ギスギスした今だから際立つ人情ドラマ『小節は6月から始まる』誕生秘話(2)
人は自分に余裕がない時ほど、他人に対して寛容になれず、優しさを持てないもの。ギスギスした言葉が飛び交う今だからこそ、身の回りにいる人や、自分の想像の外にいる「誰か」に優しくありたいものだ。
『小節は6月から始まる』(幻冬舎刊)は、シングルマザーとして喫茶店を切り盛りしながら幼い子どもを育てる主人公が、彼女を私心なしで支える周囲の人々との交流を通して成長していく様子を描く。本来持っていたのに、いつのまにか忘れがちになった優しさや気づかい、思いやりについて思い出させてくれる一冊だ。
今回は著者の青山太洋氏にインタビュー。この物語に込めた思いについて語っていただいた。その後編をお届けする。
青山太洋さんインタビュー前編を読む
■悪役を無理に作らない ヒューマンドラマ『小節は6月から始まる』の創作技法
――作中に「悪い人」が一人も出てこないのがユニークでした。ここまで徹底的に「やさしさ」や「人の温かさ」を書いたのはなぜだったのでしょうか?
青山:それは私が善人だからです(笑)。というのは冗談で、私のまわりに、本編に登場するキャラクターたち以上に優しくて、誠実で、思いやりのある人が多いからだと思います。書いている時は意識しなかったのですが、こうなってしまいました。
――たいていの小説は誰かしら「悪役」がいるものなので、この小説を読んでいる時も「この人の良さそうなおじさんが実は……」と勘ぐりながら読んでしまいました。結局そんなことはなかったのですが。
青山:そうなんです。いい人のままという。
――未代と訳あって別れた園井が戻ってきた時、「もしかして悪い人になっているんじゃ…」と思ったのですが、取り越し苦労でした。
青山:一瞬「悪くしようかな」とは思ったのですが、無理やり悪役にするのもおかしいじゃないですか。悪役はいないとはいえ、山も谷もある小説なので、楽しんでいただきたいですね。
――また「亡くなってしまった大切な人(家族や友人など)がどこかで見てくれている感覚」について書かれた小説でもあります。青山さんご自身、こうした感覚を覚えたことはありますか?
青山:亡くなった人が夢枕に出てきたという体験はないのですが、今まで生きてきた60年間を振り返ると、かなり大きなけがもしましたし、失敗や挫折もしてきました。その時は分からなかったのですが、今思い返すと、自分の力ではない別の力で助けられていたような気はしています。それが「亡くなっている人が助けてくれた」かどうかはわかりません。ただ、自分のものではない、何か大きな力がはたらいたとしか思えないような経験は何度かしています。
――この作品以外にもさまざまな小説を書かれてきたとお聞きしました。これまでに書いてきた小説についてお聞きできればと思います。
青山:初めて執筆したのは13年前でした。なぜ日本にはCIAやMI6のような諜報機関がないのか気になって、現実的な設立が困難なら、自分の中で組織を立ち上げて、その組織が危機を救う物語を書こうと考えたのが始まりです。
ただ、いきなりハードボイルドに仕上げるのはハードルが高かったので、「普段隣にいる人でも等身大のヒーローになれる」という身近さを前面に出し、笑いの要素も入れ、タフな部分はタフに、と表現の手段を決めました。
中途半端だけどそれでいい。どうせならこれをハーフボイルドと命名して新しいジャンルを開こう、と大それた構想を掲げてみたのです。今のところ構想した3部作の1部と2部は完成していて、3部が途中で止まっている状態です。
今回の小説でも、「JIO」という諜報組織から2人登場していますが、私の作品には必ずJIOの誰かがちょい役で出てきて、登場人物たちの過去や人物像が少しだけわかるようにしています。
――青山さんが小説を書くうえで影響を受けた作家や本がありましたら教えていただきたいです。
青山:小林信彦の全てです。中学、高校時代に読んだ「オヨヨ大統領」シリーズが、未だに金字塔として私の中に君臨しています。登場人物で交わされる絶妙な間。読む端から次々と映像となって広がる世界に魅了されました。文体だけでなく、映画や役者の嗜好まで影響されてしまい、それが今でも続いています。
――『小節は6月から始まる』をどんな人に読んでほしいですか?
