梶裕貴、『銀河の一票』風間役で新境地へ “声優”ではなく“俳優”として証明した表現力
初回放送から好評で、今期最高傑作との呼び声も高かった『銀河の一票』(カンテレ・フジテレビ系)が6月29日に最終回を迎えた。与党幹事長の父から縁を切られた娘が、政治素人であるスナックのママと一緒に東京都知事選に挑む姿を描いた本作。誰もがかけがえのない星であり、その一つひとつが輝いてこそ、銀河(=社会)は美しく見える。そして、それを輝かせるのが、“政治”なのだーーという力強いメッセージが込められた作品だった。
参考:『銀河の一票』が指し示した新しい“公共” 松下洸平のスパークに見たあるべき政治家の姿
そのメッセージを補強していたのが、一人ひとりの登場人物だ。誰一人としてヒーローにも悪役にも仕立て上げず、不完全な生身の人間として愛を注いだ蛭田直美の脚本はもちろん、年齢もキャリアも主戦場も異にする個性豊かな演技巧者たちの力によって、すべてのキャラクターが眩しいほどに輝いていた。
どのキャストも素晴らしかったが、とりわけ異彩を放っていたのは梶裕貴である。梶といえば、言わずもがな、日本アニメ界を牽引するトップ声優の一人。『進撃の巨人』のエレン・イェーガーや『僕のヒーローアカデミア』の轟焦凍、『七つの大罪』のメリオダス、『ハイキュー!!』の孤爪研磨など、代表作は数知れず。かつて声紋分析で10パターンの声がすべて別人と鑑定されたほどの圧倒的な演じ分け、作品への深い洞察と解釈、そしてそれをセリフの一音一音に昇華させる表現力をもって、あらゆるキャラクターに命を注いできた。声優界最大のイベントであり、その年に最も印象に残る声優や作品を表彰する「声優アワード」では、史上初にして唯一の2年連続主演男優賞受賞者でもある。
そんな梶が演じたのはAI企業の社長・風間藍生。主人公の星野茉莉(黒木華)がスカウトしたスナックのママ・月岡あかり(野呂佳代)、茉莉の幼なじみで与党・民政党の若手議員・日山流星(松下洸平)と、都知事選で三つ巴の戦いを繰り広げる。テレビ番組が調査した「次の都知事になってほしい人は?」というアンケートで1位の日山に次ぐ2位に選ばれていたことから、票を割るための対抗馬として擁立される。
ちなみに梶自身、2026年4月に13年間所属していた事務所から独立し、音声AI事業と声優マネジメント事業を展開する新会社「株式会社FRACTAL(フラクタル)」を設立したばかり。作中でも扱われていたが、昨今、生成AIによる声の無断利用が社会問題となっており、梶もかねてより、有志団体「NO MORE 無断生成AI」などを通じて、被害防止や法整備を訴えてきた一人だった。一方で、2024年頃から“AIとの共存”を掲げ、自身の声を元にした公式AI音声合成ソフト『梵そよぎ』を中心とするキャラクタープロジェクト「そよぎフラクタル」を展開しており、現在は代表取締役としてその事業に注力している。最終回における風間の演説シーンには、梶の提案でプロジェクトの軸となるキャラクター・梵そよぎが登場し、大きな話題となった(※1)。
梶と風間にはAI企業社長という共通点があるわけだが、実はまったくの偶然で、それが起用理由ではないという。なお、梶がドラマに出演するのはこれが初めてではないが、これまでは声のみの出演、あるいは、その声が鍵を握る役柄が多かった。例えば『119エマージェンシーコール』(フジテレビ系)では、火災が発生したネットカフェから119番に通報する男性客を演じており、梶の声色や息遣いが現場の緊迫具合を知る手がかりとなっていた。しかし、今回は声が重要な役割を果たすキャラクターではなく、他の出演者と比べてもセリフが多い方ではない。つまり純粋に俳優としての抜擢であり、詳しくは明らかにされていないが、その表現力の豊かさはもちろん、年齢感や見た目、雰囲気なども含めて、梶が適任だという判断のもとでキャスティングされたのだろう。
