センバツ優勝の東邦に完投勝利。中部大一の謎の剛腕は控えめ男子だった
バックネット裏スタンドに微妙な空気が広がった。ある観客は「ナメとんな」と憤り、またある野球関係者は「センスがある証拠ですよ」と称賛した。
4月21日の春季愛知県大会2回戦・中部大一対西尾東(熱田愛知時計120スタジアム)。5回途中からマウンドに上がった中部大一の磯貝和賢(かずよし)は、明らかに力をセーブして投球していた。
東邦相手に1失点完投勝利を収めた中部大一の磯貝和賢
昨夏は吉田輝星(金足農→日本ハム)の「ギアチェンジ投法」が話題になったが、磯貝の「省エネ」ぶりはその比ではないほど落差が激しい。
身長184センチ、体重86キロの立派な体躯に、気の強そうな顔つき。最高球速は143キロだという。いかつい風貌の剛腕が人を食ったような投球をしていれば、「ナメとる」と思ってしまう心境も理解できる。
だが、それは大きな誤解である。なぜそんな不幸な誤解が生まれたかといえば、原因は磯貝の実戦経験の少なさにある。
この前日、磯貝は大仕事をやってのけていた。17日前に選抜高校野球大会(センバツ)で優勝を飾ったばかりの東邦を相手に、1失点完投。大金星を挙げたのだ。
「東邦、敗れる」というセンセーショナルな情報が駆け巡った一方で、抑えた磯貝がどんな投手かはあまり広く伝わらなかった。だが、もっと驚かれていいことだと思う。なにしろ磯貝にとって、この東邦戦が初めて9イニングを投げ切った試合だったのだから。
「これまで投げても1イニングばかりで、最高でも6イニングとか。東邦戦は練習試合を含めても初めて9回を投げたので、だいぶ疲れました。全力じゃないと抑えられない相手ですから、ほぼMAXで投げました」
東邦戦は123球を投げ抜き、連投となった西尾東戦では57球。磯貝は苦笑しながら、疲労を口にした。
磯貝の高校野球生活は、大半がケガとの戦いに占められていた。本人がそのケガ遍歴を明かしてくれた。
「1年生の夏休みに左足の足首を手術して、1年間ほとんど(プレーを)やっていません。あとは去年の冬にヒジを痛めたり……。まともにプレーできるようになったのは、今年の春からです」
語り口はいたって落ち着いている。磯貝は「見た目が怖いってよく言われるんです」と自嘲気味に笑うが、実際は穏健派だという。高校進学の際に別の高校も選択肢に挙がったが、「ヤンキー学校という噂を聞いて……」と進学を断念している。中部大一の佐藤吉哉監督は「『気は優しくて力持ち』というタイプですよ」と磯貝を評する。
「言われたことをキチッとやりますし、控えめで目立とうとしない子です。練習でも『投げたいヤツいるか?』と聞いても、磯貝は人に譲ろうとする。マウンドに上がった時だけどっしりしているんですよ」
故障がちで経験不足の磯貝が、センバツ優勝校を抑え込めたのはなぜか。当然、東邦にも達成感ゆえのバーンアウト(燃え尽き)や、エースが登板しなかったため試合運びのリズムが悪かったという要因もあっただろう。とはいえ、石川昂弥(たかや)、熊田任洋(とうよう)らが並ぶ強打線は生半可な力では抑え込めるはずがない。
佐藤監督は東邦戦の試合前に、磯貝にある指令を出していた。
「東邦さんに勝てるとは思っていなかったんですが、負けても夏に課題をつくるために『ホームランを何本打たれてもいいから、インコースを突け』と指示しました。そうしたら、東邦の打線でも磯貝のボールに詰まっていましたね」
のらりくらりとした投球に終始した西尾東戦でも、要所では打者の内角ギリギリに140キロに達するストレートを決めていた。磯貝の最大の長所は、決め球をきっちりとコースに投げ込めることだろう。磯貝は言う。
「キャッチャーのミットをずっと見ていれば、そこにいくような気がするんです。内角はバッターが打ちにくい球だと思いますし、『デッドボールでもいい』というつもりで投げています。間違えれば真ん中に入って、打たれてしまうので」
中学時代に所属した愛知津島ボーイズでは球速は120キロ台半ばしか出ず、「コールド負けばかり」だったという。東邦の石川は愛知知多ボーイズ時代から「天才中学生」と話題だったが、中学では対戦することすらできなかった。
日の当たらない時間が長かったせいか、磯貝にはエリートへの対抗意識が強い。
「自分も球のスピードが上がってきたので、どこまで通用するのか試したい気持ちはあります」
中部大一といえば、OBに中日リリーフ陣に欠かせない存在である田島慎二に、今秋ドラフト上位候補の立野和明(東海理化)と好投手が続出している。佐藤監督は立野の高校時代と磯貝を比較して、こう語った。
「立野は調子にムラがありましたけど、磯貝は安定しています。ただ、ボールのキレは立野のほうが上でしょう」
磯貝もまた、たまに練習に顔を出す立野のボールを目の当たりにして、「自分にはないキレなので、そういうボールを投げたいです」と大きな刺激を受けている。
強豪を次々と倒し、中部大一は春のベスト8に進出。夏はシード校として迎えることになった。東邦や愛工大名電らがノーシードに回る今夏は、早くも波乱の予感がする。そんななか、佐藤監督は教え子たちの予想以上の成長ぶりに目を細める。
「これまで力はあっても、試合になると1イニングに大量失点したり、地に足がついていない代もありました。でも、今年はホームランを打てるバッターはいませんが、守りきってくれる。ミスはあっても、ズルズルいかずに踏みとどまる強さがあるんです。この春を戦いながら『こういう一面もあるんだ』と感じています」
磯貝和賢の開花に引きずられるように、着実に力をつけている中部大一。今夏も台風の目として、愛知で猛威をふるう可能性は十分にある。