■「20GBで月2980円」のドコモが意識する楽天の存在

携帯電話大手3社(3メガ=NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク)の神経戦が続いている。値下げ圧力をかけ続ける菅政権は、どこまで値下げすれば許してくれるのか。ライバルはどこまで下げてくるのか。腹の探り合いが続いている。

こうした中、最後発の楽天モバイルは従来の半額以下の「データ使い放題で月額2980円」で着実に利用者を増やしている。背後には通信の常識を覆すイノベーションがある。

写真提供=楽天
楽天モバイルの料金体系を発表する楽天の三木谷浩史会長兼社長 - 写真提供=楽天

NTTドコモは12月3日、20ギガ(ギガは10億)バイトのデータ容量で月額2980円(税抜き)の新プラン「ahamo(アハモ)」を、2021年3月から提供すると発表した。2980円としたのは当然、楽天モバイルを意識してのことだ。

一方KDDIが12月9日に発表した「au新サービス」はデータ使い放題にAmazonプライムをつけて月額9350円という保守的な内容だった。「家族4人での複数回線割引」「固定回線とのセット割」「5Gへの切り替えに伴うキャンペーン」などを適用すれば3760円になるが、この条件が当てはまるユーザーは多くない。

ソフトバンクはKDDIと共に、自社の格安ブランドに乗り換える時の手数料(最大1万5500円)を無料にすると発表したが、肝心の通信料金については今のところ、静観の構えだ。

■3メガは5Gを20%も値下げしたら赤字に転落する

KDDIやソフトバンクが軽々に動けないのは理由がある。

3メガはこれまで2G、3G、4Gとインフラ整備に巨額の投資を続けており、今年になって一部の地域でサービスが始まった5GではドコモとKDDIが2024年までの5年間でそれぞれ約1兆円、ソフトバンクは5000億円の投資を予定している。

3メガは全国にそれぞれが2200〜2300カ所のキャリアショップを展開しており、その人件費だけでも年間数千億円に及ぶ。テレビCMも大量投下しており販促コストもこれと同等の規模と見られる。ランニングコストが半端ではないのだ。ある業界関係者はこう試算する。

「今のビジネス・モデルのままでは、3社とも10%の値下げで収支トントン。5Gを20%も値下げしたら赤字に転落するだろう」

■楽天モバイルを潰しにきた

つまりこれまで敢行した投資や日々の固定費を回収しようとすれば、KDDIの9350円が妥当であり、ドコモの2980円はかなり無理をした金額だ。ドコモはすでに営業利益でソフトバンク、KDDIに抜かれ3位に甘んじているが、なりふり構わず楽天モバイルを潰しにきた。

ライバル会社の幹部は「NTTドコモはもはや公社になった。民間企業である我々が新料金プランに対抗するのは並大抵のことではない」と危機感をあらわにする。

ahamoの月額2980円は、菅政権からの強烈な値下げ圧力を受けた結果でもあり、つとめて「政治的」な価格設定である。既存のドコモユーザーが全てahamoに乗り換えてしまったら、ドコモは赤字に転落する。

このためahamoは加入手続きを実店舗では受け付けず、オンラインに限定した。データ使用量の上限を20ギガとしたのも、高額な料金を支払うヘビーユーザーを従来のサービスにとどめるためだろう。

■破格でも「黒字化できる」楽天の戦略とは

では価格破壊を仕掛けた側の楽天モバイルの台所事情はどうなっているのか。

楽天モバイルの会長も兼ねる楽天の三木谷浩史会長兼社長は2023年ごろに700万〜800万件の加入者を獲得し、この時点で黒字化すると踏んでいる。「データ使い放題で月額2980円」という破格の価格設定で、なぜ黒字化できるのか。

なぜ楽天は5Gの料金を3メガの3分の1にできたのか。鍵を握っているのは2018年に楽天モバイル副社長兼CTO(最高技術責任者)に就任したタレック・アミン。アミンは楽天モバイルのインフラ投資が3メガに比べて格段に少ない理由をこう説明する。

「我々は世界初の完全仮想化ネットワークを使っているからだ」

筆者撮影
2018年、楽天モバイルに加わったタレック・アミン氏 - 筆者撮影

コンピューター、通信の世界における「仮想化」とは、それまでハードウエアで処理してきた信号をソフトウエアで処理することを指す。例えば初期の国産パソコンは日本語変換機能を焼き付けたROM(読み込み専用の半導体=ハード)を搭載していた。これに対し「IBM互換機」と呼ばれたコンパックなどのパソコンはOS(基本ソフト=ソフトウエア)での言語処理を可能にし、コストを大幅に引き下げた。

楽天モバイルの仮想化ネットワークは、これと同じことを携帯電話ネットワークでやっている。もちろん世界初の試みである。

■在学中にインテルに誘われ、開発に参加

アンマンでヨルダン人の父、ロシア人の母の元に生まれたアミンはコンピューター工学で秀でた才能を持ち、米ポートランド州立大学で電子工学と物理をダブル・ディグリーで専攻した。在学中にインテルから誘いを受け、1年半ほどビデオ会議システムで使うソフトウエアの開発に携わった。

その後、ソフトバンクに買収される前の米通信大手スプリント、AT&T、Tモバイルとエンジニアとして通信大手を渡り歩き、中国通信大手、ファーウェイの米国法人に落ち着いた。そこでインドのコングロマリット、リライアンス・インタストリーズから誘いを受ける。通信事業に参入するため優秀な技術者を探していたリライアンス会長のモカシュ・アンバーニは言った。

