JR西日本の観光列車「はなあかり」(撮影:尾形文繁)

JR西日本が新たに開発した観光列車「はなあかり」が10月5日、敦賀―城崎温泉間で運行を開始した。土日のみ運行で土曜日は城崎温泉行き、日曜日は敦賀行きとなる。3月に北陸新幹線の金沢―敦賀間が開業し、10月1日には北陸デスティネーションキャンペーンが始まった。新幹線との組み合わせで北陸観光を大いに盛り上げることが期待されている。

定員54人の3両編成で全席がグリーン席。スーペリアグリーンというグリーンよりハイグレードの席もある。スーペリアグリーン車の1号車には越前和紙のフラワーアートや丹後テキスタイルアートといった工芸品が飾られている。

京都鉄道博物館で車両の報道公開が行われた8月29日、JR西日本の岡田学マーケティング部長は「お客様と地域を結びつけるというコンセプトにぴったり。沿線の魅力を存分に味わってほしい」と語った。

運行エリアは季節ごとに変わる

はなあかりという列車名は、「西日本の地域のとっておきに“あかりを灯す”列車」という意味を持ち、「地域を明るくする列車になってほしい」という願いが込められたという。

【写真】個室のスーペリアグリーン車や360度回転する座席のグリーン車、草木や花をイメージした模様の車体など、観光列車「はなあかり」の外観と車内

ではなぜこの列車を開発したのか。車両開発に携わったJR西日本およびグループ会社のキーパーソン各氏、そして車両デザインを担当したイチバンセン代表の川西康之氏に話を聞いた。川西氏はJR西日本の「WEST EXPRESS(ウエストエクスプレス)銀河」、273系特急「やくも」などのデザインで知られている。

JR西日本の観光列車のラインナップは2タイプに分かれている。最初のタイプ豪華観光列車の「TWILIGHT EXPRESS(トワイライトエクスプレス)瑞風」と夜行の長距離列車であるウエストエクスプレス銀河。西日本エリアのエリアを限定せず走る列車として設定されている。そして、もう1つのタイプが西日本エリアの地域ごとに走る列車。金沢―和倉温泉間を走る「花嫁のれん」、岡山―津山間を走る「SAKU美SAKU楽」など、地域ごとにさまざまな観光列車が走っている。そこに昼間の時間帯において、季節ごとに運行エリアを変えて各地を走る中距離の観光列車を最初のタイプのラインナップに加えたいとJR西日本は考えた。

従って、はなあかりは北陸に特化した観光列車ではない。完成のタイミングから、最初の運用は北陸エリアが選ばれた。季節が変われば、ほかのエリアに投入される。

ほかの鉄道会社では古い車両を観光列車に改造したことにより、観光列車としての寿命が短く、すでに引退を余儀なくされた車両もある。今回、JR西日本はこの観光列車を長期にわたって運行したいと考えた。さらに非電化区間を含むエリア各地を走ることも考慮し、特急「はまかぜ」用に製造されたキハ189系を改造することにした。キハ189系は気動車であることに加え、2010年に製造された比較的新しい車両であるため寿命は長そうだ。


はなあかりは特急「はまかぜ」のキハ189系を改造した(撮影:尾形文繁)

1人当たりの面積をできるだけ広く

運賃・料金設定も「新幹線のグランクラスほど高くはないが、全席グリーンにしてゆったりと優雅にくつろいでいただきたい」という方針も決まった。川西氏の起用も早い段階から決まった。「川西氏はJR西日本の事情をよく理解しているし、JR西日本の地域共生の考え方も理解している」とJR西日本マーケティング本部鉄道マーケティング部の緒方伊久磨氏が話す。


車両の前で記者の質問に答えるデザイナーの川西康之氏(撮影:尾形文繁)

デザインを決めるにあたり、「客室は少なくとも新幹線のグリーン以上のグレードにしないとお客様は満足しない」と川西氏は考えた。「在来線の車両は新幹線よりも小さいので、1人当たりの占有面積が新幹線と同じでも狭く感じる。新幹線のグランクラスに乗ってきた人もいる。敦賀で乗り換えたら“あれ、さっきより狭い?”となってしまう」。


1人当たりのスペースが広いはなあかりの車内(撮影:尾形文繁)

目指すはグランクラスに見劣りしない客室の実現。そこで、1人当たりの占有面積をできるだけ広くすることにした。はなあかりの1両当たりの定員は単純計算で18人。通常ならこのタイプの車両には50〜60席が配置されるので、確かにゆったりとした配置であることがわかる。いすにもこだわった。グリーン車のいすはいろいろな向きで座れるように360度回転し、座面を従来のいすよりも低くしてゆったりと座れる。スーペリアグリーン車はオール個室でいすは本革製だ。


グリーン車の座席は360度回転する(撮影:尾形文繁)


