アメコミ翻訳者の御代しおりさん(写真/架神恭介)

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 昨今、映画館で頻繁に目にするようになったアメコミ原作の実写映画。2015年には「アベンジャーズ」「アントマン」などの公開が予定されていますが、その元となったアメコミというと、どうにも「薄くて高い」といったイメージが付きまとい敷居の高い印象が強くなっています。

 そこで今回は、全くの初心者がアメコミを読み始めるのに適した三冊をアメコミ翻訳者の御代しおりさんにセレクトしてもらいました。

初心者の参入しづらいアメコミ界

 御代さんによるとアメコミは実際に初心者には敷居の高いものだそうです。「60年代のマーベルコミックスの躍進を支えた世代が、80年代以降は作る側になりました。こうしてマニアがマニアに受けるための捻った話を作り始めるようになり、新参者が参入しづらい市場になっているのです」とのこと。

 そのような現状の中で、初心者にオススメするのが以下に紹介するような「オリジンストーリー(誕生譚)」だそうです。今回、御代さんはオリジンとして、以下の3冊をセレクト。

『グリーンランタン:シークレット・オリジン』(DC)『アイアンマン:エクストリミス』(マーベル)『オールスター:バットマン&ロビン ザ・ボーイワンダー』(DC)

 なお、DC、マーベルというのは会社の名前で、アメコミ界の二強です。「他にもイメージコミックスとかいろいろありますけど、とりあえず無視してOK」とのこと。最も歴史の古いのがDCで、マーベルはそこに喰い込んでいく立場だったため、DCが王道寄り、マーベルは変化球といった特徴があるようです。御代さんいわく、「プロレスで言えばDCがジャイアント馬場で、マーベルがアントニオ猪木」。



 DCキャラのオールスターチームが『ジャスティスリーグ』、マーベルキャラのオールスターチームが『アベンジャーズ』というわけです。



『グリーンランタン:シークレット・オリジン』

御代「最初に紹介するのが『グリーンランタン:シークレット・オリジン』です。これはグリーンランタンというヒーローが生まれるまでの話で、まさにオリジンです」

 そもそも、グリーンランタンってどういうヒーローなんです?

御代「ざっくり言うと、DC世界の宇宙を守ってる治安維持組織の隊員ですね。『警察官』みたいな職名に近く、それぞれに受け持ちの管轄とかも存在します。宇宙を舞台に暗躍するスケールの大きな悪党と戦うことが多いですね。この『シークレット・オリジン』は、地球担当の前任者が殉職して、色々あって後継者に選ばれた地球人が、研修を重ねたり、仲間との絆を深めたりして一人前のグリーンランタンになるまでのお話です」

 ということは、宇宙って結構頻繁に危機に陥ってる?

御代「そうですね。宇宙を危機に陥れるやつらはしょっちゅう出てきます」

 グリーンランタンはコソ泥とかは相手にしないんですか?

御代「することはするんですけど、あまり描かれないです。アメコミのヒーローって、細かくいうとクライムファイターとかヴィジランテとかに分けられるんです。分けられるというか、道徳的に世界平和に勤しむ人の総称がヒーローで、その方法に特殊さが出てくると、クライムファイターやヴィジランテといった枠に振り分けられる感じかなぁ。例えば、クライムファイターは自分達のテリトリーの安全を優先する人達です。バットマンみたいにコソ泥を捕まえて警察に突き出したりとか、警察に近い活動をします。ヴィジランテ(“自警団”の意味)も同じく自分達のテリトリーの安全を優先するんですが、自分たちの判断で悪人を処刑したりもします。パニッシャーなんかがそうですね。いいことはしてるんですけど、法は守らないわ、やり方がいきすぎてるわで、一概にヒーローと言い辛い人達です。ともかく、クライムファイターやヴィジランテが優先的にコソ泥とかを倒してくれてるので、グリーンランタンとかは結果的にスケールの大きな問題にあたることが多いんです」

 本書が初心者にオススメなのは何故?

