無重力空間である宇宙には上下という概念は必要ないはず。しかし人気アニメ『機動戦士ガンダム』に登場する宇宙兵器は、艦艇もモビルスーツも上下対称のものはほぼ存在せず、かつ敵味方が上下逆に遭遇することもありません。

宇宙空間なのに皆同じ方を向いているワケ

 一般的に考えるなら、宇宙に「上下」はありません。地球に帰還するスペースシャトルには「上下」はありますが、アポロ宇宙船やH-IIAロケットは前後で形が違っても、上下方向では対称です。しかしアニメ『機動戦士ガンダム』に登場する宇宙艦艇やモビルスーツ、宇宙戦闘機などには、明確に「上」となる方向が設けられています。


海上自衛隊の最新護衛艦「くまの」の進水式の様子。アニメ『機動戦士ガンダム』に登場する宇宙戦艦なども、実際の軍艦と同じように艦橋構造物を有している(画像:海上自衛隊)。

 艦艇なら艦橋がある方が「上」、モビルスーツは頭がある方が「上」、といった具合です。この上下は厳密に守られており、ミノフスキー粒子でお互いを見失った敵味方が、不意に上下逆に遭遇したりはしません。逆向きにガンダムとザクが遭遇し、お互いが相手の頭部を狙ってビームサーベルとヒートホークを振り回したりはしないのです。

 もちろん「そんな戦いは画面映えしない」という、アニメーションとしての理由があるでしょう。とはいえ「上下対称」な宇宙艦艇が出てくることもないため、ガンダムの世界では「宇宙戦でも意識して上側を設けた設計をしている」と思われます。なぜでしょうか。

インフラに対応するためには「上下」ある方がグッド

 考えてみると、ガンダムの世界では、宇宙艦艇であれ、モビルスーツであれ「上下」のある場所に侵入する機会が少なくありません。たとえば月面都市や宇宙要塞です。

 月面都市に降下した宇宙艦艇や、ルナツー(宇宙要塞)に停泊する地球連邦軍の艦艇は、同じ方向を上として停泊していました。つまり「インフラにも上下がある」ということです。

 これはつまり、宇宙艦艇が「着陸できる面」を設計上で想定しているということなのでしょう。恐らくは「この宙域では、どの方向を上とする」という航空法のような決まり事があるのだと推察されます。「月面に近いから、万が一、機関がやられたさいに不時着するのに有利なので、月面側を下とする」とか「スペースコロニーの近くでは、宇宙港に入港しやすいように、宇宙港の上と艦艇の上を揃える」といった具合です。


人型兵器は上下逆で戦闘はしない!? (イラスト:亜浪)

 スペースコロニーについても、劇場アニメ『逆襲のシャア』で描写されているとおり「居住部分であるシリンダー部分は回転しますが、宇宙港部分は回転しない」ので、上下があります。

 このように宇宙艦艇が補給を受けられる根拠地側に「上下」があるため、そこを出港した船も同じ方向を向きます。揃えた方が入港などで有利なので、地球連邦でもジオンでも、船乗りは「その空域における上下の基準」を徹底するのでしょう。

 モビルスーツも、向きが揃った艦艇から発進するので、パイロットがわざわざ上下逆に向け直さない限りは「艦艇の上と同じ向き」を上として発進することになります。これを逆にすると、戦闘を終えて帰還したときに、自分が着艦しにくくなるだけですから、よほどのへそ曲がりでない限りは、自然に特定の向きを「上」にしているのだと思われます。

 劇場アニメ『逆襲のシャア』では、「モビルスーツはアクシズの北上で交戦中」という台詞があります。何を「北」としているのかは不明ですが、地球の北半球の向きなど、何らかの方向基準が存在しているのではないかと思われます。

戦闘も向き揃えた方が統制しやすい

 なお、戦闘指揮をとるうえでも「上下」が揃っていた方が、指揮官が把握しやすいといった利点もあると考えられます。ガンダム宇宙艦艇は「上」に武装が多く配備されているスタイルが多く、またミノフスキー粒子によって有視界戦闘を強いられるため、「自分だけ上下逆」だと「艦橋から敵味方を視認しにくくなるだけ」ということにもなるでしょう。

 モビルスーツも、向きが上下逆の味方がいると、指揮官が状況把握しにくくなるのは同じでしょうし、白兵戦が可能な距離になったさいには戦いにくそうであることから「その宙域における上下の基準」を無視して、上下逆になるのは認められていないのだと思われます。


向きを無視して整列すると、指揮もしにくいかも。(イラスト:亜浪)

 実際には、描かれていない裏側で「あのゲルググはなんで上下逆に飛んでいるんだ!」「すみません!あいつは学徒動員の新兵なんで、まだわかっていないんです」みたいなやりとりが行われているのかもしれません。

 つまり「宇宙の上下」は、劇中でわざわざ言及しないほどに「宇宙世紀世界の常識」なのだと思われます。考えてみれば、交通量が多いスペースコロニーの宇宙港付近で、自分の船だけ逆向きだと、他の宇宙船の確認が遅れて、衝突するかもしれませんし、上下を徹底した方が、事故が減りそうです。

 レーダーを無効化して、センサーを狂わせるミノフスキー粒子が存在する限り、オートパイロットに任せることにも不安がある世界のため、このようになっているのだと思われます。