SAFは航空業界にとって脱炭素の切り札となる(写真:ANA)

航空業界の脱炭素化の切り札として期待されるSAF(Sustainable Aviation Fuel、植物や廃油を原料とした次世代航空燃料)。全航空燃料の10%の置き換えが事実上義務化される2030年へ向け、国産SAFの製造投資も本格化している。だが、石油業界をはじめ開発に乗り出す事業者は現在、生みの苦しみを迎えている。

「エアラインはどう言っているのか」「石油元売りはどのような状況か」。SAFの取材を進める中で、よく聞く言葉だ。まだ国産では存在しない新燃料だけに、航空業界、石油業界ともに手探りの状況が続いている。

廃食用油や植物由来のエタノールなどを原料とするSAFは、石油からつくる現在の航空燃料(ケロシン)に比べCO2(二酸化炭素)排出量を80%程度削減できる。国が進めるGX(グリーントランスフォーメーション)戦略の柱にもなっている。

CO2を排出する飛行機での移動は「飛び恥」

国土交通省によると、東京―ロサンゼルスを大型機のボーイング777で飛行すると、消費するケロシンはドラム缶477本分。CO2排出量は241トンに上る。飛べば飛ぶほど莫大なCO2や煤を排出するため、ヨーロッパを中心に飛行機での移動は「飛び恥」と表現されることもある。

「(国際競争や国内交通機関との競争の中で)乗客に選んでもらわなければ事業が継続できない」(ANA・乾元英経営戦略室マネジャー)との危機感は航空業界に共通する。現行の燃料に3〜4割混ぜることで、CO2排出量が10〜80%削減できるというSAFの推進は国際的な課題でもある。

国連機関の国際民間航空機関(ICAO)は2022年の総会で、2050年までの脱炭素化長期目標を採択。2024〜2035年の間はCO2排出量を2019年比15%削減することでも合意した。

一方、日本政府は「GX基本方針」で2030年時点のSAF使用量について、「本邦エアラインによる燃料使用量の10%をSAFに置き換える」と明記。2022年12月には改正航空法に基づき、SAFの導入促進などをうたう「航空脱炭素化推進基本方針」が示された。ただ、航空業界は「この数値はあくまでも供給環境が整ったうえでの目標との認識」(エアライン担当者)で、「義務化」という表現に神経をとがらせる。

ANAは2020年10月、フィンランドのSAF製造大手のNesteと提携し、伊藤忠商事を通じて羽田や成田空港発の定期便でSAFを導入して以降、使用量を拡大している。2030年度までに10%、2050年度にはほぼ全量をSAFに置き換える計画だ。日本航空(JAL)も2050年のCO2排出ゼロに向け、2025年度に全燃料の1%、2030年度に10%をSAFに置き換える方針だ。

「安定調達に国産SAFは不可欠だ」

供給側でも「義務化」の動きは進んでいる。国は「エネルギー供給構造高度化法」の告示を2023年度中にも改正し、石油元売りに2030年10%に見合う供給目標を設定する。資源エネルギー庁の試算では、国内のSAF需要は2025年から徐々に増え、2030年には171万キロリットルと「全体の10%」に置き換わる。これに対して、供給量は同年に192万キロリットルと需要量を上回り、海外エアラインに販売できる見通しとしている。


Nesteと共同でいち早くSAFの調達に乗り出した伊藤忠は、前述の通りANAの定期便に国内ではじめてSAFを供給した。さらに2022年には日本での代理店契約を結び、国内で海外エアライン向けにもSAFを提供している。2023年度中に関西空港でも供給を開始する予定だ。

「ただ、SAFをすべて輸入に頼るとなると、石油ショックのようなことが起きて供給が途絶えると困る。安定調達に国産SAFは不可欠だ」と伊藤忠の石川路彦リニューアブル燃料ビジネスユニット長は言う。エネルギー安全保障の観点からも国産SAFの製造は欠かせない。

