新日本プロレスはなぜ人気を取り戻すことができたのか
今またプロレスが盛り返してきている。
2000年代はPRIDEやK-1などの格闘技勢に押されて瀕死の状態だったが、ここ数年じわりじわりと人気を伸ばしてきた。
その中心にいるのは、業界の盟主・新日本プロレスだ。英雄・アントニオ猪木が立ち上げ、長州力、タイガーマスク、前田日明、橋本真也など、無数の名選手を輩出してきたメジャー中のメジャー。一時期、経営不振に陥っていたが、現在は完全に立ち直った。
今のプロレスブームは、新日本プロレスブームとそのまま言い換えることができる。
文藝春秋が発行するスポーツグラフィック誌『Number』が、7月16日発売の882号で実に14年ぶりにプロレスの特集を組んだ。これぞまさしく、プロレスが盛り上がっていることの証明だろう。
厳密には新日本プロレスの特集である。タイトルは「新日本プロレス、ナンバーワン宣言。」で、他団体についての記事はゼロ。これもまた現在のプロレス界を端的に表している。
ではなぜ、新日本プロレスが人気を取り戻すことができたのか?
それは『Number』の特集の構成を見れば一目でわかる。
特集のメインは、新日本プロレスで戦う選手たちのインタビュー。
それも『Number』が主催した「新日本プロレス総選挙」で7位以内に入った選手のみだ(1位の選手は表紙もゲットできる)。
1位、棚橋弘至。現在の新日本プロレスのエースであり、「新日本プロレス再生までの長い物語の主役」でもある。
かつては観客の支持をまったく得られなかった選手だった。強さを感じさせない棚橋のプロレスが、それまでプロレスを支えていた男性ファンたちに受け入れられなかったのだ。そこで棚橋は頭を切り替える。プロレス界の低迷期において、かつて強さを誇った先輩たちの真似をしても仕方がない。ならばと新日本プロレスの代名詞だったストロングスタイルを切り捨て、「キャッチーでポップな、会場の誰もが盛り上がれるようなわかりやすいプロレス」を展開した。もちろん、会場はブーイングの嵐。しかし、自分にブーイングが来ているということは、対戦相手に光が当たるということでもある。そこでもっともっとブーイングが集まるように自己陶酔型のナルシストキャラになった。
同時に、なぜ自分はこの試合をするのか、この相手に勝ちたいのか、試合のシチュエーションを初めて見る観客でもわかるようにイントロデュースするようにした。棚橋はそれを自分が好きな『仮面ライダー』になぞらえる。1話1話は完結しているが、50話を通すと壮大なストーリーになる。それはプロレスも同じことだ。
さらに棚橋は試合以外にも全力を注ぐ。ファンとは力を込めて握手し、肩を抱いて写真を撮り、もう一度目を見て握手をする。筆者の知人のライターはインタビューの際、Twitterでの絡みが一度あっただけにもかかわらず、開口一番「お会いしたかったんです!」と言われて一気にファンになったという。あるインタビューでは、「プロレスラーは近寄りがたい存在でなければならない」というアントニオ猪木の時代からの暗黙の了解を破り、自分からファンに近づいてプロレスをわかってもらう努力をしていると明かしている。
棚橋はオフを返上してプロモーション活動にいそしみ、テレビ、ラジオ、新聞、ブログ、Twitter、ホームページすべてを使ってパブリシティーを行った。新日本プロレスを買収したブシロード社長の木谷高明氏は棚橋の地道なプロモーション活動を聞いて驚愕し、宣伝費を一気に投入したという。ここから新日本プロレスは軌道に乗り始めるのだ。
2位、中邑真輔。総合格闘技の経験を持ち、デビューからわずか1年4ヶ月でIWGPにチャンピオンとなった「選ばれし神の子」。しかし、新日本プロレスとプロレス業界の低迷により、自らモデルチェンジを模索していく。その結果、唯一無二の個性派ファイターに変貌した。
見た目は長髪ソバージュと刈り上げのアンシンメトリー。クネクネと常に体を震わせ続け、マイクを持てばのけぞりながら「イヤァオ!」と叫ぶ。必殺技は顔面膝蹴りの「ボマイェ」。誰にも真似できない個性と豊かな感情表現、そして「選ばれし神の子」としての経験をミックスして、今の刺激的なファイター像が出来上がった。