御代「基礎知識なしでも楽しめるところですね。分かりやすくて親切なんです。日本の漫画で言う第一話を読んでる感覚で読めるんです。絵面もアメコミの特色であるリアルさ、筋肉信仰(笑)はありながらも、うまくデフォルメがきいているので、日本人でもとっつきやすいと思います」

point1:ヒーローもいろいろ分けられる

『アイアンマン:エクストリミス』

御代「次はこちら。アイアンマンって昔からいるキャラクターなんですけど、スポットライトが当たったのって結構最近なんです。今人気なのは映画化の影響がかなり大きいんですけど、映画にするにもある程度人気がいるじゃないですか? その映画化のための『ある程度の人気』を獲得した作品の一つが、この『アイアンマン:エクストリミス』です。読者があまり注目していないのをいいことに設定を今風に改めているので、逆に言うと、この作品はアイアンマンの新しいオリジンとも言えます。ある程度初心者も入りやすいのがオススメの理由です」

 これはどういうストーリーなんでしょうか?

御代「映画『アイアンマン3』の原作の一つですね。アイアンマンが『人をほぼ不死身にするけど凶暴化もしてしまう薬』を開発した人を突き止めて、その人に鉄槌を喰らわしがてら、薬を接種して強くなったやつらも倒す! みたいな、そんな話です。それで、アイアンマンはこの作品で、生身でも他のヒーローにひけをとらない強さを手に入れます。でも、どちらかといえばこの人は超人というよりは頭脳やマネー、政治力、地位などで何とかする人ですね。『特製スーツで敵をボカーン!』『地位と権力で敵をボカーン!』『持っている人工衛星で敵をボカーン!』といった具合に」

 人工衛星を使うって、相手は宇宙人? アイアンマンも宇宙人と戦うの??

御代「戦います。アメコミの世界で宇宙は庭です。別の星出身のヒーローも多いですし、宇宙人は意外と頻繁に攻めてくるので」

 じゃ、グリーンランタンがボンヤリしている時はアイアンマンが戦ってくれる?

御代「いえ、グリーンランタンはDCのキャラでアイアンマンはマーベルのキャラなので。会社が違うのでDCの世界とマーベルの世界は別の世界なんです。逆に同じ会社に所属してるキャラは、原則、皆同じ一つの世界で生きています。グリーンランタン(DC)とバットマン(DC)は同じ世界で同じ時に別の敵を倒してるし、アイアンマン(マーベル)とスパイダーマン(マーベル)もそうしてるけど、アイアンマン(マーベル)とグリーンランタン(DC)がそうすることはないんです」

Point2:同じ会社のキャラは同じ世界で生きている

『オールスター:バットマン&ロビン ザ・ボーイワンダー』

御代「これはバットマンがロビンという相棒を手に入れるまでの話ですね」

 これは先の二つと違って誕生譚ではないんですね??

御代「バットマンはしょっちゅう自分がヒーローになったトラウマを回想するし、この中でも出てくるので問題無いです! それで、この作品のバットマンははっきりいってひどいです。何がひどいって、性格が。ツンデレというかツンツンですね。すごく冷たいし、口も悪い。そして乱暴。両親を失って傷心のロビンに向かって、『ネズミでも食ってろ』とか言うんですよ。ヒーローって一定の倫理性みたいなのが前提にあるから、X-MENのウルヴァリンとかはアウトローで口が悪くても情には厚かったり、ドライなイメージはないですよね。でもこのバットマンはまだ少年のロビンにもとにかく冷たいです。心が最低です。いやでも、いつものバットマンはもうちょっとマシなんですが……アメコミって脚本家によってキャラの性格とか全然違ってくることがあるんです」

 なんでそんなの初心者向け企画で選んじゃったの!?

御代「まぁこのバットマンはヤな奴ですが、実力のあるライターが書いているので、話として面白い。そしてとにかくアートが素晴らしい。説明するのがおこがましいほどの大御所ジム・リーの作品で、とんでもない画力ですよ」

Point3:アメコミは脚本家によってキャラの性格が違う

 以上、御代しおりさんによる初心者向けアメコミ三冊でした。

 実際、筆者も上記の三冊を読んでみましたが、『オールスター:バットマン&ロビン ザ・ボーイワンダー』におけるバットマンの性格が本当に最低で、グリーンランタンがひどい目に遭わされてるのが可哀想でとても良かったです。グリーンランタンがひどい目に遭ってるアメコミをもっと読みたい。なお、御代しおりさんは『アイアンマン:エクストリミス』で翻訳に関わっているとのこと。

著者プロフィール

作家

架神恭介

広島県出身。早稲田大学第一文学部卒業。『戦闘破壊学園ダンゲロス』で第3回講談社BOX新人賞を受賞し、小説家デビュー。漫画原作や動画制作、パンクロックなど多岐に活動。近著に『仁義なきキリスト教史』(筑摩書房)