国内でガソリンをはじめとした燃料油需要が年に1%超減っていく見通しの中、石油業界も次世代航空燃料の開発にしのぎを削る。SAFは製油所の桟橋や配管設備などをそのまま活用できることもあり、統廃合が進む製油所の跡地を「カーボンニュートラル基地」に転換していくうえで重要な事業になる。

先陣を切るのはコスモ石油や日揮ホールディングスなどが共同出資する「サファイア・スカイ・エナジー」だ。コスモ石油の堺製油所内で建設しているSAFプラントは2023年6月に着工し、2024年度下期にも運転開始する。


コスモ石油の堺製油所内で2024年度下期に稼働予定のSAFプラント(画像:コスモ石油)

廃食用油を原料としたSAFを年間3万キロリットル製造する計画だ。コスモ石油は三井物産が調達するエタノールを原料として2027年度にも新たなSAFプラントを稼働させ、2030年までに合計30万キロリットルのSAFを製造する目標も掲げている。

課題は廃食油の調達だ。国内で発生する50万トンの廃食用油のうち、国内の燃料原料に回るのは1万トンにすぎない。一方で12万トンが海外に輸出され、Nesteがこの一部を原料にしてSAFを製造し、日本に輸入されている現実がある。廃食用油は世界で争奪戦になっており、輸出価格は2年前の約2倍に高騰、国内取引価格もつられて高くなっている。

原料をどれだけ担保できるかが国産化のポイント

「廃食用油の調達には非常に多くの課題があるが、年産3万キロリットルのプラントに必要な量であれば現実的に調達可能な水準で、確実に達成したい」と、サファイア・スカイ・エナジーの山本哲COO(最高執行責任者)は話す。

輸出に流れる12万トンを主な標的に、原料の3万キロリットル強を確保していく。家庭で廃棄されている廃食油も発掘の余地があるという。「原料をどれだけ安定して担保できるかは、国産SAFの大きなポイントだ」と山本氏は言う。

元売り最大手のエネオスは、2023年10月に操業を停止する和歌山製油所で廃食用油を原料とした年産40万キロリットルのSAF製造を2026年から始める計画だ。国内シェアの半分を取りにいくという。地元の雇用維持の面でも期待が大きい事業になる。

国内最大規模の製造になるため、廃食用油の調達は困難を極めることも予想されるが、「不足する分は協力会社のフランスのトタルエナジーズの調達網を活用して調達を進める」とバイオ燃料総括グループの石川香織氏は話す。

一方、コスモの計画に比べ10倍以上の製造となるだけあって、事業リスクも高い。

「2030年度までの需要想定が国から出ているが、本当にその通りに伸びていくのか、各年度の精緻な推移を示してもらいたい。供給サイドが負うSAF生産の義務に比べ、需要サイド(エアライン)の義務化やインセンティブがまだ不透明なところがある。はしごを外されないような制度設計をお願いしたい」と、石川氏は訴える。

出光興産はエタノール原料のSAFを製造へ

廃食用油以外の原料でSAFに取り組む企業も出てきた。出光興産は2026年度からサトウキビなどからつくるエタノールを原料とするSAFの供給を始める。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション基金事業に採択され、総事業費457億円(補助額292億円)をかけて千葉事業所に年産10万キロリットルのSAF製造プラントを建設する。


エタノールによるSAF製造は廃食用油のように技術が確立されていないが、廃食用油に比べて安定した調達ができる。「エタノール原料のSAF製造はわれわれの持っているノウハウと親和性が高いのもメリットだ」と、出光興産バイオ・合成燃料事業課の大沼安志課長は話す。

千葉の1号機に続き、中部地区などで2号機、3号機と増設していく計画で、2030年までに50万キロリットルの生産体制を目指す。「未知の原料について複数のサプライヤーを開拓し、輸送体制、受け入れ体制を構築してきた。量の確保に問題はないが、品質面で実務的な協議を続けている」(大沼課長)。

次々に計画が立ち上がる国産SAFの製造体制だが、需要見通しも供給計画もほとんどまだ机上の計算にすぎない。国産SAF製造に向けた官民協議会のあるメンバーは、「協議会では量の話ばかりしていて、価格の話がまるで進んでいない」と明かす。

