“自分以外の誰かが決めた女らしさ”から解放されたい『おんなのいえ』鳥飼茜に聞く

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漫画家生活11年で初の短編集『ユー ガッタ ラブソング 鳥飼茜短編集』が発売になった漫画家の鳥飼茜さん。現在『おんなのいえ』や『先生の白い嘘』など複数の雑誌で連載を抱える鳥飼さんに漫画への思いをうかがった。

「僕は鳥飼さんに会うのが怖い」


──『先生の白い嘘』(「モーニング・ツー」連載中/講談社刊)は、嫌悪や恐怖など性へのさまざまな感情を扱い、かなり踏み込んだところまで描いた作品ですよね。掲載誌的には男性読者も多いと思うのですが、どんな反応がありましたか?
鳥飼 『先生の白い嘘』は、男性読者さんがイヤな気持ちになる作品だろうなって思ってて。怒る人もいるだろうなと。そういった反発意見も含めて受け止めて描こうという姿勢だったんです。ところが蓋を開けたら全然違っていて、男性でも「良い」って言ってくれる方が結構いまして。特に早藤くんというキャラに対して、皆さんいろんな感情をつぶやいてくれます。彼は男性経験のない女性ばかりを狙って巧みに手ごめにする鬼畜なので、本来女性の敵です。けど、「早藤をこてんぱんにして欲しい」とか「ぎゃふんと言わせて」と言っているのは男性が多いんですよ。これは謎現象でした(笑)。あと、こないだはある作家さんに「『先生の白い嘘』を読んで鳥飼さんに会うのと、読まないで会うのとでは全然印象が違う。僕は鳥飼さん(に会うの)が怖いです」と言われました。他に直接いただいた声としては、知り合いの編集の方に『初めて同性キャラを怖いと感じた」みたいな感想がありました。
──具体的にどこが怖かったという話はありますか?
鳥飼 女の子の歯をぐーっとやるシーンですね。「同じ男で男が怖いと思ったのは初めてだった」と言っていました。


鳥飼 早藤くんに対してむきだしの嫌悪感を出す男性を見て思ったのは、そういった人たちの中には少なからず自分自身の男性性への嫌悪感があるのでは…ということでした。
──他人を思うままにできてしまう暴力性とか凶暴性に対するものでしょうか?
鳥飼 そこは難しくて、わからないところなのですが、私の中にも女に対する同族嫌悪的感情があるので、どこかわかる気がするんです。
──ちなみに、鳥飼さんは男の人を怖いと思うことはありますか?
鳥飼 いっぱいありますよ。体格差などは本気出されたら勝てないですから単純に怖いです。あと発想の飛び方が違うなと感じた時も恐ろしいですね。同じ人間だし、言葉が通じるから途中まではなまじ理解できていると思っているんです。でもだからこそ理解できないと感じた時は怖いです。男性と女性は発想の仕組みが違うから、そもそもズレが生じやすい。取り返しがつかなかったりすることもありますし…。何か不穏な言い方になってしまいましたが(笑)。


──早藤くんの怖さは、目的や意図がよくわからないという点もあるかもしれないです。
鳥飼 私としては、わけのわからないことをしている人としては描いていなくて、彼の中には「女の、この部分がイヤ」という理由があると思っています。早藤くんみたいな人が近くにいたら怖いけれど、「死ねー!」みたいな憎しみはありません。描いている時はある種母親のような目線なので、女性に対してひどいことをしていてしんどいなと思う一方で、こんな女がいたら腹が立つだろうなとか、どこか気持ちはわかるなと思ってるところもあるんですよ。
――彼の行動は女への苛立ちが背景にあって、鳥飼さん自身も女性に対して同じように思う部分があるという。
鳥飼 そうですね。ただ、嫌悪感を持つ一方で、私の中には女性を救いたい、みたいな気持ちがずっとあるんですよ。

“足りない自分”への恐怖


──嫌悪感を抱きつつ、救いたいと思っているとはどういうことですか?
鳥飼 たとえば「こういうものが幸せである」、「女の人とはこういうものである」、「女の人の幸せとはこういうものである」というような考え方があるとします。そういうものがあったら自然にあわせてしまうし、誰かに望まれたらそうならなければと思いますよね。けれど、あわせようとした時に絶対自分らしさとのズレが生じるんです。それを是正しようとしてとる女性の態度が苦手なんです。
──人に望まれる自分を演じてしまうとか?
鳥飼 どちらかというと、他人に対しての態度ですね。自分に足りないものを持っている人を憎んだり、恨んだり、うらやましがったり。あとは他人に責任を転嫁するというのもありますね。そういうのはその人自身のダメなところではなくて、単純に“女”っていう規範に振り回されているだけだと思うんです。 “自分以外の誰かが決めた女らしさ”との間で生じる摩擦のようなもの…というか。そういうのって本人もつらい。規範みたいなものから自由になればそういう風に振舞わなくてもいいはずです。自分を含めて、世の女性たちに規範から解放されたらすごく良いのにと思います。


