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昨年は、モトザワ自身が、老後の家を買えるのか、体当たりの体験ルポを書きました。その連載がこのほど『老後の家がありません』(中央公論新社)として発売されました!(パチパチ) 57歳(もう58歳になっちゃいましたが)、フリーランス、夫なし、子なし、低収入、という悪条件でも、マンションが買えるのか? ローンはつきそうだ――という話でしたが、では、ほかの同世代の女性たちはどうしているのでしょう。「老後の住まい問題」について、1人ずつ聞き取って、ご紹介していきます。

【写真】広い!小学校の教室を改修した13戸のセーフティネット住宅

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前回「シングル女性が抱える、老後の家問題とは?58歳会社員「シングルは損!ひとり手当が欲しい!」中間層シングル向けの国の施策がないという事実」はこちら

人生100年時代の共生型コミュニティー

ずっと働いて、自分で自分を食べさせてきたシングル女性たち。なのに、老後に住む家に困るなんて! そんな現実に抗い、ないなら作っちゃえ!と、独身の70代女性たちが、自分たちのような「働く女性が住み続けられる終の住処」と、それを含む「町」を北関東で作りました。

廃校を利用した「町」には、自立して暮らす人用の「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」のほか、支援や介護の必要な人用の住居、「看取り」までしてくれる訪問介護サービスまで。

さらに、カフェや店舗、ホールや図書室、オフィスもあり、さながら複合施設です。文化イベントも多く、外からも人を集める「場」になっています。 「100人が住んで80人が働いている」そうです。

高齢者だけに閉じた、姥捨て山的な「ムラ」ではなく、老若男女、多種多様な人たちがともに暮らし、働き、訪れ、交流する「人生100年時代の共生型コミュニティー」を目指しているそうです。

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那須まちづくり広場

田んぼや畑、林が広がる山あいのエリアに、その「町」はあります。JR東北新幹線・新白河駅から車で約15分。「那須まちづくり広場」は、廃校になった栃木県那須町の小学校跡地に作られました。


那須まちづくり広場は那須町の旧朝日小学校の校舎を改修し利用している。外観は懐かしい校舎の雰囲気=栃木県那須町で、元沢写す(以下のページも写真は同)

「朝日小学校」と彫られた石門の先の校庭には、2階建ての住宅棟と、2戸連結した長屋式の平屋がずらり。一部はおしゃれなログハウスです。計49戸のこれらの住宅は、60歳以上の、自立して暮らせる人を対象とした「ひろばの家・那須1」という名の「サ高住」です。広さはワンルームから2LDKまで、約29平方メートル〜66平方メートル。いま第2期工事中で、東側にさらに32戸の平屋を、来年初め完成予定で建設中です。


那須まちづくり広場のホームページ

すでに建っているサ高住のうち、入居が可能な2LDKを見せてもらいました。平屋で、玄関まではスロープ。玄関扉はガラス戸で、もしもの時には外から室内の様子が覗えます。多くの人はまだまだ元気なので、プライバシー保護のため、目隠し代わりのカーテンや暖簾を掛けていました。結果的にどの住戸も個性的な玄関先です。

高齢になった時、マンションや団地では、玄関ドアがどれも似ているために自宅が分からず迷子になるといった「事件」をよく聞きますが、ここではその心配はなさそうです。

「ひろばの家・那須1」の間取り

引き戸の玄関扉を開けると、約一間(1.8メートル)幅の広いエントランス。引き戸の向こうはリビング、奥に寝室。リビングから、洗面所、トイレ、風呂に通じる扉があります。床はフラット、扉は車椅子でも通れる幅と、バリアフリー設計です。トイレには手すりもついていて、車椅子になっても住み続けられます。


「ひろばの家・那須1」の住居内。洗面所、トイレ、洗濯機置き場は一体。トイレの横には手すりがあり、車椅子でも利用できる広さだ

ワンルームから2LDKまでのどのタイプも角部屋なので、3面採光で窓が多く、明るいです。床は無垢材、窓はペアガラス。すべてのタイプで居間は南向き、天井高は3メートルあります。ペットと暮らしてもOKだそうです。

