3月15日に安倍総理がTPP交渉に参加することを正式に表明した。国民はそれを前向きに受け止めた。毎日新聞の世論調査では、交渉参加表明を63%が支持、朝日新聞では71%が支持するという結果になった。
 政府が明らかにした「TPPに参加すれば、関税を完全撤廃してもGDPが3.2兆円増える」という経済効果試算も支持拡大に相当な効果があったと思われる。しかしよく点検すると、この試算は手放しでは喜べない内容になっている。

 まず、3.2兆円GDPが増えるというが、これは関税撤廃をすべてやった時の効果だ。10年かけて撤廃するとすれば、1年当たりの効果は3200億円。成長率の押し上げ効果は0.06%だ。つまり景気拡大効果はほとんどないのだ。しかも、試算では輸出は2.6兆円増えるが、輸入も2.9兆円増える。貿易赤字は拡大するのだ。にもかかわらず、経済効果がプラスになるのは、安くなった食料品の消費が増えるからだ。
 ただ、この試算どおりに行くかどうかは疑問が残る。TPPでメリットを受けるのは経済強者だけだ。その強者が安い輸入食品をたくさん食べるようになるとは思えないからだ。

 農業分野の効果をみると、もっと大きな疑問がわく。今回の試算で、コメや小麦、砂糖など主要33品目の国内生産額は7.1兆円から4.1兆円へと3兆円の減少となると見込まれている。だが、農水省が'11年に行った推計では、試算対象が11品目と少なかったにもかかわらず、生産減少額は4兆1000億円に達していた。関税撤廃による生産減少率は、コメ90%、小麦99%、牛肉75%、砂糖100%だった。今回の推計は、おそらくコメの生産減少率を大幅に緩和したものとみられる。
 しかし、それは無理な仮定だ。日本のコメ作りをどんなに大規模化しても、生産者価格ベースで10ヘクタール当たり1500円を切るのは至難の業だ。ところが、コメの国際価格は500円程度。銘柄米と有機米しか生き残れず、90%が壊滅するという元々の農水省推計が正しいのだ。

 自民党の石破幹事長は、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物の重要5品目は守り抜くと公言し、安倍総理も「私を信じて下さい」と力説している。そのため、日本の農業はさほどひどいことにならないのではないかという説もある。
 しかし、その期待は裏切られるだろう。今回の交渉参加では、すでに交渉参加国の間で合意している事項に関しては、後から参加した日本がひっくり返せないことになっている。だから、そもそも重要5品目を例外にするといった要求は不可能なのだ。
 また、日米の力関係から考えても、例外導入などあり得ない。今回の交渉参加への米国との事前交渉で、日本政府は米国がトラックに課している25%という高率の関税維持をあっさりと呑んでしまった。一方で、日本のコメについては話題にさえしなかったし、今後も採り上げる予定はないという。

 これまでの日米交渉を通じて、日本の力でアメリカの制度を変えた実績はほとんどない。だから、重要5品目を含めて農産品の関税が撤廃に向かう可能性はきわめて高い。ただでさえ疲弊する地方は、今後耕作放棄地が広がる荒野になるだろう。