鳥飼 昔から女らしさを求められることには反発がありました。望まれた枠に入れず、期待に応えられなくてつらかった。身も蓋もないですが、男性が求めるといわれる女らしさとか世間が言うような女の幸せの規範に忠実に生きることが幸せだったらそれでいいんです。でも、その規範がすべての女性にあてはまるものであるかのように思うのは違う。


──『おんなのいえ』では、主人公のあり香が結婚して子供もいて2人目を妊娠している高校の同級生と話しながらもやもやした感情を抱いていますよね。昔同じ場所にいたからこそ、その差が浮き彫りになるというか。いろんなズレに苦しむ女性をたくさん登場させることで、「ズレって本当に存在するの?」と問いかけているように感じました。
鳥飼 そうですそうです。そういうズレって“The女の幸せ”があることを前提にしたズレでしかないんですよね。万人に当てはまる女の幸せみたいなものはないんです。専業主婦で年収1000万の旦那さんがいて子供が2人いて2つ違いで…みたいな状態が幸せかなんてことはその人にしかわからないことですよね。規範なんてないと考えられるようになれば、ズレを感じることはなくなります。ズレを是正する必要もなくなって、女性はもっと自由に生きられるよなあと思うんです。

思っていることを漫画に描く


──鳥飼さんの作品はよく「刺さる」と表現されますが、ご自身ではどう思いますか?
鳥飼 まったく自覚がありません(笑)。「刺そう」と意識して描いているわけではないんですよ。でもツイッターで検索すると「えぐるー」とか「彫刻刀でグリグリされてるみたい」とかばっかりで。
──痛い痛い! (笑) 『ユー ガッタ ラブソング 鳥飼茜短編集』は「別冊フレンド」、「BE・LOVE」、「モーニング」に掲載された作品が収録されています。『家出娘』は「別フレ」の頃の読み切りで他とくらべてもやや古いですよね。ですが最近の作品とくらべても違いをあまり感じませんでした。女友達へのモヤつく思いなどは今の鳥飼さんの作品とも通じるところがあるなと。
鳥飼 ちょうどこの頃、漫画を描くスタイルが変わったんです。古谷実先生のところにアシスタントに行った時、「鳥飼さんは普段しゃべっていることを漫画に描けばいいと思うよ」と言われたことがきっかけでした。恋愛やハッピーエンドみたいな漫画らしい漫画を描くことをやめたことで、自分が思っていることと漫画を描くことが一致しました。今とテンションがそんなに変わらないし、今描いても同じようなラストになるだろうなと思っています。
──どんなことをしゃべっていたのでしょう?
鳥飼 全然おおごとじゃないですよ「なんで女の人はこうなんだろう?」とか「男の人のこういうとこがさー」みたいな漠然とした不安とか不満です。あとは「何かが違う」みたいな違和感かな。意識していませんでしたが、こういうことを仕事場だけでなく、大学時代から友人や当時つきあっていた男の子にずっと話していたようです。でもこういう話はぼんやりしていて言葉にしにくいだけにわかってもらうのが難しくて。よくケンカになりましたし、わかってくれない相手にすごくガッカリしていました。あぁ…伝わらないんだって。でもそれを漫画にしたら共感してくれる人がわりと多かったので、このやり方が私にあっていたんだと思います。
──最後に読者へのメッセージをお願いします。
鳥飼 「刺さる」とかもそうですけど、共感したっていう感想なんかも見かけて、とてもありがたく思っています。同時に、漫画家としてはそういった声ばかりに甘えてしまうのも怖いと感じています。賛否両論あるものを描いている、てことでピリッとする部分もあります。何も言われないよりは、批判でも何か反応があるのは嬉しいです。1日に何回するんだってくらい私エゴサめっちゃしますんで(笑)。

『おんなのいえ』は「BE・LOVE」(講談社刊/試し読み)
『先生の白い嘘』は「モーニング・ツー」(同社刊/試し読み)
『地獄のガールフレンド』は「フィール・ヤング」(祥伝社刊/試し読み) でそれぞれ連載中。
また、初の短編集『ユー ガッタ ラブソング 鳥飼茜短編集』は絶賛発売中だ。

鳥飼茜(とりかい・あかね)
1981年大阪市出身の漫画家。2004年「別冊少女フレンドDXジュリエット」でデビュー。少女漫画誌を経て、現在「BE・LOVE」「モーニング・ツー」「フィール・ヤング」で3誌で連載を抱えている。『おんなのいえ』は2014年「このマンガがすごい」オンナ編で9位にランクインして注目を集めた。

『ユー ガッタ ラブソング 鳥飼茜短編集』(『コミックス)
『おんなのいえ』(コミックス/Kindle版)
『先生の白い嘘』(コミックス/Kindle版)
『地獄のガールフレンド』(コミックス)

(松澤夏織)