<文 中島早苗(東京新聞情報紙「暮らすめいと」編集長)>

里親として子どもの養育を34年にわたって続けている、八王子市の坂本洋子さんのことは、東京新聞本紙で知った。里親の苦労は、制度や実態を詳しく理解していない自分でも想像に難くないが、当事者から、実際の日々の暮らしや喜び、問題点などを聞いてみたいと思った。

そこで、これまで18人の子どもを育て、今も5人の里子と暮らす坂本さんに、ファミリーホームでもあるご自宅を訪ねたいと取材を申し込むと、快諾してくれた。


坂本洋子さん(左)。14歳のお姉ちゃんと甘える5歳の男の子は仲睦まじい

「一緒に暮らせば、兄弟で、親子です」

坂本さん宅の玄関に招き入れられると、部屋から元気な男の子が飛び出してきた。一緒に暮らす里子の中で2番目に幼い、5歳の男の子だ。現在はほかに、3歳、8歳、10歳、14歳の里子計5人と、元里子で20歳の時に養子縁組した24歳の坂本歩(すすむ)君、そして坂本さんのご主人という、8人の大家族だ。

さまざまな理由で実親と暮らせない子どもを自宅に預かって暮らす里親制度には、いくつか種類がある。東京都の定める種類はこちらを参照されたい。

現在、坂本さんは5〜6人の子どもを同時に養育する「ファミリーホーム」(小規模住居型児童養育事業)という事業の坂本ファミリーの管理者になっている。

1985年に最初の里子を受け入れてから、途切れることなく34年もの間、18人の子どもを次々と養育してきたのだから、まさに里親のプロフェッショナルである。元里子の歩君は小学校1年生の時から一緒に暮らしているが、「お父さんお母さんが亡くなった後、巣立っていった子どもたちが帰って来る場所のためなら」と、自ら養子になることを希望し、自分自身もこれから里親登録をするのだという。

どの子を里子として養育するかは、児童相談所からまず相談がきて、乳児院や児童養護施設での何回かの面会などを経て決定されるそうだが、ほとんどの子どもに実親がいる。現在は金銭的な問題などよりは、メンタル面の問題で自分で育てられない人の子どもが預けられているケースが多い。地縁、血縁などのネットワークに恵まれず、周りに助けを求められない「養育の孤立」の解決が大きな課題だと、坂本さんはいう。


ご自宅で話を聞かせてくれた坂本さん

親による子どもの虐待死などではよく、児童相談所が十分に機能していないのでは、という報道も聞くが、坂本さんに意見を聞いてみた。

「そういう場合もあるかもしれませんね。個々の相談所によって、ヒューマンパワーがまちまちで、充実しているところとそうでないところの差があるというか。所長さんがどういう人か。気持ちのある人がいるかどうか。大きな問題は、人事異動によって何年かに一度、職員が変わってしまう点ですね。その都度、子どもに関する情報は書類で引継ぎされるだけですから、職員が当事者の『心の叫び』まで理解しているのかどうか。私たち里親は、子どもたちの生身の叫びを受けて、時には暴力など悲痛な受け方をすることもある。どん底も経験しますが、その分喜びを感じることもできる。職員の人たちはどん底も喜びも体験することはないかもしれませんね」

坂本さんは里親同士のネットワーク「里親ひろば ほいっぷ」のグループ代表も務めるが、ほかの里親たちからも、「私たち以外に、同じ子どものことをずーっと知っている大人が必要」という声が多いという。それには役所ではなく、民間の組織がふさわしいのではないか。大阪と神戸にある「家庭養護促進協会」のような組織が各地にあるといいと、坂本さんはいう。なぜ民間なのかというと、例えば里親は里子育ての悩みがあっても、児童相談所には本音をいわない傾向がある。養育がうまくできない「ダメな里親」というレッテルを貼られることを心配するからだ。

「行政だけでなく、いろんな人たちが里親や、養育を必要とする子どもの問題を理解し、応援団になっていただければ。国は児童養護施設から里親制度にシフトする方針を打ち出していますが、現状では行政だけで達成できるか疑問です」

と坂本さんは懸念を示す。

苦労の多い里親としての暮らしだが、もちろん喜びもある。

「大きな集団から家庭に引き取った子どもは、ここではいろんなわがままを言っていいし、自分を出し切っていいと知り、どんどん表情豊かになっていきます。人が生きるうえで、信頼できる大人を得るのは絶対に大切です。その意味でやりがいもありますし、里親の制度は大事だと思っています」(坂本さん)

子宝に恵まれなかったが、「子育てをしてみたい」と多くの子どもの養育に携わってきた坂本さん。血がつながっているか否かが、家族としてうまく暮らせるかどうかを決めるわけではないという。

「この子たちと出会ってみて、血縁かどうかは関係ないんだと思いました。一緒に暮らしてみればわかります。血縁であろうとなかろうと、かげがえがないんです。一緒に暮らせば、兄弟で、親子です。もしかすると、血縁の関係よりもいい場合もあるかもしれない。関係をつくりあげるための努力をしますから」(坂本さん)

取材の日には玄関に飛び出して来た5歳の男の子と、14歳の女の子が家に居て、写真に納まってくれた。お姉ちゃんは弟の面倒を見て、とても仲がいいし、障がいのある下の子たちをお風呂に入れてくれるという。上の子が下の子の世話をしている様子を見ているせいか、新しくこの家に来た子も、同じように助け合うのだそうだ。


猫も含めて賑やかな大家族だ

生まれついての運命ではなく、その後の縁あっての結び付きだからこそ、努力する。互いが尊い命だということを伝え続けている坂本さんの愛情とメッセージは、18人の子どもたちにしっかり届いているとお見受けした。自分は「信頼できる大人」足り得ているだろうか。一般的な家庭と変わらない、坂本ファミリーの子どもたちの笑顔と無邪気さ、賑やかさを思い出しながら、八王子を後にした。

なお、東京新聞TOKYO Webでも、子育て世代がつながる「東京すくすく」に、里子を養子縁組した長男と、もう一人女の子の里子を育てている漫画家の古泉智浩さんの子育て日記などを掲載している。

今回の筆者:中島早苗(なかじま・さなえ)1963年東京墨田区生まれ。婦人画報社(現ハースト婦人画報社)「モダンリビング」副編集長等を経て、現在、東京新聞情報紙「暮らすめいと」編集長。暮らしやインテリアなどをテーマに著述活動も行う。著書に『北欧流 愉しい倹約生活』(PHP研究所)、『建築家と造る 家族がもっと元気になれる家』(講談社+α新書)、『ひとりを楽しむ いい部屋づくりのヒント』(中経の文庫)ほか。