3位、オカダ・カズチカ。金の雨を降らす男だから、通称は「レインメーカー」。長身でイケメンで運動能力抜群でビッグマウス。彗星のごとく登場し、現在は堂々たる新日本プロレスのメインイベンターだ。現在まだ28歳と若いが、15歳からプロレスを始めた叩き上げでもある。「“プロレスはすごいな。やってみたい”と、夢を与える存在になりたい」と真摯に語るオカダの姿は、ブシロードのカードゲームのCMでも見ることができる。
以下、4位に「夢が人の形をしている」と同業のプロレスラーに評された“狂気のプロレス伝道師”飯伏幸太、5位に“スイーツ真壁”としても活躍中の苦労人・真壁刀義、6位に一時は新日本プロレスを退団していた“出戻り”柴田勝頼、7位にオリジナリティ溢れるトリッキーな技を数々持つAJスタイルズがランクインしている。それぞれのインタビューも非常に読み応えのあるものだ。
『Number』の特集は徹頭徹尾、人気の選手にフォーカスした構成になっている。そこにはプロレス語りにありがちな「ガチンコでは誰が一番強いのか?」「あのときの不可解な試合の本当の意味」「某選手と某選手の間の因縁と遺恨」「カネや女などにまつわる噂話」など“裏読み”の要素が一切ない。また、新日本プロレスがいかにして復活を遂げたかというビジネス寄りのアプローチもなければ、“アングル”や“ブック”と呼ばれるプロレスを盛り上げるストーリーや仕掛けの裏話もない。
選手を見る。選手同士が織り成す激しい戦いを見る。それでいいじゃないか。これが、まさに今の新日本プロレスそのものだ。現在の新日本プロレスにおいて、裏読みをしない女性ファンが圧倒的に増加しているのも頷ける。
かつてアントニオ猪木は「謎かけ」を得意にしていた。猪木が仕掛けた不可解なマッチメークや不透明な試合の結末、謎めいた言葉に対し、プロレスファンは頭を振り絞って答えを見つけようとしていた。一方、『Number』の記事の中で棚橋は「説明能力が高い」と評されている。猪木の謎かけとは真逆の方向性だ。
多くのプロレスファンは、猪木の謎かけからプロレスの“正体”を突き止めようとしていた。「プロレスは底が丸見えの底なし沼」と表現したのは『週刊ファイト』の故・井上義啓編集長だが、棚橋の丁寧なイントロデュースによって今はクリアーに見えているプロレスの底も、片足を踏み入れればずぶずぶと沈んでいく底なし沼になっているだろう。
本特集でもっともプロレスの正体に近づいているのは、一線を退いた“黒のカリスマ”蝶野正洋のインタビュー記事に添えられた写真だと個人的に思う。プロレス界を背負い、長きにわたって試合を重ねてきた51歳の蝶野の両膝は、普通に歩けないほど痛んでいた。蝶野の立ち姿と、その脇に写り込んでいる、古びて錆び付いた鉄の階段……。「相手が90%攻めてきたら、こっちは90%受けをしなければならない」「これが、しょっぱい受けだったら、いくら一方が攻めても、プロレスにならない」。華々しいスター選手の肉体に刻まれる過酷な代償。これがスマートに見える本特集の片隅にひっそりと添えられていた、プロレスの実像である。
余談だが、筆者はかつて同誌のプロレス特集あるいは格闘技特集は全部買っていた(棚橋も全部買っていたそうだ)。あれから14年も経つのか……と遠い目にならざるを得ない。その14年こそが“プロレス冬の時代”だったのだろう。これから再び、プロレスは暑い夏を迎えることになる。
(大山くまお)
2000年代はPRIDEやK-1などの格闘技勢に押されて瀕死の状態だったが、ここ数年じわりじわりと人気を伸ばしてきた。
その中心にいるのは、業界の盟主・新日本プロレスだ。英雄・アントニオ猪木が立ち上げ、長州力、タイガーマスク、前田日明、橋本真也など、無数の名選手を輩出してきたメジャー中のメジャー。一時期、経営不振に陥っていたが、現在は完全に立ち直った。
今のプロレスブームは、新日本プロレスブームとそのまま言い換えることができる。
厳密には新日本プロレスの特集である。タイトルは「新日本プロレス、ナンバーワン宣言。」で、他団体についての記事はゼロ。これもまた現在のプロレス界を端的に表している。
ではなぜ、新日本プロレスが人気を取り戻すことができたのか?