スーペリアグリーン車は個室タイプ(撮影:尾形文繁)

一方で、課題もあった。1人当たりの占有面積を広く取るために前後の座席の間隔を広げると、窓の間隔と合わなくなってしまう。鉄製の車両であれば窓の開口部分の改造は容易だが、キハ189系はステンレス製。材質の特性上、溶接が難しく改造が容易ではない。そのため、「窓の割り付けにいすの配置をどう合わせるかには苦労した」と川西氏が振り返る。

スムーズだった車両改造

スーペリアグリーン車の個室には工芸品アートを展示することにした。現在は越前や丹後の工芸品アートが飾られているが、「将来、別のエリアを走るときは沿線に合わせた展示を目指したい」(緒方氏)。

その意味で、車両の外観や内装に描かれている花や草木も特定の地域を象徴する植物ではない。「その辺の野原や畦道などどこにでもある花をモチーフとしてアレンジした。具体的なイメージはない」と川西氏は話している。また、家具、座席、テーブルなどの素材には福井産のヒノキや鳥取産の杉、調度品などには出雲たたら製鉄の一輪挿しなど西日本エリア各地の素材が使われており、「西日本の“とっておき”にあかりを灯す」というコンセプトを体現している。


スーペリアグリーン車の個室には工芸品アートを展示している(撮影:尾形文繁)


車両に描かれた花や草木の模様(撮影:尾形文繁)

客室内のカラーリングについては、川西デザインのウエストエクスプレス銀河では明るい基調の色が多用されたが、今回は落ち着いた配色だ。「ほかの観光列車には使われていない色で攻める」「長期間にわたって使う中で美観を保てる色にする」などさまざまな意見を集約して今回の色に決まったという。

こうした車両開発のコンセプトが決まり、いよいよ施工となるわけだが、施工時に苦労した点はなかったのだろうか。施工はJR西日本グループで車両の改造工事などを行う後藤工業が担当しているが、同社車両部計画課の長谷川慎司氏は「とくに苦労はありませんでした」とあっさりと答えた。

本当だろうか。他社の観光列車では施工に苦労したという話をよく聞く。JR西日本でもウエストエクスプレス銀河のときは施工時に車両限界が超過し、その修正に時間を要するなど無駄な工程が多く発生したという。

そこで、設計から施工への流れをあらためて聞いてみると、「現場の声を設計図面に反映させる取り組みを積極的に進めた」とJR西日本グループで車両の設計・製造・保守などを担当するJR西日本テクノス車両事業部技術部車両設計室の関岡樹氏が述べた。

通常なら、設計者が作った図面どおりに施工しようとしてもうまくいかない場合があるが、今回は事前に段階を踏んで施工担当者に図面を見てもらい、「こうしたほうがいい」「この構造は難しい」といった施工担当者から見た課題の洗い出しを行い、事前に図面に反映させた。また、実物大のモックアップも作成して、構造やスペースの検証も行った。確かにそれなら、施工で戸惑うことはない。過去の反省を生かし、設計段階で施工担当者とのコミュニケーションを密に取った結果、トラブルなく完成に至ったというわけだ。


ステンレス車体のキハ189系を改造したはなあかり(撮影:尾形文繁)

車両は「重箱」中身は地域で

サービス面でも大きな特徴がある。車内のおもてなしをグループ会社の日本旅行が担当するのだ。今回乗務するスタッフはツアーコンダクターの資格を持っているといい、単にものを売るだけではなく、旅行の行程に関するアドバイスも期待されている。確かに、多くの観光列車では車掌や物販関連のスタッフがアテンダント業務を行っており、旅に関する質問をしても、的確に回答してもらえない例も少なくない。旅行会社のツアコンが乗務するならその心配はない。グループ内に大手旅行会社を抱えるJR西日本ならではの強みといえる。


(左から)JR西日本鉄道本部車両部車両設計室の鍛治佳幸氏、JR西日本グループで車両の設計・製造・保守などを担当するJR西日本テクノス車両事業部技術部車両設計室の関岡樹氏、JR西日本マーケティング本部鉄道マーケティング部の緒方伊久磨氏、JR西日本グループで車両の改造工事などを行う後藤工業車両部計画課の長谷川慎司氏(記者撮影)

このように新しい取り組みによって完成した列車であるが、開業を迎えてもなお川西氏は「まだ完成ではない」と言う。ではいつ完成するのかと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「たぶん完成はしないと思う。なぜなら進化し続けるから」

そしてこう付け加えた。

「たとえて言えば僕らは重箱を作った。中身は地域のみなさまに作ってほしい。観光列車でいちばん重要なのは地域と鉄道が接点を持つこと。地域のみなさまに“自分ごと”として捉えていただけるかどうかが重要なのです」


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)