スパイダーマン』を筆頭に、『ジュマンジ』や『モンスター・ホテル』などいくつかの人気シリーズを持つソニー(画像提供:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、Spider-Man Far From Home - Now Available on Disc and Digital ©2019 CTMG. All Rights Reserved. MARVEL and all related character names © & ™ 2021 MARVEL)

これまで映画のヒット作の有無で業績が左右されてきたソニーの映画事業が、そのビジネスモデルを変えつつある。

ソニーグループで映画事業を展開するソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(SPE)は今年4月、アメリカの動画配信サービス大手2社と大型の契約を締結した。

ソニーがネットフリックス、ディズニーと提携

4月8日には、ネットフリックスと新作映画の独占配信契約を結んだ。ソニーを代表する映画といえる『スパイダーマン』をはじめ、スパイダーマンから派生した『モービウス』『ヴェノム』の続編、ソニーのゲームが原作の『アンチャーテッド』など、ソニーが2022〜2026年までに公開する予定の映画が対象だ。契約期間は来年から5年間で、劇場公開後の映画が順次ネットフリックスで配信されることになる。


同月には続いて、自社映画の配信権をウォルト・ディズニーに供与する契約を締結。今後制作される『スパイダーマン』のアメリカ国内での配信権を、ディズニーに与えることが決まった。人気の『ジュマンジ』や『モンスター・ホテル』などの旧作映画も対象で、早速ディズニー傘下の動画配信サービス「Hulu」や「Disney+」で一部の配信が開始される予定だ。

『週刊東洋経済』7月12日発売号は、「ソニー 掛け算の経営」を特集。ソニーの強みとリスクを分析し、復活したソニーの今後について分析している。営業利益の7割をエンターテインメント系の事業が占めるようになった今のソニーにおいて、躍進するゲームや音楽事業と比べて業績が安定しないのが、劇場映画や放送事業を展開する映画事業だ。

映画事業の主要マーケットであるアメリカでは、ここ数年、ケーブルテレビや衛星放送に代わり、映像のストリーミング配信が大きな潮流となってきた。映像制作においてはソニーの競合相手でもあるディズニー、ネットフリックスと提携した真意はどこにあるのか。

実はソニーも2015年にストリーミング配信に参入したが、うまくいかずに2020年1月に撤退している。プレイステーション上でインターネットにつないで映像作品が見られる「PSビュー」というサービス名で、自社の映画やテレビドラマをアメリカのみを対象地域として月額40ドルほどで提供していた。しかし、加入者が増えなかった。

今回のネットフリックスやディズニーとの提携によってソニーは、競合がひしめくストリーミング配信市場で自身が配信プラットフォーマーになるのではなく、ソニーが持つ人気コンテンツを有力な配信サービスに提供する戦略へと転換したといえる。

SPEの業績は、これまで大型の劇場映画がヒットするか否かで波があった。それが、こうした配信サービス向けの供給拡大をはじめ収益源の複線化により、安定的な収益を上げられるように変わってきている。実際、2020年度はコロナ禍で映画館での収入が激減したが、それでも前期を上回る営業利益を確保している。


テレビ事業にも力を入れる。ソニーは、映画やドラマなどを放送するAXNやアニメ専門のアニマックスなど、有力チャンネルの世界展開を進めてきた。これらは加入者から視聴料を徴収し、かつ広告収入も得られるビジネスであり、収益性は高い。人気が高まれば、番組派生のキャラクター商品の販売も伸びる。ソニーが注力するリカーリングモデルの模範例だ。

SPEは、世界80カ国以上で放送事業を展開していると見られ、多数のチャンネルを運営している。リーチしている加入者の総数は約9億人に達する。とりわけインドは放送事業の最大の柱で、収益の多くを稼ぎ出すドル箱市場である。

というのも、同社はインド人に最も人気のあるスポーツ、クリケットのプレミアリーグの放映権を握っており、ここで獲得した視聴者をAXNなどほかのチャンネルに誘導する戦略が好循環を生んでいる。