「間取りは、基本的に自由設計です」と、「ひろばの家・那須1」のハウス長、石井悦子さんが説明します。間取り変更にかかる設計・施工費が賄える限りは、間取りを好きに変えられます。南側の掃き出し窓の先にウッドデッキを付けている部屋もあれば、居間に天窓を設置している部屋も。

キッチンは壁付けが標準仕様ですが、アイランド型にしている部屋もあります。石井さん自身も、このサ高住の住人です。昨年、引っ越してきました。間取り変更でキッチンはカウンター式にして、1部屋は自分の趣味の部屋として使っています。

15年分の家賃を前払い、16年目以降は不要

入居者は、入居時に一括して15年分の家賃を前払いする仕組みで、16年目以降の家賃はかかりません。いま募集している第2期の住戸は(間取り変更代を含めず)、ワンルーム29平方メートルから2LDK64平方メートルまでで、1390万円〜3170万円。34平方メートル1DKが1650万円、39平方メートル1LDKが1950万円、49平方メートル2LDKが2350万円といった金額感です。この金額を最初に払ってしまえば、あとは死ぬまで、何歳になっても住み続けられます。その間の月々の利用料は、1人暮らしならサポート費3.3万円と共益費8000円の計4.1万円、夫婦やきょうだい、親子、友人など2人住まいでも計5万7500円しかかかりません。

「サポート費には、サ高住としての安否確認サービスが含まれます」と、石井さん。入居者は毎朝、玄関ドアに「無事」を示すマグネットを貼り出します。石井さんらスタッフは朝、全戸を見回り、マグネットの出ていない部屋がないかどうかを確認します。もしマグネットが出ていなければ、呼び鈴を押して「大丈夫ですか?」と声を掛けます。それでも返答がなければ電話をし、電話にも応答がない場合は、預かっている鍵を開けて部屋に入るそうです。


2025年2月に完成・入居開始する自立型サ高住「ひろばの家・那須1」第2期の入居者を現在、募集中だ=那須まちづくり広場提供

この毎日の安否確認のほか、サポート費には、緊急時の対応、入退院時の病院への同行、初診時の通院サポート、生活相談が含まれています。高齢になって一番困る、病院への付き添いが頼めるのは頼もしいです。もちろん、各部屋には、警備保証会社の通報システムも付いています。でも、通報ボタンを押す間もなく意識を失ったり、倒れた近くにボタンがなくて押せなかったりしても、こうして人が見回りに来てくれるので安心です。自宅で倒れて、誰にも発見されないまま何日も放置される、といった「最悪」の事態は避けられそうです。

自炊もできますが、食事の用意が負担な人向けに、1日3食、提供しています。予約制で別料金がかかりますが、校舎1階のカフェで提供されます。具合の悪い時には自宅まで運んでもらえます。さらに、サ高住の住民は、NPOが運営する巡回送迎車のサブスク付き。予約制ですが、無料で利用できます。毎日3便(2025年からは日に4便に増便予定)、最寄りのJR黒田原駅や新白河駅はもちろん、駅前のスーパーや役場、病院、温泉、映画館、市街地などを巡るルートで運行しています。ほとんどの用事は、このバスで事足りそうです。


自立型サ高住「ひろばの家・那須1」の、募集中住戸(取材当時)の内観。1LDKの部屋だが、無垢の床と3面採光、高い天井のため、広く感じる

このサ高住「ひろばの家・那須1」を運営しているのは、那須まちづくり株式会社です。同社は、ずっと働いてきたシングル女性を対象に、価格設定を考えました。彼女らの年金を月12万円と推計。その年金額でも老後に住宅難民にならないよう、定年までの貯蓄や退職金で支払えて、月々の共益費などの負担も年金で賄える金額に収めるように計画したといいます。

