(※写真はイメージです/PIXTA)

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減価償却で節税できるものといえば、社用車や中古不動産が代表的ですが、富裕層であれば絵画も経費になることをご存じでしょうか。資産が潤沢にある人のなかには、節税や投資目的で絵画を売買する人も増えてきました。本記事では、Aさんの事例とともに、富裕層が行う投資の注意点について、1級ファイナンシャル・プランニング技能士の川淵ゆかり氏が解説します。

絵画売買を始めた資産家

※本記事は、筆者のもとへ訪れた実際の相談者から許可を得て、一部脚色して記事化しています。

当時60代だった会社経営者のAさんは渋谷区大山町の豪邸に住んでいました。大山町は、高級住宅街が多い渋谷区のなかでも特に格調高いと評判です。明治時代には名士が好んで暮らし、現在も富裕層が居を構えています。最寄り駅は小田急小田原線の代々木上原で、田園調布や成城のように地名の付いた駅があるわけではないことなどから、比較的高級住宅街としての知名度は低いかもしれません。

A家は代々の資産家です。亡くなったAさんの祖父はかつては名の知られた絵画のコレクターで、若手のいい作品を見出しては画廊や百貨店と組んで個展や展覧会を企画して作品を世に送り出してきました。それにより大きなお金を手に入れたこともあったそうです。

Aさん自身も資産家としてのステータスとして、数年ほど前から絵画の売買を始めました。それまでは仕事も忙しく余裕もなかったため、預貯金を中心に預け入れを行っていました。しかし、低金利でほとんど増えないうえ、絵画は節税対策になると耳にしたこと、祖父の成功例もあったことから「老後資金作りのためにも絵画に投資しよう」と考えたそうです。

ですがAさんは自分の目にそれほど自信もなかったため、知り合いの画商に意見を聞きながら売買の判断を行っていました。祖父は購入した絵画は部屋に飾って楽しんでいたのですが、Aさんの場合は他人の判断で購入していたせいか興味もなく、せっかく購入した絵画も自宅では飾らずにほとんど見ることもなく、画商に保管してもらっていました。

なぜか買い手が付かない絵画たち…

ある日、Aさんが購入した画家の絵が5倍以上の値段でオークションで売れた、と画商が連絡してきました。Aさんは喜んでほかの絵もオークションに出すことにしましたが、5倍どころか買い手すら付きません。Aさんは画商から「この画家は将来絶対に売れるから」といわれて買った作品なのに、なぜでしょうか?

事態を知った娘が大激怒

オークションでは買い手が値段を付けます。買い手の懐事情や相場感で値段は変わり、同じ画家の作品でも作品にはそれぞれ良し悪しがあります。そのため、いい作品であれば5倍でも10倍でも価格は上がるのでしょうが、評価が得られなければ買い手も付きません。一度や二度高額で売れたとしても必ずしもその後の作品が高額で売れ続ける、というものでもないようです。

Aさんは自分自身で作品をよく見ないで買ってしまっているのも問題です。買うか買わないかを知り合いの画商の助言だけでほぼ決めてしまっています。

美術品の投資は、その作品を自分自身で実際に鑑賞し、その美しさや魅力を楽しむことにも価値がありますが、Aさんは絵画を価格だけでしか見ておらず、作品の本当の価値を見る目を養うことはできなかったのです。

Aさんは資産家ですから画商に進められて買い集めた作品は1点や2点ではありません。さらに1点の値段は100万円や200万円ですむものではなく、1,000万円を超えるものも数点あります。ほかにも絵画には運搬費やオークションに出すのに十数%の手数料がかかりますし、Aさんのように外部に保管を頼むとそれなりの保管料もかかります。

問題はそれだけではありませんでした。不信感を感じたAさんが調べたところ、保管のために画商に預けた作品が数点、なくなっているようなのです。すっかり画商を信用していたAさんはきちんとリストを作っていませんでしたし、画家の名前は思い出せても作品をほとんど見ていなかったせいでどんな絵がなくなったのか思い出せないのです。

この話を母親から聞いたAさんの娘は激怒し、すっ飛んできました。すでに嫁いで子どもも2人いるのですが、先日購入を決めた新築マンションの資金の一部や将来の子どもの進学資金などを援助してもらおうと画策していたこともあり、売れるか売れないかわからない絵を買い集めている父親に腹を立て「お父さん、いい加減にもうやめて!」と叫びます。

えっ、いままでやってきたことって投資じゃないの?

老後資金のための投資として買い集めた絵画が将来いくらになるかわからなくなったAさんは、証券会社に勤める大学時代の友人に相談します。すると、友人からは「君がやってきたことはそもそも投資じゃないんだよ。投機だよ」といわれました。

投資」とは長期間保有することで、配当金や株主優待、複利効果といったメリットを受けることができますが、「投機」は価格が上がるか下がるかを予想して値ざやによる利益を得ることを目的とします。

投資」は、長い目でコツコツとお金を増やしていきますが、「投機」は短い期間で大きな利益を得ようとするものです。老後のための資産形成には、「投機」ではなく、長期で資産を増やす「投資」で備えることが重要です。

絵画は価格が大きく変動することがあります。絵画はそのときの経済動向はもちろん流行にも左右される投機性の強い商品なのです。

バブルの前と後では価格が1/10に暴落した絵画や、流行に乗って一時的に高騰しても数十年も経つとまったく売れなくなった、という画家はいくらでもいます。前述のように同じ画家の作品でも値段が付くものもあれば付かないものもあり、見る目がないと難しいものです。

値段が下がってもその絵を良いと思い好きであれば持ち続けられますが、Aさんのように価格しか見ていないと「損をした」という印象で終わってしまうこともあります。

Aさんとおじいさんは絵画に対しての思いも売買の方法もまったく違いました。おじいさんは絵画を愛で、自宅にも長いあいだ飾ったりしました。そして、そのしっかりとした審美眼で才能のある人を見出だして、画廊や百貨店と組んで個展などのいわゆるプライマリー市場で世に送り出しその価値を大きく引き上げることに成功しました。

一方Aさんは、世に出たあとのオークション等のセカンダリー市場での取引がメインでした。このように比べてみると、Aさんのおじいさんという人は、絵画を見る目だけでなく、商売もかなり上手な人だったのだと感じますね。

なお、平成27年の国税庁の通達により、それまでは取得金額が20万円までの美術品に限られていた減価償却費の計上が100万円未満にまで拡大されました。これにより、美術品を節税方法として富裕層を中心に美術品の購入への関心が高まりましたが、その購入が投資なのか投機なのかを一度立ち止まって考える必要があるでしょう。

川淵 ゆかり

川淵ゆかり事務所

代表