反則まがいのタックルで倒されても冷静さを失わなかった武藤。ハリル御前で決勝点と貫録を見せつけた。 写真:田中研治

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 チェルシーからの正式オファーが公になって初の公式戦、しかも日本代表のハリルホジッチ監督が視察するなか、“時の人”武藤が64分に地面へ叩きつけるようなヘッドで決勝点を決めた。

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「いろいろとメディアに取り上げられるなかで、あいつ(武藤)にとって大きな試合だった」(太田)アウェーの湘南戦で、プレッシャーをものともせず、FC東京を首位タイに引き上げる値千金の一撃を打ち込むとは、さすが千両役者である。貫録を見せつけた武藤は言う。
 
「もちろんプレッシャーはありましたが、自分がゴールを決めなくてもいいぐらいのリラックスした気持ちでプレーしました。

 前で身体を張ってチームのために動いていれば、ラッキーボールが来る可能性もあるかなと思っていたら、太田選手から素晴らしいクロスが入ってきて。自分の力とチームの力が合わさった1点だったと思います」
 
 ただ、そのゴールとともに見逃せなかったのが、何事にも動じない武藤のクールな振る舞いだった。立ち上がりからファウルまがいのタックルで幾度となく倒されても、決してキレずに最後まで必死にボールを追っていたのだ。
 
「削られる場面は多かった。でも、そこでいちいち苛立ってしまうと自分の良さ──繊細さがなくなってしまいます。今日は淡々とプレーできて良かったと思います」
 
 前線で身体を張りつつ、勝負どころで決定的な仕事もする。「下がってボールを受けるだけでなく、裏のスペースでもちゃんともらえていたし、少しずつFWらしくなってきたのかな」と笑顔を見せた武藤に対し、フィッカデンティ監督も賛辞を惜しまなかった。
 
「今日のプレーを見れば分かるとおり、非常に集中できている。6月までこの調子を維持してくれると信じています。

 どこの国のリーグに行くかは現時点で分からないですが、もしチェルシーに行ったとしても、彼は新しい環境に適応できるだけの賢さを持っています。グラウンドの外での対応(言葉の問題など)に最初は苦しむかもしれませんが、それでも彼ならやってくれると思います」
 
 この日、チェルシーへの移籍話については武藤本人も次のように答えている。
 
「(回答期限が4月12日という)情報がどこから漏れたのか知りませんが、なにも考えていないです。特に結論は出していません。

 とにかく自分がどこに行けば成長できるか、しっかりと将来を見据えて考えたい」
 
 武藤はいつ決断するのか──。それと同時に頭をかすめるのは、仮に武藤がチェルシーに移籍したとして、その後のFC東京がどうなるのか、という疑問だ。
 今季のFC東京は、就任2年目を迎えたイタリア人監督の下、ここまで堅守速攻のスタイルを貫いている。選手たちのコメントから浮かび上がるチームの合言葉は、「とりあえず無失点に抑える」。

 つまり、“ウノゼロ(イタリア語で1-0)の美学”が、共通認識として根付きつつあるのだ。
 
 実際、今季のJ1リーグでは2節の横浜戦(0-0)から4戦続けて無失点。3節は神戸に2-0、4節は甲府に1-0、そして今節も湘南に1-0と、イタリアの「カテナッチョ」を彷彿させる手堅いサッカーできっちりと勝ち星を積み重ねている。

 結果が付いてきているからだろう。守備の局面で大きく貢献しているインサイドハーフの米本も、手応えをこう口にしていた。
 
「ゼロで抑える嬉しさが今はあります。無失点を何試合続けられるか、そういうのがモチベーションにつながっている」
 
 記者席からは「スペクタクルゼロ」に見えた湘南戦でのFC東京のパフォーマンスも、フィッカデンティ監督に言わせれば「パーフェクト」。敵の攻撃を凌ぎつつ、流れを掴んだ時間帯にエースの武藤が決勝弾という完封勝利は、まさに“してやったり”だった。
 
 ただし、現在のFC東京のカウンターサッカーは“武藤ありき”で成り立っている側面がある。

 リーグ5試合を終えてチームの総得点は6。そのうちの4つが武藤のゴールなのだ。スピードがあり、独力でシュートまで持ち込める彼がいるからこそ、逃げ切りの方程式は成立しているとの見方もあり、「戦術は武藤」と言われても決して否定できない。
 
 たとえ武藤が抜けても、前線には実績十分の前田も、完全復活の予感が漂う石川も、怪我から復帰間近の平山などもいる。もしかしたら、武藤の売却益で強力な助っ人を獲得するかもしれないと、希望的な展望もできるだろう。

 しかし、ここまでの結果だけで判断する限り、得点源・武藤の離脱はチームに致命傷を与えかねない。
 
 FC東京が長年に渡り抱えてきた課題である「勝負弱さ」を払拭して、本格的に優勝戦線へと殴り込むというシチュエーションで、注目度が増すチェルシーへの移籍話――。武藤の選択(去就)は、青赤軍団の未来をも左右する分岐点になるかもしれない。

取材・文●白鳥和洋(サッカーダイジェスト編集部)