落選議員の生活費を年数百万円支援…橋下徹「政界の権力闘争を勝ち抜く"派閥のボス"がやっていること」
※本稿は、橋下徹『日本再起動』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■「まとめ役」は派閥で揉まれて育つ
政治家は有権者から完全に任されていると自負し、自分の意見こそ絶対に正しいと確信して、自信満々で意思決定の場に乗り込んできます。
与党である自民党ではそうした人間が300、400人と集まるのですから、彼ら彼女ら全員の意見を聞いて1つにまとめることは困難です。
そこで登場するのが、人間関係力のある人物、いわゆる派閥のボスです。派閥のボスたちが党内をまとめるキーマンになっているのです。
政権与党の自民党は、派閥のボスたちが政治を動かしてきました。しかし、こうした人間関係力のある人間は一朝一夕で誕生するものではありません。
派閥のボスを育てる機能を果たしているのがまさに派閥なのです。派閥があるからこそ派閥のボスが生まれる。
派閥政治は否定的に見られることが多く、派閥解消が政治における重要テーマになったこともあります。派閥のなかで大金が動くこともあり、目の届かないところで、派閥のボスたちが物事を決める。
これが金権政治のもとになっているという批判の声は大きくなっていきました。有識者のみならず、一般の有権者からも政界がもつ諸悪の象徴のように思われたのです。かつての民主党も派閥解消を提唱していました。
しかし、批判の声が高まる中でも、僕はだんだんと派閥の重要性に気づいていきました。政界だけではなく、人が集まればグループが誕生するのが自然の摂理です。僕が所属する弁護士会も例外ではありません。
なぜ派閥が重要なのか。派閥ができれば当然派閥内での競争が起き、リーダーが生まれるからです。この場合、人間関係力がなければリーダーにはなれません。
したがって派閥のリーダーになるための競争はすなわち人間関係力競争ということになります。民間企業など一般的な組織の人事でリーダーに就くのとは訳が違います。
派閥のリーダーになったら、今度は派閥間の競争です。人間関係力を持った派閥のボスたち同士の争いです。ここで勝ち抜いた人物が自民党のリーダーになっていく。すさまじい人間関係力競争です。
政治の世界では、大臣などの役職者よりも、人間関係力を持った派閥のボスの方が強い。人間関係力が鍛えられた派閥のボスだからこそ、党内をまとめることができるのです。このような人材が豊富であることが、自民党の強さの所以(ゆえん)です。
■何人に「うん」と言わせられるかがすべて
派閥のボスの資質とは、周りの人たちに「うん」と言わせることができることですが、それは裏切られるリスクを承知のうえで、派閥メンバーの面倒を細やかに見ることで備わるものです。
結局は、このような人間関係の貸し借りが、「この人に言われたらしかたがない」という空気を作り出すのです。
「面倒を見る」というのは言うは易し行うは難しです。僕にはまったくできません。
派閥メンバーの日々の小さな相談に乗る、困り事の解決に手を貸す、人脈づくりを助けることはもちろん、落選した派閥メンバーの生活を支援するなど、ありとあらゆる場面で協力を惜しまない、ということです。文字通り、公私にわたって面倒を見なければなりません。
「落選した派閥メンバーの面倒まで見るの?」と思ったかもしれませんが、派閥の存在感を保つためには、このようなことも必要なのです。
落選したからといって見捨てたら、そのメンバーは、次に当選したときに別の派閥に入るでしょう。何より「落ちたら見捨てられる」という派閥内での疑心暗鬼が、派閥の求心力を著しく低下させます。
だから、落選議員の家族も生活できるように年間数百万円の生活費を支援する。それが難しければ、知り合いの企業に頼んで、その落選議員と顧問契約を結んでもらうなど、何かしらのかたちで生活を支援する。
とりわけ政治家個人にお金が集まりにくくなった昨今、派閥のボスがメンバーに対するこうした面倒をどこまで見ることができるのか、それが派閥のボスの力の見せどころといってもいいでしょう。
■清濁併せ呑み物事を進める親分肌
政治家というのは、ときには清濁併せ呑むことも必要なので、清廉潔白な優等生タイプよりも、もろもろ含んだうえで物事を進める親分肌の人物のほうが、派閥のボスに向いています。
極端な言い方をすれば、どれだけたくさんの子分をつくれるか、どれだけの人間にいうことを聞かせられるかが求められているということです。
そしてさらに、これらの派閥のボスたちをまとめなければならないのが、総裁、党首、代表という名のトップリーダーです。そのトップリーダーのまとめる力が党のまとまる力、すなわち強さに直結します。
派閥のボスが豊富に存在し、それをまとめるトップリーダーがいてこそ、党は強くなるのです。
このように派閥というコミュニティのメンバーとの間に強い絆を築き、まとめあげることができるような人間味あふれるリーダーには、当然、政治家に成りたてではなかなかなれません。
ボスとしての資質は、やはり長い間派閥内外の権力闘争に揉まれることで次第に育っていきます。僕が、派閥の存在を全否定できないのも、そこが政治家にとって必要な人間関係力を磨く場でもあると思うからです。
■あまりに熾烈すぎる政界の権力闘争
とはいえ、派閥の維持は決して容易ではありません。派閥内の調整や派閥メンバーの面倒見の大変さはもちろんのこと、他派閥との激しい権力闘争があります。ボスとしては、自分の人間関係力でもって派閥の求心力を高めつつ、自分に挑戦してくる者は徹底的に挫く。
こうして派閥の力を最大限に高めた末に、自ら総理総裁のポストを獲得するか、または自派から総理総裁を輩出して、派閥メンバーを閣僚などの重要ポストにつけることをめざします。
それこそが派閥を維持する目的であり、権力闘争に絶対に勝たなくてはいけない理由なのです。