ただ、建設費の上昇で価格も上げざるを得ませんでした。「建築資材と人件費の高騰で、第2期は坪単価が160万円ほどに上がってしまって」と、那須まちづくり株式会社の役員で営業担当の佐々木敏子さん(72)は申し訳なさそうに話します。第1期は坪125万円ほどでした。佐々木さんは、入居希望者への「まちづくり広場」や住居の案内だけでなく、人生設計や資金計画の相談にも乗っています。

価格が上がったとはいえ、この価格なら、大企業の正社員だった女性なら退職金で払えるでしょう。都内で普通の新築マンションを買うのに比べれば数分の1の値段です。那須とはいえ新築でこの値段で、自由設計可なのですから魅力的です。都内のマンション型のサ高住と比べても、同じく60歳で入るなら数分の1の金額でしょう。

自立型の高齢者施設

筆者が取材に行った時には、サ高住の平屋が建ち並んでいるエリアで、押し車を押してゆっくり歩いている高齢女性や、ひとりで散歩をしている高齢男性を見かけました。各戸の玄関まで荷物を届けに走る宅配便の運転手とも、すれ違いました。元小学校の校庭ですから、平坦です。サ高住の住宅棟の間の道はゆったりとカーブを描いて、遊歩道のようです。敷地内は一般車は進入禁止ですから、歩行者は安心して歩けます。もちろん送迎車は、自宅近くに止まってくれます。

60歳から入れるサ高住ですが、実は「その先」が問題です。自立期はいいとして、介護や看護が必要になった時、訪問介護や看護が受けられない地域やサ高住だと、要介護者用の高齢者施設や有料老人ホームに移らなくてはいけません。その点、那須まちづくり広場では、旧校舎内で開業している事業所が、訪問介護サービスと定期巡回サービス、デイサービス、看取りまでも担ってくれます。自宅で風呂に入るのが難しくなったら、週に2、3回のデイサービスで、檜風呂で入浴サービスが受けられます。要介護になったら、自宅にいながら訪問介護と定期巡回のサービスを受けることもできます。


「ひろばの家・那須1」の第1期住居には、東日本大震災後に復興住宅として使われたログハウスを再生利用した住宅もある。家全体が無垢の木で、良い雰囲気

いよいよ自立生活が厳しくなった場合は、要介護者向けのサ高住「ひろばの家・那須2」に移り住むこともできます。こちらはプールを改修した26室、要介護1以上の人向けのサービス付きの住宅です。賃料は月3.3万円。介護保険料を除けば、水道光熱費まで入れても、月に11万円強の利用料です。高い三角屋根の天井で、室内は明るく心地よい空間になっています。スタッフが常駐し、入浴や食事の介助サービスを受けられます。

さらに、短期滞在の利用が可能で終末期にも過ごせる施設「コミュニティ型シェアハウス みとりえ那須」が、隣地に開設しています。将来の看取りまで一気通貫で見てもらえる自立型の高齢者施設は珍しいと言えるでしょう。そのうえ、共同墓地まですでに町内で手配済み。散骨も選べるそうです。至れり尽くせり、これなら、「おひとりさま」でも死後まで安心ですね。

本当の魅力

サ高住の建物として、平屋の自由設計は魅力的ですし、食事宅配や送迎サービスがあるのも、将来の看取りまで託せるのも、安心材料です。でも、このサ高住の本当の魅力は他にあるといいます。旧小学校の敷地全体で、小さなコミュニティーを形成していることです。「町」です。

「人生100年時代の、多世代が共生するコミュニティーのモデルを実現することを目指しました」と、那須まちづくり株式会社の近山恵子代表(75)が話します。高齢者施設は高齢者だけが住み、施設内だけで完結して、施設の外とは切り離されてしまいがちです。ですが、「那須まちづくり広場」では、他の世代のさまざまな人たちも出入りするように、カフェ、店舗、オフィスなど、あえて多様な業態や人を誘致しました。それぞれの施設は、同社のほか、ワーカーズコープなどが運営しています。


『老後の家がありません』(著:元沢賀南子/中央公論新社)