「アミン、我々と一緒にやれば、君はいつか自分の子供に『パパはインド13億人の人々の生活を変えたんだよ』と誇れるようになる」

面白そうだと思ったアミンは、リライアンスの通信子会社、リライアンス・ジオに移籍した。

■35ドルの設備機器でWi-Fiを整備する

当時のインドの通信インフラは日米欧に比べて大きく出遅れており、4Gはおろか3Gも2Gもほとんどない状況だった。携帯電話のデータ使用量は世界154位という通信後進国である。インフラのないインドに携帯ネットワークを構築するには時間がかかると見たアミンは、まずWi-Fiのアクセスポイントを整備することにした。

Wi-Fiネットワークの方が携帯ネットワークよりは安く構築できるが、それでもインド全土をカバーするにはかなりの資金がかかる。そこで考えたのが「仮想化」である。従来のWi-Fiネットワークはアクセスポイントに置く専用の機器が重要な役割を果たしていたが、アミンはデータのほとんどをソフトウエアで処理する「仮想化」を採用することで1000ドルだったアクセスポイントの設備を、自前で作った35ドルの機器で間に合うようにしてしまった。

35ドルのアクセスポイントはあっという間に100万カ所に設置され、携帯の電波が届いていない場所でもWi-Fiが使えるようになった。リライアンス・ジオは事業開始から数年で1億人の利用者を獲得した。

写真=iStock.com/golubovy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/golubovy

■「携帯の仮想化は実現できる」と判断

「Wi-Fiの仮想化」で自信を得たアミンは、次のステップとして「携帯の仮想化」を構想した。原理は同じである。高価な専用の交換機を使わず、データセンターなどで使われている汎用のサーバーを使えるので、インフラ構築のコストを大幅に低減できる。ただそれでもWi-Fiよりははるかに大規模な投資になるためリライアンスの首脳は決断に二の足を踏んだ。

そんな2018年2月、バルセロナで開催されたモバイル・ワールド・コングレス(MWCバルセロナ)でアミンは三木谷と出会う。三木谷はリライアンスのインドでのWi-Fi仮想化の成功に強い興味を持っていた。

アミンが「携帯の仮想化」について説明すると、三木谷は身を乗り出した。

「面白い。それをウチでやってみないか」

この瞬間「マイ・アイデアがアウア・アイデアになった」とアミンは振り返る。三木谷は通信の専門家ではないが、「携帯の仮想化は実現できる」と直感的に判断した。

アミンは半年後、楽天モバイルに移籍し「携帯仮想化」の開発をスタートさせた。「世界初」の試みにチャレンジするアミンの元には、インドをはじめ世界53カ国から腕自慢の技術者が集結した。

「開発部門はまるで国連のようだ」とアミンは言う。

ここで三木谷が長年、取り組んできた「社内公用語の英語化」が生きる。すでに英語で議論する環境が整っていたため、「国連」はスムーズに動き出した。

■「アンテナを立てさせてくれ」社長自ら頼み込む

しかし研究所で開発・試作するのと、実際にインフラを構築するのは訳が違う。地道にアンテナを立てていく作業は計画通りに進むはずもなく、基地局建設の遅れや、技術認証に適合しない端末の販売といったトラブルで、楽天は2020年4月のサービス開始までに総務省から6回の行政指導を受けた。

基地局の建設が遅れた最大の理由は、アンテナを立てられる場所を見つける「物探」にあった。業者に頼んでも場所がなかなか見つからないのだ。

ここで楽天はベンチャーらしい火事場の馬鹿力を発揮する。楽天グループの中核事業であるネットショッピングの楽天市場などから精鋭600人を楽天モバイルに移籍させ「物探部隊」を編成して絨毯爆撃を開始したのだ。

まずアミンが率いる技術部隊がその地域をカバーするのに適したビルの候補を見つけ出す。半径2キロメートルの地図の中に候補地が数カ所あり、物探部隊はビルのオーナーを探して「アンテナを立てさせてくれ」と頼み込む。

最も苦労したのが携帯電話利用者が密集する東京駅周辺だ。アンテナを立てられそうな場所はすでに3メガが占有しており、なかなか候補地が見つからない。やっと見つかった候補地は、ある大企業の本社ビルの中庭だった。三木谷が自らその企業のトップに会いに行き、アンテナを立てる許可を取り付けた。ドコモやKDDIの社長がここまでするとは思えない。

■「2026年全国展開」を5年前倒しに

用地を確保した後は工事が始まるがここでもさらに問題が発生した。3メガのアンテナ設置を請け負ってきた工務店の仕事のペースは、楽天が想定してたものよりはるかに遅かった。サービス開始まで4カ月に迫った2019年12月のある日、三木谷は「なんでそんなに急がせるんだ」と首をかしげる工務店の社長を集めてこう熱弁した。

「皆さんはアンテナを立ててるんじゃないんです。日本の未来を創っているんです」

意気に感じた工務店が動き出す。2020年3月、総務省に提出していた計画の3700本を上回る4600本のアンテナがサービスエリアに立ち並んだ。

今のペースでアンテナを立て続ければ来年の夏には全国に4万4000本のアンテナが立つ。楽天モバイルは「2026年」としていた全国展開(人口カバー率96%)のタイミングを2021年に前倒しした。

今は、楽天モバイルのネットワークを外れるとローミング契約を結んでいるKDDIの回線に切り替わり、こちらはデータ使い放題ではないので、すぐに上限に突き当たる。これでは勝負にならないが、自前の回線で全国をカバーできる来年からは楽天モバイルの仮想化ネットワークがその真価を発揮する。その時利用者はどちらを選ぶのか。来年の今ごろには日本の携帯電話市場の勢力地図が大きく塗り変わっているかもしれない。

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大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。
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(ジャーナリスト 大西 康之)