アンシュル・チョウハン監督(撮影:中山治美)

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 日本在住のインド人監督アンシュル・チョウハン監督『コントラ』が、第15回大阪アジアン映画祭で最優秀男優賞(間瀬英正)を受賞した。アンシュル監督は前作『東京不穏詩』(公開中)でも同映画祭で最優秀女優賞(飯島珠奈)を獲得しており、2作続けての受賞となる。また『コントラ』は昨秋にエストニアのタリンで開催された第23回ブラックナイト映画祭で日本映画初のグランプリと最優秀音楽賞をダブル受賞する快挙を成し遂げており、待望の日本初上映となった。

 『コントラ』は地方を舞台に、元軍人が人知れず埋めた遺品を巡って、子孫たちの間でひと悶着が勃発。地方特有の濃密過ぎる人間関係が巻き起こす軋轢(あつれき)や若者たちの鬱積(うっせき)、さらには経済格差を浮き彫りにしながら、謎の後ろ向きで歩くホームレスの出現が遠い戦争の記憶を呼び覚ます。日本の過去と現在にはびこる病巣を描いた極めて日本的な内容だが、日本映画らしからぬ寓話を交えた語り口と映像センスが新鮮だ。

 この“日本映画であって、日本映画ではない”という感想は同じく日本で撮影した短編『Soap(石鹸)』(2016)、『川口 4256』(2017)からよく言われてきたそうで、アンシュル監督は「そこを目指してはいますが、やはり日本の映画を撮っているので、まずは日本人が観て違和感を抱くものは作りたくないと思っています。映画を通して日本に何かしら還元できれば」と語る。

 アンシュル監督は異色の経歴を持つ。映画大国インド出身ながら、陸軍士官学校という特殊な環境下で育ったため、初めて映画に触れたのは20歳の頃。リドリー・スコット監督『グラディエーター』(2000)に感銘を受けて映像の世界へ。3Dアニメーターとして活躍し、2011年に日本のアニメ制作会社の招聘で来日。『GANTZ:O』(2016)やゲーム「ファイナルファンタジーXV」などに携わっている。

 しかし自分で映像制作をすることに興味を抱き、本業の合間を縫って自主制作を始めた。前述した短編制作を経て挑んだ初長編映画『東京不穏詩』は、東京で女優の夢が破れた主人公ジュンが、故郷に戻って捨てたはずの過去と向き合うことになる激しい人生を力強く描いた。同作は第13回大阪アジアン映画祭コンペティション部門で上映され、主演の飯島珠奈に最優秀女優賞をもたらしている。

 『コントラ』も同じ製作チームによるもので、撮影はエストニア出身で、カラリスト(彩色担当)として日本で活動しているマックス・ゴロミドフ。日本人にとって見慣れたはずの地方の牧歌的な風景も日本家屋も、ゴロミドフが切り取ったモノクロ映像になると実にスタイリッシュだ。このこだわりの映像に関してアンシュル監督は、尊敬するハンガリーの名匠タル・ベーラ監督作の影響が大きいという。

 「『サタンタンゴ』も『ニーチェの馬』も、映像はロングショットの長回しと超シンプル。しかし光と被写体の動きを全てコントロールしていて実に力強い。日本映画も昔は小津安二郎監督作のように固定カメラでシンプルに撮影していた。映画制作に関しては巨匠たちから学ぶことが多いです。現代の日本作品は色がフラットで奥行きもなく、ミュージックビデオやYouTubeのように感じます」

 キャスティングもこだわりがある。『東京不穏詩』の飯島が英国で演劇と身体表現を学んでいた経歴を持つが、『コントラ』の主演女優・円井わんは特技がドラムと空手で、ダンスが趣味と、運動神経抜群。間瀬に至っては舞台俳優出身で、ジャズダンスから狂言までレッスン経験あり。彼らの何気ない動作の美しさとリズム感の良さが作品の力強さにつながっており、演者が評価されるのも納得だ。

 アンシュル監督は「カメラの前でぼーっと立っているだけの俳優はちょっと……。その点、ステージに立っていた経験のある人は、人前でパフォーマンスをすることに慣れていますから」と言う。

 すでに次回作に向けて動き始めていると言うアンシュル監督。「何かといえば家に人が集まってくるインドと異なり、日本は孤独になれる環境があるからいい」そうで、アンシュル監督にとっては日本の水が合うようだ。ハリウッドで学んだ『37セカンズ』のHIKARI監督、ポーランドの名門ウッチ映画大学出身の石川慶監督(『蜜蜂と遠雷』)たちと並んで、ガラパゴス状態の日本映画界に風穴を開けてくれることを期待したい。(取材・文:中山治美)