赤裸々みそと佐渡島無双が交錯し、刺激的な150分間となったトークイベント

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インターネットであらゆるものがガラガラポンされていく時代。出版業界でも電子書籍の普及で、個人が自由に出版できるようになりました。なんと紙の落ち込みを下支えし、電子をあわせれば市場は上向きという見方もあるほど。しかし「出版できること」と「売れること」は別の話です。星の数ほどのコンテンツの中で、いかに自分たちの作品を埋没させず、読者に届けられるか・・・。ま、出版だけじゃないですけどね。

我々は凡庸なマンガ家である!


こうした問題意識を背景に、トークイベント「佐渡島庸平×鈴木みそ『凡庸な作家のサバイバル戦略──結局どうすりゃ売れるのさ』」が7月25日に都内で開催されました。電子出版の荒野を開拓し続けるマンガ家の鈴木みそと、デジタル時代の作家エージェントとして注目を集める佐渡島庸平が150分にわたってガッツリとトーク。主催はNPO法人日本独立作家同盟で、理事のまつもとあつしがモデレートしました。

イベントに先立ち上梓した『でんしょのはなし』(eBookJapan/マイクロマガジン社)で、「我々は凡庸なマンガ家である!」とアジテートしたみそ。マンガ界は一握りの天才と多数の凡才マンガ家から構成されており、これが多様性を生み出す背景になってきたと言います。しかし紙の市場が縮小する一方で、電子出版に大手が本格的に参入してきた結果、せっかく電子書籍で出版しても、作品がランキング下位に低迷。このままではマンガに多様性が失われ、縮小してしまうのでは・・・というわけです。

これに対して佐渡島は「作品を紙に印刷して販売し、所有権を読者に移転することで対価を得る」という伝統的なビジネスモデルが、ITの普及で変化していると分析。それに伴いマンガというコンテンツのあり方や、課金ポイント、プロモーションやブランディングについても変わらざるを得ないと指摘しました。佐渡島が代表を務めるコルクも「作家と出版社をつなぐ出版エージェンシー」ではなく、「ITで作家の価値を最大化するクリエイターエージェンシー」だと説明します。

例にあげたのが「宇宙兄弟」で有名なマンガ家・小山宙哉です。「週刊モーニング」時代から担当編集者としてかかわり、独立後もコルクでサポートを続けている佐渡島。公式サイト・facebook・Twitter・LINEブログ・インフォグラム・メルマガ・LINEアカウントを管理し、担当者二名で情報を切り分けながら発信して、読者とのコミュニケーションをとっているそうです。このときTwitterのアカウントを「小山宙哉《宇宙兄弟》」と変えたように、作品ではなくマンガ家個人をブランド化することが大事だとします。

背景にあるのが、マンガ家ではなく作品に対してファンがついていたこと。そのため人気作家であっても、新連載が当たるか否かは大きな賭。つまり作品ごとに読者が分断されていたというわけです。これがマンガ家個人に紐付いたコミュニティができれば、よりマネジメントが安定する。作品だけでなく、グッズ展開などの派生ビジネスも可能になる。それこそサザンオールスターズのように数年間休養しても、ファンがついてきてくれるというわけです。

過去10年で最高の作家であり、ビジネスマン


佐渡島は村上春樹の期間限定公式サイト「村上さんのところ」のとりくみも紹介しました。ウェブ経由で読者との質疑応答を公開し、コミュニティを十分あたためたところで回答集を単行本化。紙と電子で出版するという仕組みです。過去にも村上は出版社から海外版権を引き上げ、自分でエージェンシーを雇って海外のファンを開拓した経験もあったとか。「過去10年で最高の作家であり、ビジネスマン」と評すると共に、こうしたことを動物的な勘で行えるのが作家のすごいところだとします。

また新人作家は新人賞や編集部への持ち込みよりも、ブログやホームページで毎日、書き続けることが勧められました。時間はかかるかもしれないが、それによってコミュニティを作ることができるからです。呼吸をするように毎日、書き続けられるか否かがプロになるための条件だとも言います。「火花」が芥川賞を受賞して一躍時の人となった又吉直樹にしても、芸人としての熟成やエッセイ集などの蓄積があってのこと。数年間の「修行期間」が必要なのは、どんな仕事でも同じだと釘を刺しました。

やりとりを重ねつつ、「結局、こつこつやるしかないんですよね」とコメントしたみそ。とはいえ、自身もホームページで電子出版の舞台裏を赤裸々にレポートするなど、読者との対話を重視している点は同じです。もっとも佐渡島は代表作「銭」「限界集落(ギリギリ)温泉」などの影響で、「お金をテーマにマンガを書く人」というイメージが強いと指摘します。

むしろルポマンガ家として「みんなが知りたいけど、危険だったり、普通の人が体験できないことを取材して、速く正確にわかりやすく説明してくれる人」というイメージに変えていくことが重要だと提言しました。これにはモデレーターのまつもとも「マンガ界の池上彰ですね!」と膝をうち、みそも大いに参考になると返しました。最近は講談社ブルーバックスなど、高校生向けの科学漫画にも挑戦しているだけに、新たな一面が見られるかもしれません。

IT時代のクリエイターの生存戦略


また過去の作品をブログで定期的にアップしたり、無料メルマガで読者コミュニティを温めていくのも重要で、ライターを雇って分業化するのもありだとします。もっとも、あくまで本業に差し支えない範囲に留めるべきで、メルマガのクオリティなども気にしすぎるとダメ。「たまにしか会えない美人よりも、毎日会える十人並みの方がもてる」(佐渡島)として、定期的に情報をリリースしていく重要性をアピールしました。

冒頭にも記したとおり、コンテンツが大爆発している現代。クリエイター主導によるコミュニティの育成は、あらゆるコンテンツ産業に共通するトピックです。みそは「これまでは単行本を出したタイミングでお金が入ってきたが、今は電子書籍でコンスタントに収入が得られる。一度回り始めると強い」と振り返りました。IT時代のクリエイターの生存戦略、とりあえず自分も、ほったらかしになっているブログを再開するところから始めたいと思います。

なお、当日の模様はとぎゃったーにもまとめられています。
(小野憲史)