「高齢者の一人暮らし」は認知症予防の最高の方法…高齢者専門医・和田秀樹が説く「健康常識」という大ウソ
※本稿は、和田秀樹『「健康常識」という大嘘』(宝島社)の一部を再編集したものです。
■2つの病院で認知症患者の進行状況が違った理由
認知症の進行は生活環境で大きく変わってきます。介護保険がまだ導入されていなかった1990年代、今では主要な抗認知症薬とされるアリセプトも認可されていなかった頃に、私は浴風会病院とは別に茨城県鹿嶋市の病院で月2回、認知症の診療を担当していたことがあります。鹿嶋市に行くようになって気づいたのが、浴風会病院にやってくる東京都杉並区の患者たちに比べて、鹿嶋市の患者の認知症の進行がかなり遅く、症状も目立たないということでした。
それがなぜなのか、最初はとても不思議でしたが、杉並区と鹿嶋市の高齢者が置かれている生活環境を見比べるうちに、おおよその見当がついてきました。
杉並区の高齢者たちは認知症になるとその多くが家に閉じ込められていたのに対し、鹿嶋市では気ままに近所を歩き回らせることが多かったのです。
このことから、少なくとも認知症がそれほど進んでいない段階では、本人が希望すれば可能な限り外出させてあげるほうがいいのだろうと考えられます。外でいろんな人と触れ合って楽しい時間を過ごせば機嫌がよくなって、脳に好影響を与えます。一人での外出が心配ならGPS機能の付いたスマホを持たせたり、緊急連絡先のメモを持たせたりすればいいのです。
■認知症の徘徊でも交通事故は避けようとする
長年、高齢者の精神医療を専門としてきましたが、私が担当した方で徘徊中に交通事故に遭ったり、高いところから落ちるなどして亡くなった人は一人もいません(土手から落ちてケガをした人はいました)。つまり認知症が進んで徘徊しても、自分の命の危険は判断できると考えられます。歩行速度が遅くなって青信号の間に道路を渡り切れなくなることはあっても、赤信号に突進することはまずありません。
認知症を発症しても、すぐにすべての認知機能がなくなるわけではないのです。
認知症になった人に対して、周囲が先回りして外出や仕事などをやめさせてしまうことは多いのですが、オール・オア・ナッシングで考える必要はありません。習慣的にやっていたことは認知症になった後も長く続けられるケースが多いのです。
だから親や伴侶が認知症になった時にも、なるべく自由にしてあげてください。
「物忘れが多くなる」「自分の年齢を間違える」「道に迷いやすくなる」「物事の理解がうまくできなくなる」など、見ていて心配になることは増えていきますが、これらのリスクの多くは、あらかじめ対策をとることで減らすこともできます。
■邪魔者扱いして叱ってばかりいると問題行動が増える
できないことは多くなりますが、本人が「やりたい」と思っているのなら、その気持ちを大切にしてあげてください。そして、なるべく本人ができるように手助けしていくのです。「やりたい」という意欲こそが気力や行動力の源になり、行動すれば症状の進行を遅らせることが期待できます。
たとえば料理をしたいけれど手順がわからなくなってしまっているようなら、さりげなく次の作業に導いて、本人のプライドを傷つけないように支援してあげましょう。それで本人が楽しく暮らすことができれば、周りの人との関係もよくなります。逆に、邪魔者扱いをしたり、やたら叱ったりすると、問題行動をとることが多くなってしまいます。
認知症の介護で一番必要になるのは「聞く力」です。本人の話したいことであれば、同じ話題でも何度も耳を傾けて「そうだね」と相づちを多用して受け止め、本人が話したいと思っていることを推測しながら質問をしていくのです。そうすると認知症の人は話がしやすくなります。時には無理な要求をされることもあるでしょうが、その場合は「そうだね……でもね」「うん……でもね」と返す。ポイントはとにかくいったん受け入れることです。
■老人こそYouTubeやSNSでの発信を楽しんだほうが良い
読書や音楽を楽しむのは、決して悪いことではありません。しかし前頭葉の老化防止の視点からは、読書をはじめとするインプット型の勉強はあまり有効だとは言えません。前頭葉の活性化には、インプットよりアウトプットが有効だからです。
手っ取り早いアウトプット型の行動と言えば会話です。趣味のサークルやカルチャーセンターなどに通い、テーマに沿って会話をするほうがより前頭葉は活性化します。
会話をするには仕入れた知識を組み立てて、自分なりの考えをまとめて、相手に提示することが不可欠です。その意見が相手にしっかり伝われば、別のテーマに話が展開することもあるでしょう。意見が割れた時には別の説得材料を提示したり、相手の意見を受け入れたりすることも考えなければなりません。このように知識を加工する作業が、前頭葉を活性化させるのです。
そうはいっても年を重ねると、残念ながら周囲の友人や知人が亡くなったり、入院するなどで疎遠になることが増えるのも事実です。そんな高齢者にお薦めしたいのがSNSの活用です。Xやインスタグラム、各種ブログなど気に入ったもの、使いやすいものならなんでも構いません。
