2006年のサッカー界でもっとも記憶に残るプレーヤーは誰かと問われたら、ジネディーヌ・ジダンの名を挙げる人が多いに違いない。サッカー界のみならず、スポーツ界全体でもトップに挙げられる「今年の顔」といっていい。

 18日にチューリッヒで開かれた国際サッカー連盟(FIFA)の年間表彰セレモニーでも、記者がコメントを求めて殺到したのは、年間MVPを受賞したカンナバーロ以上にジダンだったという。それもそのはず、ジダンは引退後、スポンサー契約を結んでいる「カナル・プリュス」(ペイテレビ局)や「オランジュ」(フランステレコム傘下の携帯電話)以外のインタビューに応じず、ほぼ沈黙を守り続けてきた。

 チューリッヒでは、セレモニー前の記者会見を欠席(FIFA以前にスケジュールに組み込まれていたスペインでのCM撮影のため)、開会直前に会場入りし、セレモニー後の食事会にも出席せず、自分を囲む記者団を振り払うように足早に立ち去ったという。

 その翌日、別のCM撮影を終えたジダンが、ホテルで「フランス・フットボール」誌と自身の公式ホームページの記者、カメラマンの3人だけを招いてインタビューに応じた。活字メディアのインタビューは、引退後これが初めて。

 インタビュアーは、ジダンがほとんどW杯の開催期間の活躍だけで、「バロン・ドール」(欧州年間最優秀選手)5位、FIFA年間最優秀選手2位になったのは驚くべきことだ、と称えつつ、その両方を受賞できたかも知れない可能性を指摘して、「あの事件」の核心に迫ろうとする。

 しかしジダンは聞き手の言葉をさえぎるように、「(受賞)できたかも知れないが、できなかったんだ」と笑い飛ばした。「望んだようにならなかったことを考えるべきじゃない。ハイレベルのプロスポーツに生きる我々は、誰もがとても現実的なんだ。我々は決して間違った幻想を抱かない。後悔をすることはある。しかしいったん結果が出たら、それがすべて。いまはもう考えることはない。ときおり頭をかすめることはあっても、すべては終わったんだ」。

「もう6か月が経った」とW杯の日々を遠い過去のように振り返るジダン

「よい思い出を心に刻み、新たなそれを求めて行く」ことが自分の信条と語る。W杯で心に刻んだいちばんの思い出も、対ブラジル戦後にロッカールームでチームメイトと分かち合った爆発的な喜び。テーブルの上に乗って踊ったことなど、それまでなかったという。

 いまこうして当時を振り返って話すのも、FIFAの年間表彰という機会があったからで、日常ではそんなことを考える余裕もないようだ。引退後は、各方面からさまざまな引き合いがあり、文字通り忙殺されている。だからこそ「ページはめくられた」という実感がある。これからは「ジダンに何かを求める人々」から自分を守りつつ、スケジュールを管理し、いかに有意義な要望に応えていくかが課題、と感じている。