江戸時代にもアイドル的存在はいて、お茶屋さんのウエイトレスさんがブロマイド(浮世絵)などを出して人気を集めていました。そしてもうひとつ、アイドル的存在だったのは歌舞伎の「女形」。もちろん中身は男性なんですが、女性からも男性からも憧れの的でした。今回は、幕末に大変人気のあったひとりの女形のお話です。


幕末から明治にかけて人気を博した歌舞伎役者、三代目・澤村田之助



日本の伝統芸能、歌舞伎。
当たり前ですが、歌舞伎の出演者は男性のみで、女性はいません。
女性を演じるのは「女形(おんながた)」と呼ばれる女性役専門の男性役者。

その人物の名は、三代目・澤村田之助(さわむら・たのすけ)。
史上最年少の16歳で「立女形(たておやま)」……いわゆるヒロイン役に抜擢された超人気役者です。
見た目、実力、スター性、すべてを兼ね備えた田之助は、あらゆる役をこなす貴重な人材。
その人気はすさまじく、彼が身につけた物は一瞬にして江戸の女性に流行したそう。

性格はとても破天荒。
女形といっても女性遊びも激しく、言葉もキツく喧嘩っ早い。
たくさんの恨みを買う一方、あまりの才能と魅力にそれ以上の人を惹きつけました。
ですが21歳になったとき、大きな不幸が彼を襲います。
舞台上で釘を踏んで怪我をし、それが原因で脚が壊疽(えそ)してしまい、片足を切断することになるのです。

人気絶頂期の女形の致命的な怪我。
ですが、彼は義足を付けて舞台に返り咲きます。
その裏には、彼の才能をこのままにさせまいと画策したスタッフの存在がありました。
大道具の天才と呼ばれた田之助の友人が作り出した、彼のための花道。
田之助のために座ったままの役を書いてくれる、作家たち。
必ず復活すると信じて足しげく芝居小屋に足を運ぶ、大勢のファン……。

ですが、病気は彼の体をむしばみ、もう片方の足、ついには両腕と、四肢のすべてを奪ってしまいます。
役者に必要なほとんどのものを失っても、舞台に上がろうとする田之助。
けっきょく34歳(33歳という説もあります)という若さで亡くなりますが、芝居への執着は誰よりも強かったのでしょう。
彼の死後もその浮世絵は売れ続け、美人を表現するときは「田之助のような」と言われました。

人に恨まれ、そして愛され、痛みと苦しみの中で役者として生きた三代目・澤村田之助。
数百年経った今も、その生き様は語り継がれています。

文/岡本清香

TOKYO FM「シンクロのシティ」にて毎日お送りしているコーナー「トウキョウハナコマチ」。江戸から現代まで、東京の土地の歴史にまつわる数々のエピソードをご紹介しています。今回の読み物は「幕末の大人気女形が生きた激しい人生」として、3月30日に放送しました。

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