を使い分けます。最近では「上皮機能変容薬」、「胆汁酸トランスポーター阻害薬」といった新薬も登場し、治療の選択肢が増えました。上皮機能変容薬は、腸管上皮細胞に作用して水分を分泌させ便を柔らかくします。胆汁酸トランスポーター阻害薬は、胆汁に含まれる胆汁酸が小腸で再吸収されるのを阻害し、大腸に届かせることで水分の分泌や消化管運動を促進させます。なお、薬で効果が不十分な場合は、座薬や浣腸、摘便(便を手指で掻き出すこと)が必要になる場合もあります。

■自分に合う方法を探すこと

こうした便秘対策や治療の効果には、個人差があります。食物繊維の効果一つとっても、結果はまちまちです。すでに十分な量の食物繊維を摂る習慣がある人にとっては追加の食物繊維は効果がなくても、あまり食物繊維を摂っていない人にとっては大きな効果が出ることだってあるでしょう。

薬物治療も、人によって効果と副作用の出方が異なります。たとえば酸化マグネシウムは慢性便秘症の第一選択薬の一つで、処方せんなしに買えるほど安全性が高く、薬価も安い優れた薬ですが、腎障害がある場合は高マグネシウム血症が起きることがあります。

最近は個別化医療が重要になっています。がんのような命にかかわる病気ばかりではなく、便秘症だって個別化医療は大事です。便通は検査を受けなくても患者さん自身が一番よくわかっています。さまざまな便秘対策を試してみて、改善があったものを取り入れる過程を繰り返して、自分に合った対策を見つけていくのがよいでしょう。

そうした便秘対策の選択肢の一つに、今回の足置き台や「考える人」のポーズなどを加え、いろいろと試してみてくださいね。

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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。
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(内科医 名取 宏)