それは『Number』の特集の構成を見れば一目でわかる。
特集のメインは、新日本プロレスで戦う選手たちのインタビュー。
それも『Number』が主催した「新日本プロレス総選挙」で7位以内に入った選手のみだ(1位の選手は表紙もゲットできる)。
1位、棚橋弘至。現在の新日本プロレスのエースであり、「新日本プロレス再生までの長い物語の主役」でもある。
かつては観客の支持をまったく得られなかった選手だった。強さを感じさせない棚橋のプロレスが、それまでプロレスを支えていた男性ファンたちに受け入れられなかったのだ。そこで棚橋は頭を切り替える。プロレス界の低迷期において、かつて強さを誇った先輩たちの真似をしても仕方がない。ならばと新日本プロレスの代名詞だったストロングスタイルを切り捨て、「キャッチーでポップな、会場の誰もが盛り上がれるようなわかりやすいプロレス」を展開した。もちろん、会場はブーイングの嵐。しかし、自分にブーイングが来ているということは、対戦相手に光が当たるということでもある。そこでもっともっとブーイングが集まるように自己陶酔型のナルシストキャラになった。
同時に、なぜ自分はこの試合をするのか、この相手に勝ちたいのか、試合のシチュエーションを初めて見る観客でもわかるようにイントロデュースするようにした。棚橋はそれを自分が好きな『仮面ライダー』になぞらえる。1話1話は完結しているが、50話を通すと壮大なストーリーになる。それはプロレスも同じことだ。
さらに棚橋は試合以外にも全力を注ぐ。ファンとは力を込めて握手し、肩を抱いて写真を撮り、もう一度目を見て握手をする。筆者の知人のライターはインタビューの際、Twitterでの絡みが一度あっただけにもかかわらず、開口一番「お会いしたかったんです!」と言われて一気にファンになったという。あるインタビューでは、「プロレスラーは近寄りがたい存在でなければならない」というアントニオ猪木の時代からの暗黙の了解を破り、自分からファンに近づいてプロレスをわかってもらう努力をしていると明かしている。
棚橋はオフを返上してプロモーション活動にいそしみ、テレビ、ラジオ、新聞、ブログ、Twitter、ホームページすべてを使ってパブリシティーを行った。新日本プロレスを買収したブシロード社長の木谷高明氏は棚橋の地道なプロモーション活動を聞いて驚愕し、宣伝費を一気に投入したという。ここから新日本プロレスは軌道に乗り始めるのだ。
2位、中邑真輔。総合格闘技の経験を持ち、デビューからわずか1年4ヶ月でIWGPにチャンピオンとなった「選ばれし神の子」。しかし、新日本プロレスとプロレス業界の低迷により、自らモデルチェンジを模索していく。その結果、唯一無二の個性派ファイターに変貌した。
見た目は長髪ソバージュと刈り上げのアンシンメトリー。クネクネと常に体を震わせ続け、マイクを持てばのけぞりながら「イヤァオ!」と叫ぶ。必殺技は顔面膝蹴りの「ボマイェ」。誰にも真似できない個性と豊かな感情表現、そして「選ばれし神の子」としての経験をミックスして、今の刺激的なファイター像が出来上がった。