YouTubeやTikTokの動画投稿にチャレンジしてみるのもよいでしょう。難しければ子どもや孫に頼ってもいいのです。いずれにせよ、SNSに投稿するためには自分の考えをまとめる作業が必要で、この時に「なるべく伝わりやすいように」「周りの反感を買わないように」などと内容を吟味する作業が、脳の活性化に大きな効果をもたらします。
■「子どもと別れて寂しい」そんな相談をチャットGPTにしてみる
将来的なことを考えた場合、チャットGPTなどの対話型AIに触れてみるのもいいでしょう。対話型AIとはユーザーが入力した質問にAIがまるで人間のように滑らかな対話形式で返答するシステムで、最近は官公庁や企業、学校などでも導入が進んでいるようです。
小難しく感じるかもしれませんが、要は何か困ったことがあった時に質問をすると答えてくれて、自分の生活を快適にしてくれる便利なシステムです。そう考えるとチャットGPTなどの対話型AIがぐんと身近なものに感じられるのではないでしょうか。
今のチャットGPTは、たとえば「自分がこんなことで悩んでいる」といった質問に、その答えを瞬く間に出してくれます。「子どもと別れて寂しい」「会社を辞めたとたんに孤独になった」といった悩みにも的確なアドバイスをしてくれます。
■「認知症になったら何もかもおしまい」ではない
認知症と診断されると本人も家族もひどくショックを受けます。「認知症になったらおしまい」というイメージが強烈に刷り込まれているからでしょう。ですが認知症になったからといって、すぐに何もかもがわからなくなるわけではありません。
たとえばロナルド・レーガン元米国大統領は、退任から5年後に自身がアルツハイマー型認知症であると公表しましたが、その時の重い症状を見た限りでは、在任中からすでに軽度の認知症であったと考えられます。言い換えれば、初期段階の認知症ならアメリカ大統領も務まるということです。
「認知症であるという事実は、あなたのほんの一部でしかありません。散歩したり出かけたり、とにかくその日一日を楽しみましょう」
これは46歳で認知症と診断され、それ以来約30年にもわたって認知症の啓発活動を行ってきたオーストラリアのクリスティーン・ブライデンさんの言葉です。彼女は認知症を「数ある病気の一つにすぎない」と断言します。
■一人暮らしは認知症の最高の予防法のひとつ
認知症予防の最高の方法の一つに一人暮らしがあります。
私もこれまでに一人暮らしの認知症の患者さんをたくさん診てきました。
「認知症で一人暮らしなどできないだろう」と思う人も多いでしょうが、不思議なことに認知症になった人は生きるための防御反応が高まります。きっと「食事を確保しなければ死ぬ」ということを脳が認識しているのでしょう。かなり重い認知症の人でも一人で買い物に行きますし、お腹が空けば料理もつくります。
「買い物をするにも計算ができないだろう」と思うかもしれませんが、認知症の人にも「計算を間違ったら恥ずかしいし、店員からとがめられるのが怖い」という意識があるようで、買い物の時にはとりあえずお札を出すようになります。すべてお札で買い物するようになるので財布は小銭だらけになりますが、それでも買い物自体はできるのです。自動車の運転も問題なくできる認知症の人はたくさんいます。
■できなくなったことを嘆かず、変わらずできることを褒める
家族と一緒にいることが幸せな人もいますから、無理に一人暮らしを勧めるわけではありません。しかし年をとれば子どもは巣立ち、親や配偶者と死別するなどして、老人ホームなどに入居しない限りは一人暮らしになる可能性が高まります。
それでも、ことさらに一人暮らしを恐れる必要はないと知っておけば、老後の選択肢は増えます。孤独への不安感が強い人は、そうなる前に、孤独の楽しみ方を少しずつ覚えておくといいでしょう。
「いつか不便な一人暮らしを強いられるのではないか」と不安にかられているぐらいなら、先に予行演習しておく手もあります。たとえば一人旅をしてみたり、ウィークリーマンションに1週間ほど暮らしてみるといった具合です。実際に一人暮らしがどんなものかを体験しておけば、どんなことに不便を覚えるかがわかり、準備しておくことができます。「意外と一人の生活も楽しいものだ」と感じるかもしれません。まず実践してみることが、不安を解消する最良の方法です。
認知症の人の家族と話してみると、必ずといっていいほど「このあいだまではできていたのに」と、できなくなったことの話になります。しかしできなくなったことを嘆くのではなく、以前と変わらずにできていることをほめるべきなのです。
認知症がかなり進行するまである程度の話は通じて、ほめてもらえばうれしいし、うれしければまた同じことをうまくやろうとする。それを繰り返せば「料理はいつまでも上手につくる」ことも可能です。今できることをいつまでもできるままでいられるよう、認知症になり始めた当人も周囲の人たちも心がけてください。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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(精神科医 和田 秀樹)