現在の航空燃料は1リットル当たり約100円。一方、国内でのSAFの取引価格はその3〜5倍(原液ベース)に上るという。航空会社のコストのうち30%を燃料が占めるというが、「利益が吹き飛ぶまでは耐えられない。いつまでも高価なSAFを買い続けることはできない」(エアライン幹部)というのが本音だ。

出光興産は、製造コストで「1リットル当たり100円台を目指す」とし、コスモ石油も「現在国内で取引されている価格以下での提供を目指す」とするが、実際のエアラインとの価格交渉はこれからだ。

まだ存在しない国産SAFの価格を、10〜20年以上先の世界の需給見通しも踏まえて決めることなど不可能だ。しかし、「いくらで売るのか」「いくらで買うのか」が不透明なまま、プラント製造の投資判断が遅れれば、資材高の中でそれだけ建設コストが膨らみ、さらにSAF価格が高くなるという悪循環に陥りかねない。

欧米で打ち出されたSAFの支援政策

カギを握るのは、やはり政府の支援策だ。

アメリカでは「SAFグランドチャレンジ」のもと、政府の目標として軍事部門を含むすべての航空燃料を2050年までにSAFに置き換える方針だ。まずは2030年のSAF供給量を年間30億ガロンとする目標を掲げる。この目標達成に向け、IRA(インフレ抑制法)による補助金や税額控除、RFS(再生可能燃料基準)などの枠組みで、アメリカ国内で生産・供給されるSAF価格を実質ケロシン並みに抑える政策をとる。

ヨーロッパでは2050年までに段階的に70%までSAFの混合を義務づけるほか、化石燃料への課税を強化する一方、SAFの税率は据え置く。空港によっては1リットル当たり37円を支給する制度もある。

日本では8月23日に開かれたGX実行会議で、GX分野に総額2兆円規模を投じる2024年度予算の概算要求案がまとめられ、国産SAF製造に向けた支援が事項要求として盛り込まれた。

政府の支援額は国産SAFの取引額を大きく左右する要素だが、「現段階で支援額が『いくら』とは示せない」と資源エネルギー庁の担当者は語る。

「2030年時点でどれくらいの価格なら競争力があるのか、見極めている段階だ。海外の支援制度とSAF技術の進み具合を踏まえてどれくらいの価格帯まで落ちていくのか。それを踏まえて日本の企業が戦っていくための支援策をその都度打ち出していく」(同担当者)

一方、SAFの価格の議論については、「(供給側と需要側が)お互いに主張をしていると、平行線のまま投資が進まない。需要側とどこまで歩み寄れるか、製造側にも情報を出してもらわないと判断ができない。そのバランスを調整していく作業が必要。このハンドリングは今年度中の重大ミッションと認識している」(同)という。

「航空運賃に転嫁していくことは避けられない」

官民協議会の参加メンバーの一人は、「航空会社は容認しにくいかもしれないが、航空運賃に(SAFのコストを)転嫁していくことも将来は避けられないのではないか」と話す。

さらに、製造者側からはこんな声もあがる。「SAF製造では一定のCO2排出が避けられない一方、排出削減効果を上流と下流で配分する枠組みの構築が必要だ。上流の供給側にもCO2削減効果を取り込める仕組みが求められる」(サファイア・スカイ・エナジーの山本COO)

桜美林大学の戸崎肇教授(航空政策が専門)は、こう指摘する。

「今後はSAFをめぐる国際競争が激しくなり、海外の既存メーカーは市場を拡大しながら価格の主導権を握り続ける。その中で、国産SAFはリスクがつきまとう事業であることは間違いない。供給が追いついた頃に価格が下落し、品物がだぶつくのは最悪のシナリオ。販路開拓、価格の安定化などを含め政府の主体的支援が求められる」

国産SAFの誕生までには、まだ紆余曲折がありそうだ。

(森 創一郎 : 東洋経済 記者)