園子温監督

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他者から理不尽な目にあったり、誰からも省みられなかったり、そんな体験が続くと、大きくなってこの世界を踏みつぶしてやる、なんて願いに駆られることは誰しもあるだろう。
6月27日(土)から公開される「ラブ&ピース」は、主人公鈴木良一(長谷川博己)がある一匹のミドリガメと出会ったことをきっかけに寺島裕子(麻生久美子)への恋や夢を取り戻していく。そしてその半年後、愛を託された怪獣が東京に出現するという奇想天外なストーリー。これは、「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」「ヒミズ」などで世界的な映画監督として認められている園子温が、まだ世間から何者とも思われてなかったとき、四畳半で悶々としながら考えた、いわば原点のような作品。

広い世界へ飛び出したいという欲望と不器用な愛情とがガソリンになって暴走する怪獣映画であるだけでなく、本当に大事なものへのまなざしがキラリと光っているファンタジーでありラブストーリーになっている。この珠玉の映画をつくった園子温に、なぜ、いま、この映画をつくったのか聞いた。

特撮系のひとに全然知り合いがいないので


──すごく面白かったです。日本で、ティム・バートン作品みたいな映画ができるんだなと思いましたし、特撮、怪獣映画業界の方に刺激を与えるんじゃないでしょうか。
園 ありがとうございます。公開したあとで、どんな反応があるか楽しみです。

──既に反響あるのでは?
園 「ラブ&ピース」の特技監督の田口清隆くん以外、特撮系のひとに全然知り合いがいないので、何も耳に入ってこないですね(笑)。

──特撮をたくさん使った映画をつくるとき、気を使った点はどこですか?
園 田口くんには、合成カットを少なめにして、昔ながらの特撮カットに絞るだけ絞ろうと言いました。それと、カット数は減らしたほうがいいと。カット数が多いとその分ワンカットにかける予算が少なくなっちゃうから、なるべくカット数を減らして、画のクオリティーを維持してほしいとお願いしました。その選択によって、けっこういいものになったと思います。

──怪獣が登場するスペクタルも圧巻ですが、地下の秘密空間で捨てられたおもちゃたちと西田敏行さんがやりとりするシーンがファンタジックで、観客の間口を広げるんじゃないかと。
園 あのへんは、ぼくが子供のころにいっぱい見て楽しんだ映画作品やテレビ番組のムードを詰め込みました。「セサミストリート」や「ひょっこりひょうたん島」など、ぼくの子供時代は、パペットものがすごく人気があったんです。「ラブ&ピース」はひじょうに寓話的であり絵本的なストーリーなので、CG的な処理はいっさいしないで、アナログ的な特撮でやりたかった(プレスのインタビューでは、地下道を某スタジオに穴を掘ってつくり、実際に水を流したこと。一体の人形を5人掛かりで動かしていること。生きた動物の管理など、CGのない分、人力がそうとうかかっていることが語られている)。

──なんでもCGをつかう現代に逆行しているのがいいですね。そもそも、園監督の作品は、肉感的というのか、俳優の肉体の動きも激しいし、なにより台詞が言葉を超えて肉体のように迫ってくる、極めてアナログな作風です。
園 言葉のもっている肉体性が鍛えられたのは、自分が高校のときに詩をやっていたからかもしれません。もともとは、シンガーソングライターみたいなことをやりたくて、1日6時限の授業を全部、詩の作成にあてがい、朝から晩まで自分の歌のために詩を書いていたら、そのうちめちゃくちゃ詩がうまくなっった。さらに、図書館中のいろんな本を読みあさって、音楽と無関係に詩ばっかり書くようになったんです。それで「現代詩手帖」などでいわゆる本格的な詩人としてデビューしかけました。でも、自分としては、詩人になったつもりはないんです。

──そうなんですか。
園 ええ、なりかかっただけで、けっして詩人と思ってないんです。ただ、その頃の鍛錬によって、言葉の使い方が、ほかの映画監督よりもうまいかもしれないですが。

いまに見ていろよ


──言葉だけでなく、絵本も描かれるくらいで、映画もビジュアル的にも強く訴えかけてくる。そんな才能に溢れている園さんに、鬱屈していた過去があり、それが「ラブ&ピース」の元になっているそうですね。世界的に有名になったいま、鬱屈した時代をこんなにもビビッドに描けるのはすごいです。
園 ああ、あんまり変わってないんですよ、精神構造が。

──“世界の園”になっても?
園 まったくそんなこと思ってないです。27歳くらいのころ、四畳半の部屋炬燵に入って「いまに見ていろよ、そのうち俺の才能でギャフンと言わせてやる」と思っていた気持ちはいまも同じで。

