ADHDの「鬼門」、雑談を攻略する意外な方法
雑談は、人間関係を円滑に進めるための大事なコミュニケーションのひとつ。ところが、発達障害、とくにADHD(注意欠如・多動性障害)気質を持つ人にとっては、この雑談が日常生活における「鬼門」になっているという。1度にたくさんの情報処理ができないから、みんなの話についていけない。相手の気持ちがよくわからないから、一方的に話を続けてしまう......。人によってさまざまだが、ハードルの高い行為であることは間違いない。
そんな人たちの悩みに対して、解決のヒントをくれるのが、中村郁さんの『発達障害で「ぐちゃぐちゃな私」が最高に輝く方法』(秀和システム)だ。
声優・ナレーターとして活躍する中村さんは、自身もADHD・ASD(自閉スペクトラム症)と診断され、発達障害の当事者として生きてきた。本書では、中村さんが人生の中で見つけたちょっとした工夫や考え方が、生きるためのヒントとして紹介されている。
BOOKウォッチでは、3つのヒントを抜粋してご紹介。今回のテーマは「雑談」。場を盛り上げたくて話題を提供しようとつい頑張ってしまう人、実はその努力は必要ないかも......?
第1回 散財グセをコントロールする方法はこちら
(以下、本文より)
雑談? 場なんか盛りあげなくていい
私たちADHD気質を持つ発達障害の人にとって、非常に難しいことがあります。 それは、雑談です。 人との距離感を測ることが苦手だったり、相手の気持ちやその場の雰囲気を読み取ることが苦手だったりする私たちにとって、テーマが決められていない雑談ほど難しいものはありません。 さらに複数人での雑談になると、それぞれの人が話している会話の内容を聞き取って理解し、それに対して自分の意見をまとめて発言するという、非常に高度な技術が求められることになります。
ここで絶対に間違えてはいけないことがあります。「雑談タイムは、あなたのショータイムではない」ということです。 雑談は、相手との信頼関係を構築していくためにあるものです。好き放題に話していいはずがありません。 ナレーターも、雑談をするタイミングは多くあります。収録スタジオのドアを開けた瞬間から、いや開ける前から、すでに雑談への準備をしておくのです。ナレーターは、自分自身が商品なので、自分で自分を売り込まなければならないからです。 以前「雑談タイムはアピールタイムになる」と教わったこともありますし、実際に雑談で場をひとしきり盛りあげてから、ナレーション収録に移行する先輩も多くおられます。
しかし、同じことを私がやろうとしても、当然うまくいきませんでした。 まず、おもしろいことがいえません。 雑談を盛りあげたくて「何かおもしろいことをいわなければ」と思ってしまうと、まったく言葉が出てこなくなってしまうのです。 さらに、複数の人数で雑談していると、自分がどのタイミングで話していいのかわかりません。頭のなかで会話を処理していくだけで精いっぱいです。 結果、私は場を盛りあげることなく、静かに収録へと進んでいくことになります。 そんな自分に悩んだ時期もありましたが、私はあるとき、当たり前だけれど非常に重要なことに気づきました。 コミュニケーションももちろん大切ですが、自分が何のためにそこにいるのか? 仕事をするためです。 どんなに収録前の雑談力が高くても、いい仕事ができなければ何の価値もありません。
それ以降、私は収録前の雑談に注力することはやめて、自分のパフォーマンスを最大に高めることに注力することにしました。 お客様が求めていることは、おもしろい雑談ではなく、いい商品です。いい商品なくして、雑談の成功はないのです。いいものを提供できるなら、苦手な雑談にエネルギーを割く必要はありません。 実際、収録前に雑談で場をひとしきり盛りあげ、トークで現場をわかせていたにもかかわらず、いざナレーションを読む段になってグダグダにかみまくり、くだけ散ってしまった方を何人も見たことがあります。
雑談は、あなたのアピールタイムではありません。相手へのリスペクトタイムです。 たとえ流暢(りゅうちょう)にしゃべれなくても、おもしろいことがいえなくても、話がはずまなかったとしても、相手へのリスペクトと真心を持っていれば、必ずその空気は相手やまわりに伝わります。 相手が求めていないような話をしてしまうことほど、おそろしいものはありません。 知り合いの営業マンで、とても流暢に会話をする人がいるのですが、話の内容をよくよく聞いていると、自分の足の裏にできた魚の目の話を30分も続けていました。 まわりの反応は、あえてここには書かないでおきます。
私は場を盛りあげることのないナレーターですが、20年間お仕事をさせていただいています。無理して盛りあげなくて構いません。目の前の人へ、リスペクトと真心を持って接しましょう。
(以上、本文より)
次回(8月5日配信予定)は、「強すぎる正義感」について考える。
■中村 郁さんプロフィールなかむら・いく/ナレーター、声優 (株式会社キャラ所属)。生後すぐ、家庭の事情で祖父母に育てられる。幼いころより体が弱く、癇癪や、過剰に集中しすぎてしまう「過集中」、物忘れがひどく、ぐちゃぐちゃな毎日を送る。10歳で祖父が他界後、祖母と二人三脚の日々を送ることになるが、毎日涙を流し続ける祖母を励ます生活に自分の心も壊れてしまう。大学受験では過集中がプラスに働き、偏差値40を70まで上げて志望大学に合格するも、入学後は華やかな学生たちに馴染めず、人間関係も思考もぐちゃぐちゃに。 アルバイトも、ADHD気質が災いし、すぐにクビになる。そんなとき、ナレーターの道をすすめられ、大学卒業と同時に現在の事務所に所属。ここでも過集中がプラスに働き、人の声が聞こえないほど集中するので、まったくかまずに読める。何かに没頭すると徹底的に調べまくる。さらに、表現力・国語力の高さが評価され、数々のオーディションに合格。プロとなって20 年間、産休以外で一度も仕事を休んだことがない。現在も、全国ネットのナレーションに多数出演し、複数のキャラクターで声優をつとめている。
※画像提供:秀和システム 書名: 発達障害で「ぐちゃぐちゃな私」が最高に輝く方法
監修・編集・著者名: 中村郁 著
出版社名: 秀和システム
出版年月日: 2023年7月11日
定価: 1540円(税込)
判型・ページ数: 四六判・224ページ
ISBN: 9784798069654
(BOOKウォッチ編集部)