大柄な外国の女性に立ち向かう、女子相撲の今日和さん 写真/立命館大学提供

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 イギリスの公共放送BBCは2013年から毎年、女性の地位向上のために『今年の女性100人』を選んでいる。世界中の政治家、活動家、女優、アスリート、芸術家などから100人を選出し、過去、日本からはテニスの伊達公子選手や、がん闘病中だった小林麻央さんらがその名を連ねた。

【写真】国際大会でメダルを手にする今日和さん

 そして今年は、女性が職場などでヒールのある靴を強要されることへの異議を唱える#KuToo運動をする石川優実さんと、立命館大学4年生で、女子相撲選手の今日和(こん・ひより)さんが選ばれた。

小・中学時代は男子と戦う

 日本でもまだ知名度の低い女子相撲。それをBBCがなぜ? というと、今選手を主人公に、イギリス人監督マット・ケイが撮った短編ドキュメンタリー映画『Little Miss Sumo』の存在が大きい。昨年ロンドンの映画祭で上演、大絶賛を浴び、マンチェスター映画祭でもベスト作品賞を受賞。俳優のロバート・デ・ニーロが始めたニューヨークのトライベッカ映画祭では歴代最も上映回数の多い人気映画となり、実は今選手、そして女子相撲がいま、欧米で注目を集めつつあるのだ。

「そもそも存在すら知らない人が多い中で注目してもらえるのは、背中を押してもらってるようで、本当にうれしいです。映画は2017年4月から撮影を始め、実は、わぁは今も撮られています。短編は10月末からNetflixで公開されていますが、来年のオリンピックに合わせて長編を公開したいと監督は考えているそうです」

 そう話してくれたのは、今日和さんご自身。今回、京都に住む彼女に話を聞いた。

 青森県出身の21歳。津軽弁がまざる朴訥(ぼくとつ)でゆっくりとした語りで、自分を「わぁ」と言う彼女からは、誠実な人柄が伝わってくる。

「小学校1年のときに兄がやってる相撲に連れて行かれました。相撲を始めたころは勝てるのがうれしくて、試合はめっちゃ楽しんでいたんですけど、稽古はイヤでイヤでたまらなかったんです」

 短編映画にも当時の映像が出てくる。まだ小さい今選手、土俵に上がるとグイグイと、押し相撲で自分より大きな子を押し出していた。

「青森では男女関係なしに相撲をやってました。地元の大会でも男女混合。それで強くしてもらった、という気がします。いま、大相撲で活躍している阿武咲は小さいころから一緒で、ちょっと怖い感じでしたね。一度、投げられて後頭部を打ったことがあります。普通、相手が女子だとちょっと手加減するか、という人が多いのに阿武咲は手加減しませんでしたね」

 しかし、今さんも負けずに、中学は男子と一緒に、さらに高校でも相撲を続けていく。高校に上がるとさすがに男女の実力差は大きく、母校の中学の土俵に通って練習をした。立命館大学では相撲部に入部。現在、女子部員は3名で、男子部員とも練習を重ねている。

「女子相撲は続ける環境が整っていないこともあり、小学校を卒業したらおしまい、とやめてしまう人が多いです。でも、わぁには小学生のころから一緒に相撲をやる仲間がいました。一緒にやれる人がいるのは大事ですよね」

男子相撲と女子相撲の「差別」

 女子相撲も男子の相撲とルールに大きな違いはない。

 アマチュアの相撲は大相撲と違って体重別に戦うが、今選手が主に戦うのは無差別級。身長160センチの今選手は素早い立ち合いから大きな選手の胸元にもぐり込んで、相手を起こしながら押していく、押し相撲が得意だ。

 それは小さいころから変わらない。ほかの女子選手の試合も、動きの速い相撲が多くて、女子相撲はスピーディーで技の掛け合いも多く、おもしろい。そして、静かな闘志がメラメラ燃えるのもはっきり見えて、ほんと、ドキドキ興奮するのだ。

 しかし1997年に『第一回全日本新相撲選手権』(女子相撲は最初、新相撲と呼ばれていた)が開かれて以来、女子と男子の相撲には歴然とした差別がある。男子にはある全中(全国中学生選手権)や高校総体、インカレ(大学生競技会)、国体に、女子の枠はない。女子の選手がいるにもかかわらず、だ。1997年から女子相撲の競技団体が立ち上がっているのに、それから22年たっても変わらず、女子の競技会は少なく、競技人口は600人程度しかいない。女子が相撲を続けるのは大きな困難が伴うのだ。

「相撲を続けていく中で、女のくせになんで相撲やるの? とはよく言われました。そういう固定観念は依然としてあります。でも、それはあまり気にはなりませんでした。それよりも、中学になったぐらいから相撲をやっててもご飯食べていけないな? 大学の推薦ももらえない? 大学終わったら相撲をやめなきゃいけないんだな? と思って、そのことがいちばん大きなことでした。それで大学のことを考えて勉強をしはじめました」