■梶裕貴は津田健次郎に続く? 実際、梶の役へのハマり具合は想像以上だった。AIエンジニアで起業家、さらにはニュース番組のコメンテーターも務める風間。爽やかでシゴデキなオーラを纏いつつも、若干の胡散臭さがあり、当初は鼻持ちならないキャラクターかと思いきや、そのイメージが大きく変わったのは第9話だ。あかりのブレーンである雲井蛍(シシド・カフカ)から「当選しても落選しても、あなたはこの国を救う」と口説かれ、勢いで出馬を決意した風間だが、最初から覚悟が決まっているわけではなかった。
印象的だったのは、風間が選挙スタッフたちに自分が中卒であることを明かした上で、「おいらはそんなもんなのさ。やりたいことだけヘラヘラやって、なぜかうまいこと、ここまで来ちゃっただけのやつ」と話すシーン。普段は飄々としていて自信満々に見える風間だけれど、実はコンプレックスや劣等感を抱えており、それを覆い隠すために強がっているということが分かった瞬間だ。
普通に考えて、震災時に避難所や携帯の充電ステーションなどの位置情報や、その混雑情報をリアルタイムで共有できるマップを公開したり、選挙ポスターを貼った場所を確認できるシステムを作ったり、自分の持つ専門知識やスキルを、社会や公共の利益のために役立てられる風間はすごい。けれど、中卒という理由で理不尽な目に遭ったり、不当な扱いを受けてきた経験が、風間にはあるのではないだろうか。「おいらはそんなものなのさ」と言ったときの自嘲気味な語り口や力のない笑みから、そんなバックボーンまで見え、思わず切なくなった。
それでも自分の可能性を信じ、人生を賭けてくれたスタッフたちのために風間は腹を括る。自分のことを「おいら」、スタッフたちを「ニキ・ネキ」(※兄貴、姉貴を略したネットスラング)と呼ぶ、“厨二病”気質なところも含め、梶が実に人間臭く、かつチャーミングに好演していたからこそ、視聴者は風間を応援したくなったのではないだろうか。WOWOWオリジナルドラマ『ぴぷる~AIと結婚生活はじめました~』で演じた冴えないサラリーマンもそうだが、演じる役の弱点や恥部とも言える部分を、その背景まで含めて丁寧に表現し、愛すべきキャラクターとして提示できるのは梶の俳優としての大きな強みだ。
声優として確固たる地位を築きながら、俳優としても高い評価を得ている人といえば、多くの人は津田健次郎を思い浮かべるのではないだろうか。“朝ドラ”こと連続テレビ小説『あんぱん』、大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』と、立て続けにNHKの2大看板を制覇し、『ラムネモンキー』(フジテレビ系)では反町隆史、大森南朋とともにトリプル主演を務め上げた津田。成熟した大人の魅力がある声や雰囲気を武器に、ヒロインの恋のお相手や理想的な上司を演じることもあれば、極悪非道なヴィランや、エキセントリックな役柄まで、幅広い役柄をこなせるため、ドラマや映画に引っ張りだこだ。他にも『半沢直樹』(TBS系)や朝ドラ『らんまん』でインパクトを残し、2027年度のNHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』にも出演が決まっている宮野真守、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(読売テレビ・日本テレビ系)で主演を務め、『良いこと悪いこと』(日本テレビ系)でも物語の鍵を握る重要な役柄を演じた木村昴など、多くの声優たちが俳優業で活躍を見せている。本作で俳優としての株を上げた梶も、ここからさらに俳優として躍進を遂げていくのではないだろうか。
参照※1. https://x.com/KAJI__OFFICIAL/status/2071599241999606212?s=20※2. https://www.ktv.jp/ginganoippyou/topics/t19.html(文=苫とり子)

