滋賀学園高等学校 神村 月光選手「強心臓とクレバーさを持ちあわせた怪腕」

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「沖縄からすごいピッチャーが来る」入学前から神村 月光(ひかり・1年)の存在は滋賀学園野球部の間で噂になっていた。身長170cmと小柄ながらストレートの最速は144キロ。新チームでエースとなると近畿大会39イニングを1人で投げ抜き、チームを準優勝に導いた。その投球はまさに怖いもの知らず。この1年間、どんな歩みを見せてきたのか。そして現在、取り組んでいることと、来年へ向けての意気込みを語ってもらった。

1年生の怪腕は勝負度胸抜群

秋季近畿大会 報徳学園戦での神村 月光選手(滋賀学園高等学校)

 普段はどちらかと言えばおとなしめで口数は多くない神村。しかし、マウンドに上がりスイッチが入ると顔つきが変わる。本人も真っすぐとメンタル面に自信を持っており、「コントロールがいいのでどんな相手にもインコースに攻められるし、強気なピッチャーです」というのがキャプテンの今谷 真一郎(2年)から見た印象。近畿大会の成績は、

【1回戦】 大阪商大堺戦 9回1失点 【準々決勝】 報徳学園戦 14回無失点【準決勝】 龍谷大平安戦 7回1失点【決勝】 大阪桐蔭戦 9回3失点

 本調子ではなかった滋賀県大会から2週間空いた近畿大会・初戦(大阪商大堺戦)で復調を予感させる快投を披露すると、その後も真っ向勝負を挑み強打者たちをねじ伏せた。「あそこまで来たら優勝したかったですが、自分の力不足で3点取られてしまいました。あの大阪桐蔭を4安打に抑えられたのは自信にもつながりましたけど、違う言い方をすると4安打で3点取られているのでそこはやっぱり見直すべきだと思います」

 決勝では8回まで2安打1失点。しかし、同点の9回に先頭打者からの連打と小技を絡めた攻撃の前に2点を失う。2ストライクに追い込んでも、それまでのチームならカットして粘ってきたところで、当てるだけでなく一発で仕留める「桁違い」と表現した大阪桐蔭打線の強さをマウンド上では感じ取っていた。惜しくも優勝はならなかったが近畿大会39イニングで5失点は文句なしの成績。

 ただ神村がベストピッチに挙げたのは延長14回を投げ抜いた報徳学園戦でも、あと一歩まで追い詰めた大阪桐蔭戦でもなく近畿大会の2か月前、関東遠征で対戦した日大藤沢との練習試合だった。

 この日の天気は朝から雨で、8月の気温と相まって非常に蒸し暑く、投げるコンディションとしては最良とは言えなかった。そんな悪条件の中、神村は1失点完投。高校に入って9回を投げたのはこの日が初めてだったようで、うなりを上げるストレートはMAX144キロを記録した。

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右で投げる神村 月光選手(滋賀学園高等学校)

 中学時代から評判の投手の元には当然いくつもの高校から誘いがあり、その中には甲子園常連校も含まれていた。滋賀学園野球部は1999年創部とまだ新しく、甲子園出場は2009年夏の1度だけ。その時も初戦で姿を消しており、当時小学生だった神村にインパクトを与えるような成績は残せていない。しかし神村が選んだのは滋賀学園だった。

「甲子園常連の高校に行っても甲子園に出られて当たり前なので、県ベスト4とか県ベスト8の高校に行って、自分達で力を上げて甲子園に行った方が、達成感もあってやりがいのある3年間になるのかなぁと思いました」

 関西に向う飛行機に乗る前、空港には中学時代の友達やチームメイトが見送りに駆け付け、健大高崎に進むチームメイトとは甲子園での再会を誓い合い、腹をくくった。それでも「高校野球は中学野球とは雰囲気も違いますし、練習量も違いますしそれに追いつけるか心配でした」というのが本音。そのランニング量について現在4番を打つ馬越 大地(2年)は、入学時の体重は100キロあったが、グラウンド前の坂道ダッシュなどの走り込みで体重が85キロにまで減ったほど。

 親元を離れた寮生活に厳しい練習。滋賀学園には先輩に3人、同級生に4人同じ県出身の選手がいたが、ホームシックになることもあった。帰省出来るのは年末年始だけ。そんな時に励ましてくれたのがチームメイトだ。「仲間たちが励ましてくれてここでやっていけると確信しました」

