関連画像

写真拡大

24時間、多くの人が乗車するタクシーの車内では様々なトラブルが発生しています。弁護士ドットコムにも、乗客や運転手からの相談が多数寄せられていますが、中でも目立つのが、車内での嘔吐処理やシートの汚れをめぐる相談です。

相談内容は一部、修正した上で、いくつか例をあげます。

ある人は「タクシーを降りる時に少し嘔吐がついてしまいました。クリーニング代として3万円と高額請求されたのですが、支払う義務はあるのでしょうか」と相談を寄せました。

また別の人は、子どもの靴跡がシートについてしまったところ、運転手から「クリーニング代のほか、シートを変えるまでの時間、営業で得られたはずの金額も支払って欲しい」と言われたと困惑の声を寄せました。

シートを汚してしまった場合、客が弁償する義務はどこまであるのでしょうか。営業できなかった時間分も支払う必要があるのでしょうか。田村ゆかり弁護士に聞きました。

●「客はその損害賠償義務を負う」

--タクシーのシートを汚してしまった場合、クリーニング代を支払う義務はあるのでしょうか

まず、タクシーに乗るというのはどのような法律行為に当たるのか検討しましょう。

商法第589条は、「旅客運送契約は、運送人が旅客を運送することを約し、相手方がその結果に対してその運送賃を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。」と定めています。タクシーに乗るということは、運転手と乗客との間でこの旅客運送契約が締結されているということになります。

商法にはこの旅客運送契約の内容について詳しい定めはありませんので、次に一般乗用旅客自動車運送事業標準運送約款を確認します。これは国土交通省が告示しているもので、タクシー会社は概ねこの内容に沿った約款を定めていると考えられます。

同約款第10条には、「当社は、旅客の故意若しくは過失により又は旅客が法令若しくはこの運送約款の規定を守らないことにより当社が損害を受けたときは、その旅客に対し、その損害の賠償を求めます。」と定められています。

客が嘔吐によりタクシーのシートを汚したというのは、「旅客の過失により当社が損害を受けたとき」と言えますので、客はその損害賠償義務を負うこととなります。

●「実際にクリーニングでかかった費用」を支払えばよい

--支払う際、値段はどのように交渉すればよいのでしょうか? 先方が提示してきた金額を支払わないといけないのでしょうか。

客はどの範囲の損害を賠償する義務を負うのか、検討していきます。

この点については約款や商法に特段の定めはありませんので、民法の債務不履行の一般規定に戻って考えます。

民法第416条第1項は「債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。」と定めています。

嘔吐によりタクシーのシートを汚した場合、そのクリーニング代については「通常生ずべき損害」と言えますので、賠償する義務があります。

ただしそのクリーニング代は請求された3万円ではなく、実際に運転手がシートをクリーニングに出してかかった費用の領収書やレシートの提示を受け、その金額を支払うこととして下さい。

●「シート交換までの損害」支払う必要は?

--上記事例のように、本来営業できていたら稼げた分も請求された場合、支払わないといけないのでしょうか

客がつけた汚れが嘔吐の場合と靴跡の場合で分けて考えます。

嘔吐によりシートを汚した場合は匂いも付着するでしょうし、シートを交換するまで別の客を乗せることができないというのは理解できます。

この場合は、例えばその運転手がタクシー会社に属しており営業所でシート交換をしたのであれば、汚してから交換までの時間分の所得(売上ではなく)については通常生ずべき損害と言えます。過去3か月分の給与明細から1時間当たりの所得を計算するなどして支払うことになるかと思います。

これに対して子どもの靴跡がついたというのは、クリーニングまで必要か(ウェットティッシュなどで拭くなどで汚れが落ちないのか)、仮にクリーニングしなければ落ちないにしても、匂いがついているわけではないのでタオルを敷くなどしながら営業が可能だったのではないかという疑問があります。そのあたりを確認して、クリーニング代やシート交換までの所得分を賠償する義務があるか、慎重に判断すべきです。

●支払わなかったらどうなる?

--支払わなかった場合、刑事、民事上の問題に発展する可能性はありますか

刑事事件となることはあまり考えなくて良いです。業務妨害罪(刑法第233条及び第234条)に当たるのは故意による行為のみで、過失によりシートを汚した行為はこれに当たりませんし、損害賠償請求に応じなかったという行為がかかる構成要件に該当するとは考えにくいからです。

運転手からの損害賠償請求に応じなかった場合、民事上の問題に発展する、具体的には弁護士から請求書が届くとか、裁判所での民事調停の申立てがされる、支払督促や少額訴訟の提起等がされる可能性はあります。

できればそこまで話がこじれる前に、どの部分の損害については支払う義務があるのかを弁護士に相談し、支払うべきものは支払い、支払う義務がないものは拒否して話をまとめるのがいいですね。

【取材協力弁護士】
田村 ゆかり(たむら・ゆかり)弁護士
経営革新等支援機関。沖縄弁護士会破産・民事再生等に関する特別委員会委員。
事務所名:でいご法律事務所
事務所URL:http://www.deigo-law.com/