放送局にフリーハンドで番組を供給

テレビ番組の制作にも積極的だ。アメリカの3大ネットワークであるABC、NBC、CBSのほか、ケーブルテレビ局、最近ではネットフリックスなどネット配信事業者も顧客とする。ソニーは自前の放送局を持たないため、放送局の制約から自由なクリエーターを多く抱えており、その制作力を生かしてさまざまな放送局にフリーハンドで番組を供給できる強みを持っているのだ。

ソニーにおける映画事業の歴史は、約30年前までさかのぼる。ハリウッド映画大手の一角であるコロンビアピクチャーズを買収したのは、創業者である井深大氏、盛田昭夫氏の後継者、大賀典雄氏がCEOだった1989年のことである。コロンビアの買収はアメリカ国内で大反響を巻き起こし、『ニューズウィーク』は「日本、ハリウッドに進攻」とセンセーショナルに取り上げた。

1950年代にアメリカに進出したソニーは、ラジオ、カラーテレビなどのホームエンターテインメントのほか、CD・ウォークマンなどのヒット作を次々に投入し、アメリカ家電市場にソニーブームを巻き起こしていた。

しかし、1976年に投入したビデオテープレコーダーの最新鋭機「ベータマックス」は、映像資産を多く持つハリウッドの反発を招いた。映像がいったん録画されたら、番組や映画の再放送・再上映の需要が激減し、ハリウッドのビジネスに損失をもたらすと受け止められたのである。

そしてついに、当時のMCA/ユニバーサルから、ベータマックスは著作権法違反だとして訴訟を起こされてしまう。裁判は長期化し、8年もの長期審理でようやくソニーが勝訴した。

ソニーが批判にさらされている間、松下電器(現パナソニック)はベータマックスに対抗する「VHSビデオ」を市場に投入、メディア大手はVHS支持に回ってしまった。

必要なのはハードと特許よりも魅力的なソフト

このとき、盛田・井深・大賀の3巨頭は、技術的に優れた電化製品と特許だけではアメリカを制することはできないと痛感した。そこで至った結論が、ある製品のフォーマットを消費者に浸透させるためには、映画や音楽などの魅力的なソフトを手に入れることがどうしても必要、というものだった。これが、当時はエレクトロニクス製品を中心に展開していたソニーが、音楽のCBSレコードやコロンビアピクチャーズの買収を決断した理由である。


コロンビア映画の買収始め、エンタメ事業の拡大の立役者といえるのが、大賀典雄氏(1982〜1995年まで社長)だ(写真:ソニーグループ)

もっとも、コロンビアピクチャーズの経営では、当初招いたトップが放漫経営を続け、多額の費用を私的に使うなど危うさも目立った。しかし、出井伸之社長時代に経営改革を断行し、何とか経営を立て直した。

私がテレビ局の記者としてニューヨークに駐在していた1990年代当時、こうしてハードもソフトも手に入れたソニーの輝かしい現場を何度か見る機会があった。1993年5月には、大賀典雄社長(当時)がニューヨークシティーオペラの指揮を執ったこともあった。

大賀社長はもともと音楽家で、東京藝術大学、ベルリン国立高等音楽大学を卒業後ソニーに入社したという経歴の持ち主。音楽の殿堂・リンカーンセンターのホールで行われた演奏会には、当時人気のあった歌手のバーブラ・ ストライサンドさんやビリー・ジョエルさんも駆けつけ、大盛会だったのを覚えている。これだけアメリカ社会に浸透しているソニーを、われわれ日本人の駐在員も誇らしく思ったものだ。

こうして事業領域を拡大したソニーは今年、経営方針として「10億人の顧客と直接つながる」ことを目標に打ち出した。映画事業は劇場からテレビまであらゆる媒体へ、ソニーの映像コンテンツを提供する重要な役割を担う。稼ぎ頭のゲーム事業とのシナジーも大きい。映画事業が、ゲームや音楽に続く収益柱になることも不可能ではない。

『週刊東洋経済』7月17日号(7月12日発売)の特集は「ソニー 掛け算の経営」です。