逆に、派閥間権力闘争に負ければ、勝ったほうは当然こちらを冷遇します。挑む気力を奪うために、ときに自派から大臣を1人も指名してもらえないという場合もあります。
つまり、権力闘争に負けることは、政治家生命を失いかねない事態を招くことになる。政界の権力闘争は僕も体験しましたが、企業の派閥争いがままごとに思えてくるくらい、熾烈なものです。
派閥のボスには、派閥内をきっちりまとめあげつつ、他派閥とも手を結び、ときには派閥間の闘争を戦い抜き、そして最終的には勝ち抜いていくほどの人間関係力が求められるということです。
■野党が強くならない根本理由
政党として長い歴史をもち、また政権与党の座に戦後相当な期間就いていた自民党では、派閥政治というものが確立されています。かつてほどの派閥政治ではないにせよ、その体質は今も残っています。
外から見れば「金と権力にまみれた汚い世界」に見えても、派閥政治が日本の政治において一定の機能を果たしているというのは、すでに述べた通りです。
さらに調整力や交渉力、あるいは敵対勢力との闘争力などといった人間関係力の高い政治家が育つ訓練場になっている点は、決してあなどれません。
金権政治の元凶となっていたかつての派閥政治は改めるべきです。政治資金規正法の施行や衆議院における小選挙区制が導入されたことにより、派閥の金権体質はだいぶ改善され、派閥の力も以前より弱まったと思います。
しかし自民党のまとめる力・まとまる力の源泉に派閥というものがどっしりと腰を据えていることも厳然たる事実です。そこを見逃してはいけません。
では、野党はどうでしょうか。自民党に比べると政党としての歴史も与党としての経験も浅い党内には、派閥政治という風土が醸成されていません。
だから比較的クリーンな党運営ができているともいえますが、その代償というべきか、「派閥で揉まれて人間関係力の高い政治家が育つ」というのが起こりにくいのも事実です。
そしてこのことが、野党のまとめる力・まとまる力が強くならない最大の原因で、野党が強くならない理由なのです。
■公開ディベートを決め手とせよ
そこで鍵を握るのが、「公開ディベートによる意思決定」です。
人間関係力の高い人材が育ちにくい野党においては、党の執行部が、党内で激しく見解が分かれる重要方針などをまとめて、決定するこがなかなかできません。
ならば党内の「多数決」で決めるしかない。ただし党の議員メンバー全員が等しく一票をもつことで、党執行部の思いもよらぬ結果につながる可能性もあります。
そうなると、党執行部は党内において多数派工作に注力する必要性が生まれますが、多数決では公平性と透明性が肝です。ですから、「公開ディベート」によって決をとるというプロセスが必要なのです。密室の中の多数決ではダメなのです。
オープンの場で議論を戦わせ、最後は投票で決めるというプロセスを踏めば、その間に多数派工作があったとしても透明性が担保される。これが、「公開ディベートによる意思決定」の意味です。
おそらく、これを嫌がる政治家は多いでしょう。議論で言い負かされるところや、自分の勉強不足がバレる様子が有権者に丸見えになって、恥をかくかもしれないからです。
執行部だって、己の人間関係力の低さ――調整力や交渉力、闘争力の低さが露呈する可能性が高い。それでも、これが「強い野党」となるために野党がとるべき道だと僕は考えます。
■多数決で決めるなら分裂まではしない
公開ディベート踏まえた多数決という、文句のつけようのない公平な手段で決めたことならば、少数派の間では多少、不満がくすぶるかもしれませんが、党が分裂するほどの事態にはならないでしょう。
前にも触れた民主党の分裂、前原さんが増税を決定し、増税反対だった小沢さんのグループが離反した件も、公開ディベートを踏まえた多数決によって決めていれば、そうはならなかったはずです。
現に、あるとき小沢さんに「あれが多数決だったら、どうしていましたか?」と聞いてみたら、「多数決だったら党を出なかった。不本意でも結果に従っていた」と言っていました。
このように小沢さんの対応が異なるのはなぜか? それは政治家の沽券(こけん)にかかわるからです。多数決において少数派になったからという理由で党を出るのは、多数決を基本原則とする民主主義の全否定になります。
もしも後に、自分が多数派になったとしても、その決定を押し通すことができなくなります。もう民主国家における政治家として失格、終わりということです。だからこそ、党内で意見が激しく割れても、多数決によって決めるなら分裂まではしない、と僕は考えるのです。
■党として1つにまとまろうとしている様は、必ず人心に響く
それに、多数決で自分の意見を通すには、たくさん勉強して知識を蓄える、周りに持論を説く、ディベート力を磨くなど、多数派になるための努力が必要です。
このような実力を磨き、人間性以上に「持論の論理的妥当性」によって多数決を制した人物が、そのまま党内の実力者になっていくという意味でも、非常に合理的です。
全容公開という公平性と透明性で決められた結果であれば、有権者だって相応の敬意と納得感をもって受け止めるでしょう。
いろんな意見の相違や衝突を乗り越えて何かを決めようとしている姿、党として1つにまとまろうとしている様は、必ず人心に響く。野党の支持拡大は、このようなところから始まると思います。
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橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。北野高校時代はラグビー部に所属し、3年生のとき全国大会(花園)に出場。『実行力』『異端のすすめ』『交渉力』『大阪都構想&万博の表とウラ全部話そう』など著書多数。最新の著書に『最強の思考法 フェアに考えればあらゆる問題は解決する』(朝日新書)がある。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹)