「アップル、再び中国に屈する──iCloudのデータを中国企業に渡した「罪」と「打算」」の写真・リンク付きの記事はこちら

アップルが中国ユーザーのiCloudデータを、現地で保存することを余儀なくされた。この動きは法に従っただけのことであり、避けようがなかったと言えるだろう。だが、シリコンヴァレーの巨大IT企業ですら、中国では顧客の権利を守るために戦えないとしたら、ほかに誰が戦えるというのだろうか。

アップルは3月2日、中国のiCloudストレージを地元企業に移行した。iCloudデータの暗号化キーを初めて、米国ではなく中国にホスティングしたのだ。

これは「予期せぬ出来事」というわけではなかった。中国が外国企業に対し、データを中国国内に保存するよう強制する新しい法律に従ったものだ。アップルは実施の1カ月前にユーザーに警告をしていた。

懸念されているのはサーヴァーの設定である。中国政府がiCloudデータにアクセスしようとした場合、米国の法制度を適用されることはなく、地元の裁判所の許可を得るだけで済むからだ。アップルはこれまでと同様、データに対する正当な法的要求には応じるが、不当な要求はすべて拒否すると強調した。

実際に2013年以降、新法が制定された17年までに、中国政府が出したデータ関連の176件の要求をすべて拒否している。政府からの要求をめぐる経緯は、引き続き透明性のあるレポートで追跡するという。

法的要求でなくても暗号化キーを入手できる

米国に本拠を置く非政府組織「中国人権(Human Rights in China)」のシャロン・ホン事務局長は「暗号化キーが中国のサーヴァーに保存されたら、法的要求の有無にかかわらず、中国当局にとって入手しやすくなるのは明らかです」と述べた。そして、次のように続ける。

「アップルが中国の法律に従うという意志を表明したいま、本当の意味で安心することはできません。暗号化キーを管理するのは、中国のパートナーではなくアップル自身だと保証されたとしても同じことです。中国当局は要求事項をアップルを通さず、自国のパートナー企業に直接伝えることができます。パートナーは国有企業ですから、中国当局に協力せざるを得なくなるでしょう」

こうしたデータ関連法はもちろん、中国だけに存在するわけではない。米タフツ大学の国際ビジネス学の教授であるジョナサン・ブルックフィールドは、米国で国とマイクロソフトが最高裁判所で争った事例を挙げ、「情報を手に入れたいと望む政府は中国だけではありません」と指摘する。

EU(欧州連合)法でも、市民のデータは現地国に保管するよう求めている。ただし、他国の怪しげなプライヴァシー法からユーザーを保護することが目的だ。EU諸国がデータを容易に入手できるようにするためではない。

アップルの「十分な実績」と「妥協」

プライヴァシー保護に関して、アップルにはこれまで十分な実績がある。例えば、15年12月に起きたサンバーナディーノ銃乱射事件では、容疑者のiPhoneのロック解除を巡り、米連邦捜査局(FBI)と法廷で争った。

また、暗号化を標準で設定しているほか、ユーザーのデータを広告主に売らないと断固として主張してもいる。こうした事例を見れば、これまで中国当局に抵抗してきたことは驚くに当たらない。

アップルはロイターに声明を送り、「iCloudはこうした法律の対象にならないと主張しましたが、結局その主張は中国政府には受け入れられませんでした」と述べている。

中国のiCloudを閉鎖してしまうこともできたはずだ。ユーザーにとっては迷惑な話だが、iPhoneやiPadを購入できなくなるよりはましだろう。アップルは中国のiCloudユーザーに対し、少なくとも今回の変更については事前に通告していた。ユーザーはポップアップメッセージを確認するまでデータを転送されず、中国のサーヴァーにデータを残したくないユーザーには、ファイルを移動するチャンスが与えられる。

アップルが妥協したのは今回が初めてではない。17年には、中国の「App Store」から数百のVPNアプリを削除するようにという中国政府の要求をのんだ。『フィナンシャル・タイムズ』の記事によれば、米国の上院議員がアップル宛の書簡で「言論の自由に対する中国の弾圧に抵抗」するべきだという圧力をかけたが、事態は覆らなかったという。

アップルで公共政策を担当するヴァイス・プレジデント、シンシア・ホーガンは当時、「VPNアプリについて自社の考えを中国政府にはっきりと提示した」と述べている。アップルはデジタルにまつわる権利の提出要求を拒否すべく2度闘い、2度とも負けを喫したことになる。

