『思い出のマーニー』で気になったのは、杏奈の服が垢抜けないことでした。自分のことを大事に思わない子は自分の衣装に気を使わないんだろうなあ、なんて想像をさせるくらい、少女の孤独と出会いに関して、色々凝った作品です。

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スタジオジブリの新作、米林宏昌監督の映画『思い出のマーニー』。
いやあ、杏奈とマーニーが二人でいる時間を、ずっとスクリーンで見ていたかった。
夜の湿地で二人の少女が舞う米林ワールド、しかと頂きました!

ネットの感想を見ていると「百合(ガールズラブ)だ」「百合じゃない」の話題で盛り上がっています。
というのも、ジブリアニメ初の女の子ダブルヒロイン。二人で手をつないで特別な関係のように見える。しかもキャッチが「あなたのことが大すき。」。これはただならぬ。
ボツ案は「ふたりだけの禁じられた遊び」「ふたりだけのいけないこと」だったそうで。
鈴木敏夫プロデューサー、それ分かって煽り過ぎじゃないですか。ええ、煽られましたよ!

ネタバレは避けつつ、実際どうなのかというと。
普通に見たいという人はそんなの気にせずしっかり楽しめるはずです。また百合好きが見て満足できる要素もちゃんとある。見た人の捉え方次第で様々な見方ができる、ちょうどいいバランスに仕上がっています。

心を閉ざした少女・杏奈。釧路の湿原のとある洋館で、マーニーという美しい少女に出会います。一体この金髪の少女は誰なのか。謎の多いマーニーと過ごすうちに、杏奈は人との距離を体感していく、というお話。
……とまあ、あらすじだけ書いてもなんのことやら、ですね。
この映画のキモは、映像の細かいところをつかって、杏奈の心を繊細に表現していることです。
特に杏奈とマーニーが接触した後、後向きだった杏奈が「発見(成長とは微妙に違う)」するきっかけになったものが、たくさんの小物や仕草に描きこまれます。
今回はその中から、2つの点をピックアップしてみます。

1・タバコとお金が作る心の障壁
この作品で非常に印象的なのが、タバコの煙です。
風立ちぬ』では、タバコをうまそうに吸っていたのが話題になりました。
賛否両論、タバコシーンから「風立ちぬ」を考察する - エキレビ!
これが宮崎駿の見た、死と夢の狭間の世界を象徴するタバコ。

一方、米林宏昌が『思い出のマーニー』で描くタバコは、とてもじゃないけどうまそうには見えません。
杏奈の回想で、大人たちがもめあっているシーンがあります。彼女は部屋の隅で震えるしかない。
その部屋にくゆっているのがタバコの煙。煙の向こうのイライラした大人には、恐怖がわきます。

もう一箇所。マーニーがパーティに杏奈を招待するシーン。
マーニーは嬉しそうですし、杏奈もおいでよと手をひきます。おいしそうな料理(さすがジブリ!)も並んでいます。
ところがマーニーの母親らしき人物のいるあたり、みんな一斉にタバコを吸っている。煙が濃すぎてハッキリ見えないくらいにけむい。
マーニーと出会ったことで杏奈の見ている世界が明るく開けはじめたのに、それが見えなくなってしまう瞬間です。

この映画ではタバコは、障壁の役割。
大人の記号として描かれ、杏奈に「自分と大人との間に壁は存在する」ことを発見させます。

もう一つ大人と自分との障壁を表現しているのがお金です。
パーティのとあるシーンで、杏奈はお金を大人達から一斉に差し出されるシーンがあります。
これがとても怖い。全然嬉しくない。
周囲360度囲んでお金突きつけてくる映像はちょっとしたホラーです。

お金は、杏奈が向き合えなかった「現実」の一部。「大人」への不信を抱いた杏奈には、拒絶反応を起こすものでした。
タバコやお金に象徴される、他人を拒絶し、自分を傷つけてしまう心理。
お金に対して折り合いをつけられるようになった時、はじめて他人と自分を「許せる」ようになる。
お金のエピソードは原作にもあります。これを杏奈の心境の変化にあわせて、うまく調理しています。

2・裸足のスキンシップ
ぼくが最もこの作品で惹かれたのは、裸足でした。
メインビジュアルを見ていると視線が、二人の表情、結んだ手、そして裸足にいく。
マーニー役の有村架純と杏奈役の高月彩良は、裸足でアフレコに挑んだそうです。
松嶋菜々子、主人公を見守る母親役に感情移入「そのままを出せばよかった」 | シネマカフェ cinemacafe.net
そこまでして裸足にこだわるか!
映画見たらわかります。徹底した裸足映画です。

この作品はコミュニケーション苦手ぼっちっ子映画でもあります。
杏奈は自分が嫌いで、人とおしゃべりもしたくない、という子。人が近づくのもイヤ。バカにしている節もあり、自分がいやでへこんだりもします。
そんな彼女のパーソナルスペースにスッと入ってきたのがマーニー。なぜか彼女のことは受け入れやすいし、彼女も杏奈を好いてくれた。

基本的に杏奈は、一人で部屋にいる時か、マーニーと会っている時だけ裸足です。
裸足は、杏奈が心を開いていることの表現。
その素のままの自分を出している空間に、大好きな人がいる。

この映画はスキンシップがひとつのテーマです。
最初は裸足で目を見て語り合う。次に手をつなぐ。そして固く抱きしめ合う。
ハグによる接触がものすごく多い。多分ジブリ史上最多。

二人が森のなかで、お互いの気持を確かめ合うあるセリフがあります。
この二人のセリフ、似ているけどちょっと違う。原作とも微妙に違う。
米林監督のこだわりが感じられる鋭いセリフなので、聞いて確かめて下さい。
マーニーが杏奈を抱きしめるのと、杏奈がマーニーを抱きしめるのは、ちょっとだけ意味が異なります。メインビジュアルで二人の表情が違うように。
映画を二回見ると、彼女たちのスキンシップのタイミングの意味が理解出来てくるはずです。

他にも、日記、ボートの漕ぎ方、髪留め、スケッチブック、鉛筆と色鉛筆、彩香の存在、二人の服装などなど、杏奈とマーニーの心象を表現する小物や仕草はたくさんあります。是非探してみてください。
原作にかなり忠実なので(日本が舞台ではないですが)、映画見終わったあとに比較してみるのをオススメします。
未読の方は先に読まないほうがいいよ、あとで読もう!

宮崎駿と高畑勲が関わらない、初めてのジブリ映画。
『借りぐらしのアリエッティ』でやり残したことがある、と米林宏昌監督が立ち上がった作品。誕生したのは、今までのジブリ映画ではあり得なかった、内向的で自虐的なヒロインでした。
Twitterでたくさん見かけた「ジブリっぽくない」というのは、最高の褒め言葉でしょう。

余談ですが道民としては、「ろうそく出ーせー、出さないとかっちゃくぞー」で大いにニヤニヤしました。
北海道の七夕は8月7日です。

『新訳 思い出のマーニー
『Fine On The Outside「思い出のマーニー」主題歌』

(たまごまご)