斎藤環著訳 『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)

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ここにはとんでもない鉱脈がある



会話をするだけで、薬を飲まなくても、統合失調症などの精神病が、かなりの確率で回復する。
そんな画期的なことが本当に可能なのか。
日本でも関心を集めつつある、フィンランド発の「オープンダイアローグ」という精神療法。

昨年、米光一成さんによるこの記事を読んで、私もめちゃめちゃ好奇心を刺激されたひとり。
『精神看護 7月号』の「オープンダイアローグ」特集も買って読み、単行本が出るのを今か今かと待っていました。
そしていよいよ出ました。
『オープンダイアローグとは何か』。


オープンダイアローグの第一人者であるヤーコ・セイックラ教授の論文3本を、精神科医の斎藤環氏が翻訳し、斎藤氏によるくわしい解説もついた入門書です。
斎藤氏は、
「『オープンダイアローグ』という単語を聞いた瞬間から、直感がずっと囁いているのです。
『ここにはとんでもない鉱脈がある』と」
「結論から言いましょう。いまや私は、すっかりオープンダイアローグに魅了されてしまっています。
ここには確実に、精神医療の新しい可能性があります」
という惚れ込み方です。

応答されることが治癒につながる


オープンダイアローグとは、1980年代から西ラップランドにあるケロプダス病院でおこなわれている家族療法の一種。

患者やその家族から電話を受けると、24時間以内に治療チームを組んで訪問してミーティングをおこなう。場所は主に患者の自宅。

参加者は、患者本人とその家族、親戚、医師、看護師、心理士、現担当医など、患者にかかわる重要な人なら誰でもOK。治療チームのメンバーは、全員ケロプダス病院で3年間の家族療法のトレーニングを受けた専門家たち。

そこでおこなわれるのは、まさに「開かれた対話」。輪になって座り、あらゆる発言が許容され、傾聴され、応答されることで会話をつなげていく。

すべての参加者は平等で、専門家が指示して患者が従う、といった上下関係はつくらない。

また患者本人がいないところでは何も決定しない。薬物治療や入院についても、本人を含む全員が出席したところで話し合う。

対話の時間は長くても1時間半くらいで、無理に結論を出すことはない。

危機が解消するまで、通常は10〜12日間、毎日のようにおこなわれる。

薬物治療や入院も、必要に応じておこなう柔軟さがあり、そういう意味でもオープンである。

社会福祉が充実した北欧らしく、希望する人は誰でも無料でこの医療サービスが受けられる。

セイックラ教授は、オープンダイアローグを技法や治療プログラムではなく、「哲学」や「考え方」だとしています。

個人的におおっと思ったのは、
「オープンダイアローグはポストモダン思想の重要な発展形」という指摘。

オープンダイアローグの哲学は、思想家で文芸理論家のミハイル・バフチンに大きな影響を受けていて、詩学、対話、ポリフォニーといった現代思想っぽい用語を使って理論が構築されています。

迷宮から脱するための「アリアドネの糸」


そしてセイックラ教授の論文が、リルケの手紙を引用したりなんかする素敵な文章で、斎藤氏の「超訳」の甲斐もあって、とても読みやすい。具体的な事例やノウハウが紹介されています。

「対話こそが、迷宮から脱するための『アリアドネの糸』なのです」

「オープンダイアローグが目指すのは、精神病的な発話、幻聴や幻覚にとどまっている特異な体験に、共有可能な言語表現をもたらすことなのです」

「治療者は、問題についていかなる予断も持たずに、対話そのものが新たなアイディアや物語をもたらすことだけを願って対話に参加するのです」

オープンダイアローグの理論とその実践は、病気の治療法としてだけではなく、「言葉の力」に関心を持つすべての人に、何らかの刺激や示唆を与えてくれるはず。

斎藤氏が強調するのは、
「オープンダイアローグの理論は、ひとりのカリスマ的な理論家のナルシシズムに奉仕するためのものではない、ということです」。

つまり、関わってきた専門家たちが一緒に発展させてきたもので、セイックラ教授もあくまで自分はスポークスマンのひとりだという謙虚な立場を貫いていて、共著は出しても単著を出すことに対しては禁欲的なのだそう。

加えて、ケロプダス病院は、「スタッフがやめない職場」だそうです。医師も看護師も、全員が同じトレーニングを受けてセラピストになるので、妙な上下関係がなく、職種の壁もなく、スタッフひとりひとりの自立性が尊重されて、やりがいを感じられる職場なので、誰もやめたがらないんだとか。

こういうところにも、オープンダイアローグが成果を挙げている秘密がありそうです。

そんなに効果のある療法ならば、ぜひ日本でも導入してほしいと思いますが、斎藤氏をはじめとする日本の精神医療の専門家たちが、臨床での検証と応用に向けて計画を構想中だそうなので、今後の動きに注目しましょう。

(平林享子)