 女性には大相撲というプロはもちろん、男子なら当たり前の“実業団に入って社会人相撲を続ける”という道さえ困難で、過去、世界チャンピオンになった選手たちも大学卒業とともに土俵を去っていった。

 相撲は男がやるもの、という固定観念が女子相撲の道には大きな壁を幾重にも築いてきた。それでも今さんは相撲への希望を失っていない。いや、むしろ、さらに熱く燃えている。

「女子が相撲をやる環境はまだ整ってはないですけど、選手たちの情熱で競技力はどんどん上がってきています。今年初めての『わんぱく女子相撲大会』を見て、小学4年生でも自分の相撲の型をちゃんと持っていて、わぁのころからすると、競技レベルが格段に上がっています。

 また、相撲は昨年、国際相撲連盟がIOCに正式承認されました。オリンピックで男子も女子も相撲を取る日はきっと近いです。そのためには女子にも男子にあるようなジュニア強化合宿や、実業団などで戦う道が開かれてほしいです」

 小学生の相撲大会『わんぱく相撲全国大会』はこれまで会場が国技館だったため、女人禁制の壁に阻まれて女子は地方予選を戦って優勝しても、全国大会には出られなかった。それが、今年は女子の全国大会が東京・葛飾区のスポーツセンターで初めて行われた(ちなみに男子の『わんぱく相撲』全国大会は今年35回目)。私も見たが、熱戦続きで小学生といえども手に汗握る相撲大会だった。

相手は敵だけど、尊敬できる

 そして、今さんは就活の努力を重ね、念願かなって実業団で相撲を続けることが決まったそうだ。これは朗報! 世界が注目する魅力的な女子相撲選手が土俵で戦い続けてくれることは、これからの女子相撲の発展に大きな意味がある。

「去年、今年と、世界選手権(無差別級)では2位でした。来年、社会人としてもっと頑張って1位を目指します。それと同時に、相撲の普及活動をしていきたい。仕事もありますからどこまでできるかわかりませんが、世界に相撲を広げたい、と思います」

 大学では国際関係学を学び、英語も堪能な今さん。すでにその活動は始まっていて、今年はラオスを訪問した。

「去年の8月に大学のゼミの合宿でラオスに行って『ここで相撲を教えたい』と思いました。さまざまなサポートをいただいて再訪し、現地の子どもたちと相撲をやることができました。地元で活動されてるJICA(国際協力機構)の方々にも協力してもらい、最初は『中学生の女の子たちはやらないんじゃないかな?』と言われていたんですが、ひとり、ふたりと恐る恐る出てきて相撲を始めたら、あとはもう300人がワッと来ました」

 女の子も男の子も、小さい子も、けっこう大きい子も、相撲を始めると、どの子たちも目を輝かせて飛びついてきたそうだ。相撲は誰でも、どこでも、身体ひとつでできる。シンプルに勝敗がついて、楽しい。世界をつなぐ、本当に素晴らしいスポーツだ。

 そして、力強く相撲道を進む今さん。世界を見つめる視点は、女子の相撲が置かれた厳しい環境が逆に育んでくれたものだとか。

「男子は国内の大会がたくさんあって、そちらに比重を置いてますが、女子では世界選手権がいちばん大きい大会で、そこを目指します。それで自然と世界を見るようになりました。世界の選手はすごいです。私が昨年決勝で戦ったロシアの選手も、今年、同じく決勝で戦ったウクライナの選手も、それぞれ国を代表して来ている長い経験がある人たちで、芯の部分で言ったら日本の若手ではかなわない部分があります。相撲の技術云々ではなくて、それを司(つかさど)る心、がとても強いです」

 今さんは相撲の面白さに男女の差はないと言い、心技体のぶつかり合いに価値を見いだしている。

「相撲は心技体を一瞬に出して戦います。人間対人間が本気で向き合い、ぶつかり合います。相手は敵だけど、尊敬できる。相手を尊敬できないと、相撲はできません」

 短編映画『Little Miss Sumo』では今さんが世界選手権で戦う場面が出てくる。少なく見積もっても1.5倍はあるだろう大きなロシアの選手にくらいついていく今さん。うまく相手の胸に潜り、押し、素早く動く動く。

 大きなロシア選手の動きも速く、土俵を右に左に移り、2人の体勢も変化し、今さんがうまく相手の横についた瞬間は、勝つ! と思った。しかしスピーディーな投げの打ち合いを重ねる一瞬のスキに突き落としで敗れた。画面で見るだけでもドキドキし、そこには確かに男女の違いや、国の違いなどが入り込むスキはなく、ひたすら人間と人間のぶつかりあいだけがあった。

 欧米で女子相撲が注目される理由に、ジェンダーの壁に立ち向かう女子相撲選手の姿への共感が大きい。しかし何よりも、女子の相撲は面白い。男子のそれと同じように。YouTubeなどにも女子相撲の動画は数多くある。ぜひ、一度見て、感じてほしい、その面白さを!

和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。