本格派右腕は実は左利き。チームに好影響を与える1年生バッテリー

 右投げの神村だが実は左利き。打撃では左のバッターボックスに立つ。左投げだとポジションが限られるため、小学生の頃に自分の意志で右投げに変えた。小学生の頃は全ポジションの経験があり中学時代も最初は捕手。今でも右で投げづらさを感じた時は左で投げて感覚を取り戻すこともあるという。

 左投げのフォームも綺麗で、塁間程度の距離なら勢いのある球を投げられる。利き腕でない右手ながら球種は通常のカーブ、速いカーブ、スライダーが縦横で2種類、チェンジアップを操り、さらに使うことは多くないが相手によってはスプリットやシュートも選択肢としてある。豊富な球種は器用さの証だが、やはり最大の武器はストレート。

 夏から背番号2を背負った後藤 克基(1年)は初めて神村の球を受けた時、そのスピードに驚きを隠せなかった。後藤は神戸中央シニア出身で、エースは大阪桐蔭の香川 麗爾(1年)が務めていた。高校でも1年生ながら先発機会をつかむほどの投手の球を受けていたが、当時の香川はサイドスロー。「上からの速い球は全然違う」とその威力に舌を巻いた。

 後藤が同学年にこんないいピッチャーがいるのか、と刺激を受けたように神村もこんないいキャッチャーがいるのかと刺激を受けたはず。そしてチームをまとめる今谷が「バッテリーが1年生なのでいかにノビノビプレー出来るか。2年生が頑張っていかないといけない」と話すように2人の相乗効果はチーム全体に好影響を与えている。

[page_break:冬を越え選抜のマウンドに上がる]冬を越え選抜のマウンドに上がる

左で投げる神村 月光選手(滋賀学園高等学校)

 神村のここまでの投球について、滋賀学園の山口 達也監督はこう振り返る。「1年生投手としては100点満点。上級生になるとエースとしての人間性や立ち居振る舞い、チームの中でも世間的にもやっぱりエースだな、投げるだけじゃないんだなというところを見せてほしいですね」

 人間性も素直で、山口監督がここは直せ、ここは伸ばせと指導すると神村はそれを素直に受け入れる。本来は投げたがりだが、近畿大会後は山口監督の指示通りノースロー調整を続けている。

 ピッチングでもなぜ失敗したかを説明すると同じ失敗を繰り返さない。投手としての能力も人間性も認めているからこそ、神村にはもう1ランク2ランク上のより高いレベルの選手になってほしいと山口監督は願う。

 神村も入学してからの成長を「中学の時は親に甘えることもあったんですけど、ここでは甘える場所が無いので。そういうところでは自分を強く持てるようになりました。自分の軸をブラさずに私生活を送ることが出来ているのかなぁと思います」と野球の技術面ではなく生活面を真っ先に挙げた。

 来春の選抜でのマウンドに向けて、この冬は「スタミナと下半身の強化。それとやっぱり1番は球速を上げることです」と話す神村。高校生活で初めて迎える冬は本土で迎える初めての“寒い”冬でもある。沖縄は最低気温でも2桁が当たり前だが、滋賀学園のグラウンドは積もる雪と凍る地面で冬の間は使えない。沖縄出身の先輩から最初に聞いた滋賀学園での生活の様子は「冬が寒い」だった。

 寒さに打ち勝ち、一冬越えてたくましさを増し甲子園の電光掲示板に灯したい数字は145キロ以上。自己記録を更新すると共に、対戦したい相手には「1回戦では当たらないと思いますけど、出来ればまた大阪桐蔭と勝負したいですね」とリベンジを誓う。

 近畿大会では神村の実力は知れ渡り、近畿屈指の投手になり上がったが、全国的にはまだ有力校にいる好投手の1人に過ぎない。「1球1球気を入れて、最少失点に抑えて、まずは初戦突破を目指したいです」。やや控えめな言葉とは裏腹に瞳の奥には強い決意をにじませる。格上のチーム相手にも物怖じしない気力と延長14回を投げ抜ける体力と、大阪桐蔭打線を4安打に抑え込んだ球威を来春聖地のマウンドで披露した時、「神村 月光」の名は全国に轟くことだろう。

(取材・文/小中 翔太)

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