青山:できれば若い女性に読んでいただきたいです。未代という主人公の女性を読んでほしいというのもあるのですが、未代の店で働く永松くんという男の子がいいキャラクターなんです。目立たないタイプで不器用だけど、誠実で、男から見てもいい奴なんですよ。もし近くにこんな男性がいたら、どうかチャンスを与えてあげてください、という気持ちです(笑)。
――内定を辞退するために、わざわざ本社がある北海道まで行くような人ですよね。確かにものすごく誠実です。
青山:そうそう。行動力はあるのに、好きな人の前に立つともじもじして何もできないというね。
――最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いいたします。
青山:私のような者が言うのはおこがましいですが、日本語ってすごいなと思います。語尾がひと文字変わるだけで、伝わる感覚が全然違ってくるじゃないですか。ここまで表現力に富んだ言語は、他の国にはないと思われます。せっかくこんな環境にいるのですから、ワンフレーズとか絵文字、外来語の良さだけでなく、もっともっと日本語本来の素晴らしさに触れていただきたいです。
(新刊JP編集部)
青山太洋さんインタビュー前編を読む
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『小節は6月から始まる』(幻冬舎刊)は、シングルマザーとして喫茶店を切り盛りしながら幼い子どもを育てる主人公が、彼女を私心なしで支える周囲の人々との交流を通して成長していく様子を描く。本来持っていたのに、いつのまにか忘れがちになった優しさや気づかい、思いやりについて思い出させてくれる一冊だ。
青山太洋さんインタビュー前編を読む
■悪役を無理に作らない ヒューマンドラマ『小節は6月から始まる』の創作技法
――作中に「悪い人」が一人も出てこないのがユニークでした。ここまで徹底的に「やさしさ」や「人の温かさ」を書いたのはなぜだったのでしょうか?
青山:それは私が善人だからです(笑)。というのは冗談で、私のまわりに、本編に登場するキャラクターたち以上に優しくて、誠実で、思いやりのある人が多いからだと思います。書いている時は意識しなかったのですが、こうなってしまいました。
――たいていの小説は誰かしら「悪役」がいるものなので、この小説を読んでいる時も「この人の良さそうなおじさんが実は……」と勘ぐりながら読んでしまいました。結局そんなことはなかったのですが。
青山:そうなんです。いい人のままという。
――未代と訳あって別れた園井が戻ってきた時、「もしかして悪い人になっているんじゃ…」と思ったのですが、取り越し苦労でした。
青山:一瞬「悪くしようかな」とは思ったのですが、無理やり悪役にするのもおかしいじゃないですか。悪役はいないとはいえ、山も谷もある小説なので、楽しんでいただきたいですね。
――また「亡くなってしまった大切な人(家族や友人など)がどこかで見てくれている感覚」について書かれた小説でもあります。青山さんご自身、こうした感覚を覚えたことはありますか?
青山:亡くなった人が夢枕に出てきたという体験はないのですが、今まで生きてきた60年間を振り返ると、かなり大きなけがもしましたし、失敗や挫折もしてきました。その時は分からなかったのですが、今思い返すと、自分の力ではない別の力で助けられていたような気はしています。それが「亡くなっている人が助けてくれた」かどうかはわかりません。ただ、自分のものではない、何か大きな力がはたらいたとしか思えないような経験は何度かしています。
――この作品以外にもさまざまな小説を書かれてきたとお聞きしました。これまでに書いてきた小説についてお聞きできればと思います。
青山:初めて執筆したのは13年前でした。なぜ日本にはCIAやMI6のような諜報機関がないのか気になって、現実的な設立が困難なら、自分の中で組織を立ち上げて、その組織が危機を救う物語を書こうと考えたのが始まりです。
ただ、いきなりハードボイルドに仕上げるのはハードルが高かったので、「普段隣にいる人でも等身大のヒーローになれる」という身近さを前面に出し、笑いの要素も入れ、タフな部分はタフに、と表現の手段を決めました。
中途半端だけどそれでいい。どうせならこれをハーフボイルドと命名して新しいジャンルを開こう、と大それた構想を掲げてみたのです。今のところ構想した3部作の1部と2部は完成していて、3部が途中で止まっている状態です。
今回の小説でも、「JIO」という諜報組織から2人登場していますが、私の作品には必ずJIOの誰かがちょい役で出てきて、登場人物たちの過去や人物像が少しだけわかるようにしています。
――青山さんが小説を書くうえで影響を受けた作家や本がありましたら教えていただきたいです。
青山:小林信彦の全てです。中学、高校時代に読んだ「オヨヨ大統領」シリーズが、未だに金字塔として私の中に君臨しています。登場人物で交わされる絶妙な間。読む端から次々と映像となって広がる世界に魅了されました。文体だけでなく、映画や役者の嗜好まで影響されてしまい、それが今でも続いています。
――『小節は6月から始まる』をどんな人に読んでほしいですか?
青山:できれば若い女性に読んでいただきたいです。未代という主人公の女性を読んでほしいというのもあるのですが、未代の店で働く永松くんという男の子がいいキャラクターなんです。目立たないタイプで不器用だけど、誠実で、男から見てもいい奴なんですよ。もし近くにこんな男性がいたら、どうかチャンスを与えてあげてください、という気持ちです(笑)。
――内定を辞退するために、わざわざ本社がある北海道まで行くような人ですよね。確かにものすごく誠実です。
青山:そうそう。行動力はあるのに、好きな人の前に立つともじもじして何もできないというね。
――最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いいたします。
青山:私のような者が言うのはおこがましいですが、日本語ってすごいなと思います。語尾がひと文字変わるだけで、伝わる感覚が全然違ってくるじゃないですか。ここまで表現力に富んだ言語は、他の国にはないと思われます。せっかくこんな環境にいるのですから、ワンフレーズとか絵文字、外来語の良さだけでなく、もっともっと日本語本来の素晴らしさに触れていただきたいです。
(新刊JP編集部)
青山太洋さんインタビュー前編を読む
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