TVに映すな! このレース出禁! ポルシェの「そこまでやるか」なレースにかける執念

この記事をまとめると
■ポルシェは創業初期からモータースポーツに積極参戦してきた
■数々のレーシングカーで得られた技術は市販車にも還元されている
■モータースポーツシーンで結果を残し続けたことがポルシェの技術力の高さを証明している
モータースポーツ参戦は最先端技術の研鑽のため
「スポーツカーレースに参加することは、自動車メーカーとして最先端技術の研鑚を意味し、市場に対して企業技術力を示すことになるため、我が社はモーターレーシングに積極的に参戦する」という企業理念を表明したのが、1947年に創業を開始したポルシェAGである。そしてこの姿勢は、現在までブレることなく貫き通されてきた。
そのポルシェのレーシング史は、創業から4年目の1951年にスポーツカーレースの最高峰、ル・マン24時間に始めて参加しことが大きな1歩となっている。車両は同社が生産する1086ccのポルシェ356で、751〜1100ccクラスでみごとにクラス優勝(総合20位)を獲得。その後のポルシェのレース活動を予見させる結果となっていた。

以後、ポルシェはスポーツカーレースにレース専用車種のカテゴリーが設けられるようになると、さらに積極的な活動姿勢を示し、904を始めとする一連のレーシングプロト/スポーツを送り出し、ル・マン24時間を始めとするレースで成功を収めてきた。
とくにル・マン24時間での活動に目を向けると、スポーツカーレースに参加することこそスポーツカーメーカーとして企業の義務、を自負するポルシェの姿勢を見ることができる。1960年代に入ってから、ル・マンの主役はグループ6/4のレーシングプロト/スポーツが担うかたちとなっていたが、ポルシェは906から910、そして907、908、917と続く一連の高性能モデルを開発して参戦。917で初めてル・マン制覇を成し遂げた。

しかし、917が圧倒的な強さを発揮したことでスポーツカーレースから締め出されることになり、行き場を失ったポルシェは、代替案として917ターボによるCAN-AMシリーズへの参戦に進路変更。ポルシェはここでターボ技術に磨きをかけ、911ターボの市販化に結びつけている。このターボテクノロジーこそ、その後のレーシングポルシェを支え、成功に導く大きなカギになっていた。
折しも、ヨーロッパにおけるスポーツカー選手権は、3リッターのグループ6プロト規定がうまく軌道に乗らず、シルエットフォーミュラといわれる新グループ5規定への移行が検討される時期だった。基本は量産車ながら、外観やメカニズムの大幅な変更を認めた車両カテゴリーで、ポルシェはここに935を送り出す流れとなった。当時の911シリーズは930系で、その930系のグループ5モデルとなるため935のネーミングが与えられた。

ちなみに、935を作るベースモデルとしてグループ4規定の車両が必要なため、そのモデルを930系のグループ4モデル、934と命名。また、3リッターグループ6モデルが930系のターボエンジンをベースにしたため、こちらには936の車両名が与えられた。
934がそのままレースモデルとして使われる例は少なく、そのほとんどは935にビルドアップされたが、ポルシェAG製の935は数少なく、1979年のル・マンで優勝したクレマー935K3もクレマー、ヨースト、アンディアルといった実力派のコンストラクター/チューナーの手がけた935のうちの1台だった。
レースから締め出されても技術で覆してきたポルシェ
話は横道にそれるが、GTカーによるドイツ国内選手権(DRM)にも935は参戦したが、935があまりに強すぎてこのクラスがTV中継から外される出来事があった。逆に、2リッター以下のBMWやフォードが争うクラスに人気が集まり、このクラスのTV中継が決まると、ポルシェは1.4リッターターボエンジン(自然吸気換算2リッター)を積む935babyを作り上げ、ここで勝ちまくる強さを発揮。力ワザを示す側面も見せていた。

936、935とグループCカー956とのはざかい期となる1980年のル・マンに、ポルシェは生産車、FR方式の924(1983cc)をベースにターボを装着した924GTPを繰り出していた。FRモデルのレース潜在能力を試す目的だったようだが、IMSA/グループ5規定の935に混ざり総合6位で完走する戦闘力の高さを見せていた。

GTPのPはプロトタイプクラスであることを示し、936やロンドーと同カテゴリの参戦となり、ドライバーにユルゲン・バルトとマンフレッド・シュルティを起用していたから、紛れもなくポルシェAGのワークスマシンといえる存在だった。
以後、1980年代初頭から1990年代初頭のグループCカーの時代は、956/962Cの黄金期として知られているが、このグループC規定からGTカー規定に変わった1994年のル・マンに、ナンバーを取得し公道走行が可能なダウアー・ポルシェ962LMが登場した。ヨッヘン・ダウアーが企画した車両だったが、実質はグループCカー962Cに公道走行が可能な装備を施した車両で、見事にこの年のル・マンを勝ち取っていた。ル・マン参戦のためのGTカー公認取得モデルで、ほかの市販GTカーと一線を画していたことはいうまでもなかった。

レギュレーションの隙間を突いたダウアー962の出現に懲りてか、その後のGTカー規定は再整理されたが、1998年のル・マンに登場した911GT1-98は、名前こそ911だったが、実態は量産車とまったく共通点のない完全なレーシングプロトだった。車体は屋根まで一体化成形されたフルカーボンモノコック。エンジンはポルシェの新時代を担う水冷の水平対向エンジンが使われていた。
フロントセクションに生産車(993)のスチールモノコックシャシーを使う911GT1-97が全車予選落ちする厳しい戦力分布のなか、唯一決勝に進んだ2台の911GT1-98は、終わってみれば1ラップ差のワン・ツー・フィニッシュを決める完勝ぶりを発揮。名前だけが911、中身はまったく別物の高性能マシンだった。

こうした意味では、LMGTEクラスに登場した2017年、2018年の911RSRも異色の存在といえた。ポルシェ911といえば、1964年に初代モデルが登場して以来、水平対向エンジンとリヤエンジン/リヤドライブを身上としてきたが、フェラーリ488やコルベットC7R、フォードGTといった強敵を相手に苦戦を強いられるなか、ついにミッドシップ方式の採用に踏み切った車両だった。

LMGTE車両だけの特別な仕様だったが、この変更によってシャシーバランスとハンドリングが格段に向上。LMGTEクラス全30台中(Pro17台、AM13台)でProクラスの1、2位を占める快走ぶりを披露。ポルシェはプロトクラスで919ハイブリッド(2017年)も走らせる体制だったが、量産車ベースのクラスで完勝を遂げたことは同社にとって大きな勲章となっていた。
勝つためには、レギュレーションぎりぎりの車両作りも行ってきたポルシェだが、必ず結果に結びつけてきた活動内容は、スポーツカーメーカーの第一人者たる技術力を証明する以外の何物でもなかった、と高く評価できるだろう。

