■ザッケローニとフィッカデンティが長友のインテル移籍を後押しした

 まさに“狂乱の日曜日”だった。インテルはパレルモを相手に2点を先制される苦戦を強いられたが、最終的には3?2の逆転勝利を収め、スクデット戦線に踏みとどまった。そして試合終了後のロッカールーム前、ブランカはモラッティ会長も一緒にいる場で(私もその場に居合わせていた)「これからチェゼーナと連絡を取り、長友の獲得を打診する」とレオナルド監督に伝えた。レオナルドは「それは素晴らしい」と言い、モラッティ会長も「君たち2人が望むなら、私からは何も言うことはない。君たちの思う通りにやってくれ」と最終的なゴーサインを出した。また、サントンをレンタルで放出することについてもレオナルドは「チェゼーナでのプレーは彼にとってきっとプラスになる」と同意した。
 カルチョメルカートの締め切りまで24時間しか残されていない。そこから先は時間との競争だった。ブランカはまず、イタリアでの長友の代理人を務めるフェデリコ・パストレッロとコンタクトを取り、移籍交渉の了承を得た。次に、レッチェとのアウェーゲームを引き分けで終え、チェゼーナに戻る途中のカンペデッリ会長をつかまえ、翌日(メルカート最終日)の午前中に会うというアポイントを取り付けたのである。
 月曜日の朝、ブランカはドゥオモ広場近くのレストランでカンペデッリ
会長と会った。朝食を取りながらの移籍交渉により、クラブ間での合意は得られた。あとは選手である。
 長友との交換という形でチェゼーナに行くサントンは、当初はインテルを離れることに難色を示した。しかし、この移籍があくまでシーズン終了までのレンタルであること(買い取りや期間延長などのオプションは一切なし)を確認した上で、修行のためにチェゼーナに行くことを承諾したのだ(この点、最後までサントンが難色を示したというマスコミの報道は事実と少し異なる)。
 残すは長友との交渉である。長友はこの日、チェゼーナの練習には参加せず、インテルが手配した車で14時にチェゼーナを出発してミラノに向かった。そして、到着した彼と我々は様々な契約条件を確認する作業に入った。長友の日本人の代理人がインテルのクラブオフィスに到着したのは18時30分。その15分後にすべての関係者が長友のインテルへのレンタル移籍の書類にサインをし、ようやく移籍が正式決定となったのである。メルカート終了の15分前、駆け込みではあったが、関係者すべてが満足するような形で移籍がまとまったのだ。

■ブランカは極秘裏のうちに長友の一挙手一投足を追っていた

 ブランカは長友の獲得がインテルの大きな戦力アップにつながると考えている。最初にも述べた通り、ここには日本企業がスポンサーとして参加したり、日本人ファンが増えることでインテルの知名度が上がり、グッズの売り上げが増加するといったビジネスマインドは全く存在しない。インテルは、あくまで長友を戦力と見なして獲得したのだ。
 その一方で、長友の獲得交渉がうまくいかなかった場合を想定して、ブランカが代替案を用意していたのも事実である。これは長友の実力を疑ってのものではなく、交渉のための時間がほとんどなかったから準備されたものだ。30日から31日の朝にかけて、メディアはインテルがイタリア代表の左サイドバック、ドメニコ・クリッシトをジェノアから獲得すると報じていたが、ブランカの準備していた代替案はパルマのマッシモ・ゴッビだった。もっとも、ブランカは「何としてでも長友を獲得する」という強い気持ちを持っていたのだが。
 そう言えば以前、ブランカがチェゼーナの試合を見ながら長友を褒めていたことがあった。「あの日本人選手のファイティング・スピリットを見ろよ。決断力もあるし、パワーもある。それに何と言ってもあの運動量は魅力だよ。戦術面ではまだまだ学ぶ必要があるが、少なくとも彼は問題にぶつかって簡単にへこたれるような“やわなヤツ”ではないと思う。それに、右サイドでもプレーできるのも魅力だ」。要するに、長友に対するブランカの評価は今に始まったことではないということだ。そうでなければ、あそこまで熱意を持って一人の選手を追うことはない。
 サッカーの世界ではアイデアが実行に移されることなく、時間ばかりが経過することがある。逆に、たった一日ですべてが動き、一人のサッカー選手のキャリアが大きく変わることもある。1月30日の夕方からの翌31日の19時にかけて、長友のキャリアは激変したということだ。 インテルが長友の獲得を決めたことで、イタリアサッカー界には大きな衝撃が走った。メディアも驚きを隠せなかった。と言うのも、将来性豊かな日本代表DFの獲得に興味を示していたチームは少なからず存在したが、その中にインテルは含まれていなかったからである。ブランカはスカウト陣に指示し、長友の一挙手一投足を追っていたのだが、それはすべて極秘のうちに行われていたのだ。
 長友のプレーを見れば、大きな可能性を秘めた逸材であることはすぐに分かる。彼の加入にインテリスタも興奮しているようだ。スクデット6連覇、チャンピオンズリーグ連覇に向け、インテリスタの熱気は高まっている。その“偉大なるシーズン”の実現に長友が一役買ってくれるのであれば、これほどうれしいことはない。

インテルの広報部長パオロ・ヴィガノ氏が語る「長友獲得の真実」【前編】


■執筆者/パオロ・ヴィガノ
1965年5月23日ミラノ生まれ。1991年から『Tuttosport』紙の記者を務める。2004年、マッシモ・モラッティの要請によりインテルの広報となり、現在は広報部長を務める。生まれついてのインテリスタ。著書に『インテルの世紀』がある。

[カルチョ2002|2011年3月号(2月11日発売)号掲載]


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