──いまも?
園 まだ全然響いてない、伝わってないって気が強くして。これからが勝負だなって思っています。

──これからなんですか。
園 ほんとうにこれからです。とくに来年からが勝負だと思っています。まだ全然自分の映画に到達してないっていう思いがあって。まだ修行中です。

──そんなご謙虚な。まあ、満足したら駄目っていいますものね。
園 そういう意味ではなくて(笑)。謙虚な意味で「まだまだ修行中」って言うのではなく、来年公開の映画を、明日か明後日ダビングするんですけど、いままで園がつくってきた映画はなんだったのか? と驚くほど、いままでの映画と180度違います。名前を伏せたら誰だかわからないものになりますよ。圧倒的に全部変えました。

──それは何が原因なんですか。
園 自分の進む方向は、3年くらい前からわかっていたんですが、そろそろいけるなって思って、そっちに進みつつあるんです。

──それに進む前に、若い時代の思いがつまった「ラブ&ピース」を発表されたことはーー。
園 ちょうど良かったです。次のステップに行ってからではこういう映画は作れないですから。来年公開予定の「ひそひそ星」という映画を見ていただいたら、いま、ぼくが言っている意味がわかっていただけると思います。

──「ラブ&ピース」は鬱屈した園さんを引きずった最後の作品に?
園 鬱屈自体は、「ひそひそ星」も変わらないんです。園子温っていう映画の初期が「ラブ&ピース」で終わります。これから「リアル鬼ごっこ」や「みんな!エスパーだよ!」も公開になりますが、これらすべてをひっくるめて初期の園子温の集大成として、その先にいきたいです。

園子温らしい映画


──近々3本も監督作が公開され、ほんとうに多作でいらっしゃいますが、ついこの間、「新宿スワン」も公開されています。あれは、「職人に徹した」とおっしゃっているので、自身の作品のなかでは異質ですか?
園 「新宿スワン」は「冷たい熱帯魚」とぼくのなかで全然変わりはないんです。

──え、「冷たい熱帯魚」と? あれも園さんらしい映画という認識ですが。
園 「愛のむきだし」(08年)が注目されたとき、それが、園子温らしい映画と認識されてしまうのではないかと危機感を覚えました。だから、園子温らしい映画なんてまだできていないと宣言するために、180度違う映画として「冷たい熱帯魚」(11年)を撮ったんです。そしたら、あれもまた“園子温らしい映画”になっちゃった(笑)。それと「新宿スワン」はまったく同じです。いままでとまったく違うことをやりたくてつくった映画で、例えば絵画でいうと、赤富士を誰が描いた画だかわからないけれど、ちゃんと描きましたという作品。こんなのもできるぞっていうところを見せたかったんです。

──それで「職人に徹した」とおっしゃった。
園 それが面白かったんです。きれいに、ほころびなしで、いまどきの日本映画に化けるっていうのかな。でもまあ、一回一回実験という意味では、「新宿スワン」も園子温らしい映画です。というと、「ラブ&ピース」がいまのところの園子温らしい映画の集大成で、じゃあ、「新宿スワン」とどう違うの? と疑問に思われるかもしれませんが、今度は建物に例えると、「スワン」は誰もが快適に住めるオーソドックスなマンションで、「ラブピー」はガウディじゃないけど、奇妙奇天烈な建物です。

──「ラブ&ピース」のように“自分”をすごく出したものを撮る方には、自分を抑えた普通の作品はできないと思ったのですが、本当に才能のある人は、どっちもできるんだと痛感しました。
園 「スワン」にはそういう意見を言ってほしかったんだけど(笑)、たいてい「プロデューサーに骨抜きにされたんじゃないか」って批判されました。全然違うんですよ、最初からそういう映画にしようと思ったんです。一回、普通のマンションを建ててみたかったんですよ。
(木俣冬)
(後編につづく)

予告編

その・しおん
1961年12月18日、愛知県生まれ。十代のときから詩人として頭角を表し、
1987年、「男の花道」でPFFグランプリを受賞。90年、PFFスカラシップ作品「自転車吐息」は、ベルリン国際映画祭正式招待作品となる。それから18 年の時を経て、2008年「愛のむきだし」でベルリン国際映画祭カリガリ賞・国際批評連盟賞受賞、11年「冷たい熱帯魚」は、ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門正式出品、「地獄でなぜ悪い」ではトロント国際映画祭ミッドナイト・マッドネス部門観客賞受賞など、国内外で高い評価を得る。そのほかの監督作品に、「恋の罪」「ヒミズ」「希望の国」「TOKYO TRIBE」「新宿スワン」など。「リアル鬼ごっこ」が7月公開、「みんな!エスパーだよ!」が9月公開予定。ほか、「ひそひそ星」が公開を控える。テレビドラマの演出、詩集、絵本執筆など多彩に活動している。