3位、オカダ・カズチカ。金の雨を降らす男だから、通称は「レインメーカー」。長身でイケメンで運動能力抜群でビッグマウス。彗星のごとく登場し、現在は堂々たる新日本プロレスのメインイベンターだ。現在まだ28歳と若いが、15歳からプロレスを始めた叩き上げでもある。「“プロレスはすごいな。やってみたい”と、夢を与える存在になりたい」と真摯に語るオカダの姿は、ブシロードのカードゲームのCMでも見ることができる。
以下、4位に「夢が人の形をしている」と同業のプロレスラーに評された“狂気のプロレス伝道師”飯伏幸太、5位に“スイーツ真壁”としても活躍中の苦労人・真壁刀義、6位に一時は新日本プロレスを退団していた“出戻り”柴田勝頼、7位にオリジナリティ溢れるトリッキーな技を数々持つAJスタイルズがランクインしている。それぞれのインタビューも非常に読み応えのあるものだ。
『Number』の特集があぶり出す新日本プロレスの人気の正体とは?
『Number』の特集は徹頭徹尾、人気の選手にフォーカスした構成になっている。そこにはプロレス語りにありがちな「ガチンコでは誰が一番強いのか?」「あのときの不可解な試合の本当の意味」「某選手と某選手の間の因縁と遺恨」「カネや女などにまつわる噂話」など“裏読み”の要素が一切ない。また、新日本プロレスがいかにして復活を遂げたかというビジネス寄りのアプローチもなければ、“アングル”や“ブック”と呼ばれるプロレスを盛り上げるストーリーや仕掛けの裏話もない。
選手を見る。選手同士が織り成す激しい戦いを見る。それでいいじゃないか。これが、まさに今の新日本プロレスそのものだ。現在の新日本プロレスにおいて、裏読みをしない女性ファンが圧倒的に増加しているのも頷ける。
かつてアントニオ猪木は「謎かけ」を得意にしていた。猪木が仕掛けた不可解なマッチメークや不透明な試合の結末、謎めいた言葉に対し、プロレスファンは頭を振り絞って答えを見つけようとしていた。一方、『Number』の記事の中で棚橋は「説明能力が高い」と評されている。猪木の謎かけとは真逆の方向性だ。
多くのプロレスファンは、猪木の謎かけからプロレスの“正体”を突き止めようとしていた。「プロレスは底が丸見えの底なし沼」と表現したのは『週刊ファイト』の故・井上義啓編集長だが、棚橋の丁寧なイントロデュースによって今はクリアーに見えているプロレスの底も、片足を踏み入れればずぶずぶと沈んでいく底なし沼になっているだろう。
本特集でもっともプロレスの正体に近づいているのは、一線を退いた“黒のカリスマ”蝶野正洋のインタビュー記事に添えられた写真だと個人的に思う。プロレス界を背負い、長きにわたって試合を重ねてきた51歳の蝶野の両膝は、普通に歩けないほど痛んでいた。蝶野の立ち姿と、その脇に写り込んでいる、古びて錆び付いた鉄の階段……。「相手が90%攻めてきたら、こっちは90%受けをしなければならない」「これが、しょっぱい受けだったら、いくら一方が攻めても、プロレスにならない」。華々しいスター選手の肉体に刻まれる過酷な代償。これがスマートに見える本特集の片隅にひっそりと添えられていた、プロレスの実像である。
余談だが、筆者はかつて同誌のプロレス特集あるいは格闘技特集は全部買っていた(棚橋も全部買っていたそうだ)。あれから14年も経つのか……と遠い目にならざるを得ない。その14年こそが“プロレス冬の時代”だったのだろう。これから再び、プロレスは暑い夏を迎えることになる。
(大山くまお)