闘ったアップル、屈したヤフー、出戻ったグーグル

少なくともアップルは闘った。一方、ヤフーは05年、ユーザーの記録を中国当局に渡し、地元の反体制派やジャーナリストが逮捕されるという不名誉な出来事を起こしている。同社は提訴され、最終的には投獄された活動家たちを救うために1,700万ドル(約18億円)の基金を設けることで和解した。

ほかのIT企業はこれまで中国にかかわらないようにしてきたが、変化の兆しが見え始めている。グーグルは10年、ほとんどのサーヴィスを中国から撤退させた。中国政府がGmailを利用する活動家をターゲットにサイバー攻撃を行っていたと明らかになったあとのことだ。

だが、現在では少しずつ中国に戻りつつある。Googleの検索エンジンがブロックされているにもかかわらず、3つ目の現地オフィスを設置。サンダー・ピチャイ最高経営責任者(CEO)は17年12月、現地で開催されたカンファレンスに出席した。

Facebookは昔から中国では禁止されているが、マーク・ザッカーバーグが何度も中国を訪れたことで、ようやく中国でも開始されるだろうとアナリストたちは予測している。

シリコンヴァレーが中国政府の顔色を伺う理由

中国がデジタル規制を強化すると、シリコンヴァレーはなぜ柔軟な態度を見せるのだろうか。答えは簡単だ。市場のうまみが大きすぎて、どうしても逃すわけにはいかないのである。

中国のスタートアップは着々と市場に進出し始めている。シリコンヴァレーは最初の一歩をうまく踏み出さなければ、シェアを完全に失うリスクがある。

ブルックフィールドは「ビジネスの観点から言えば、巨大な成長市場で競争相手がビジネスを継続している場所に参入できないのは、かなり重大な問題に思えます」と話す。

アップルが中国市場に切り込むときは、いつでもティム・クックが先頭に立った。スティーブ・ジョブズはCEOとして中国を訪れたことが一度もなかった。代わりに、当時最高執行責任者だったクックを送り込んでいた。

ジョブズが亡くなった時点で、アップルストアは4店舗だった。現在では41店舗になっている。

IDC Chinaでマネージングディレクターを務めるキティ・フォクは、次のように話す。「中国市場への参入にどれだけ積極的になったかという点で比べると、ティム・クックがCEOになってからアップルは大きく変わりました。ジョブズの時代とクックの時代とでは、中国への重点の置き方が明らかに変化しています。自社の成長にとって中国が重要市場であると認識したいま、アップルが中国政府の方針に従ったのは驚くことではありません」

強気に出るべき2つのメリット

現在の中国は、アップルにとって3番目に大きな市場であり、成長を続けている。中国におけるアップルの収益成長率は6四半期連続で減少したが、「iPhone X」のおかげもあって、この2四半期は回復している。直近の四半期決算では、総売上の5分の1を中国が占めた。

この状況で中国政府に逆らってビジネスを抑制すれば、投資家たちは納得しないだろう。しかし、投資家たちのなかにも、今回のアップルの決定を疑問視する者が少なくとも1人はいる。株主のジン・ツァオは、中国政府がiCloudにアクセスできるようになってもたらされる人権への脅威は、ヤフーがユーザーの電子メールを提供したときより悪化する可能性があると警告している。

では、アップルはどうすべきなのだろうか。中国人権の事務局長であるホンは、アップルが中国政府の要求に抵抗し続ければ中国でのビジネスを危険にさらすことになるが、長い目で見れば得るものは大きかったはずだと主張する。

「IT企業が長期的な持続可能性をリスクにさらしたり、公的な中核事業の価値を傷つけることになったとしても、従業員や消費者、中国国民は、独裁的な政権を支援する企業の役割を認めないでしょう」

さらにシリコンヴァレーの企業には、中国に対して世界的技術への参入方法を示すチャンスがある。ホン事務局長によると、中国政府はイノヴェイション、人工知能(AI)、ビッグデータにおいて世界的リーダーになり、「『中国的な特性を備えたサイバー空間』を構築する」30年計画があるという。

だからこそ、アップルなどのIT企業にはよりよい基準を設定するチャンスがある。一方で、ネットでの人権侵害の「擁護者」になってしまう危険性もある。ホンは言う。

「中国が抱く“グローバルな技術”というヴィジョンを前に、IT企業には基本的な権利と自由に基づいて、現在の国際法と人権の基準を維持する責任があります」

アップルはあらゆる場所で先頭に立ってプライヴァシーを導いてきた。いま立ち止まるべきではないだろう。

RELATED

アップルも中国政府の圧力に屈服、VPNアプリを削除──米テック業界の“巨人”たちに追随した理由とは