例えば、改修・転換利用された小学校の旧校舎は、駅前再開発でできた複合施設のようです。オーガニックコットンの洋服や小物を売る店舗、コンサートや講演会も開けるホール、グランドピアノや弦楽器が並ぶ音楽工房、月代わりでアートが展示されるギャラリースペース……。広い廊下は、片側に開架式の本棚を並べて図書室に。最近のベストセラーから、大判のアート本、社会学や人文学の専門書まで。地域住民の図書館司書が、ボランティアで選書を担っています。

サ高住の三食を担うカフェは、管理栄養士がメニューを作る家庭料理や、シェフの日替わりランチが人気です。当地に移住してきたパティシエの作るスイーツも提供され、周辺地域から子連れ客やママ友たちもランチやお茶に訪れます。カフェの隣には、自然食品の店「楽校deマルシェ」も。こちらも、近隣からわざわざ買い物に来るほどとか。

校舎内にはほかに、小さな会社のオフィス、デイサービス施設、低家賃の賃貸住宅「ひろばの家・那須3」やゲストハウス「あさひのお宿」もあります。それらの訪問者たちも、カフェやマルシェを利用しています。那須町から借り受けた廃校がまるごと、人を呼び込む「小さな町」になっているのです。これぞ地方創生。「那須まちづくり広場」のこのコンセプトは、近山さんが那須支所長を務める一般社団法人「コミュニティネットワーク協会」とともにプロデュースしました。

那須まちづくり広場の歴史

もともと、近山さんは40年ほど、高齢者住宅のプロデュースに取り組んで来ました。近山さん、佐々木さんと、那須まちづくり広場の広報担当の櫛引順子さん(73)の3人は、この半世紀、仕事や女性運動の活動を共にしてきました。3人は同じ会社で働き、1990年代からは、女性解放運動家の故・小西綾さんと元法政大教授の故・駒尺喜美さんが構想した「友だち村」の実現に協力しました。


かつての小学校のプールを改修した要介護者用のサ高住「ひろばの家・那須2」の内部。プールらしい高い天井が、明るくて気持ちいい。両端に個室が並び、中央部には広い共用スペースがある

「友だち村」構想は、那須まちづくり広場のコンセプトに通じます。血縁ではなく、世代も属性も性別も多様な人たちが一緒に暮らす「村」のようなコミュニティーを作るというもの。高齢者用住宅は、その「村」の中核となる建物です。「友だち村」は2002年に静岡県・伊豆で高齢者住宅を開設し、小西さんと駒尺さんは移住しました。ですが、2003年小西さんが、2007年に駒尺さんが他界。共同体を作る構想は道半ばで止まってしまいました。

そこで近山さんは自分たちの「終の住処」を作ることにしました。最初は北海道や沖縄など、みなが老後に住みたい人気の地方都市も考えたそう。でも結局、遠すぎて現実的じゃないと断念。そんな時、縁あって那須町と出会い、この土地の魅力を感じたと言います。

「まず新幹線で東京から1時間と近い。観光客が年間500万人も来る観光地なので、もともと、よそ者が多い。実際、町民2万5000人のうち半数近くが、外から移住してきた『よそ者』。別荘地なこともあって、住民にアーティストが多い」。アーティストが多い利点は、町に必要なアートを提供してくれるからです。近山さんたちは高齢者向け住宅「ゆいま〜る那須」を2010年に開設し、3人とも入居しました。その後、町が旧朝日小の跡地の再生案を募集すると聞き、「多世代型共生コミュニティー」の企画で応募。近山さんたちの「那須まちづくり広場」案が通りました。


「ひろばの家・那須2」の個室内。窓外に那須の自然が見えて、癒やされる

「那須まちづくり広場」は2018年、カフェとマルシェのある小さな交流拠点から始まりました。最初は4000万円の手持ち資金で、校舎に最低限の改修を施しただけ。全体では、校舎やプールの大改修から平屋のサ高住の新規建設まで、総事業費10億円近い大規模再生プロジェクトでした。幸い国交省の「人生100年時代を支える住まい環境整備モデル事業」から補助金が出ることに。改修費の3分の2にあたる2億3000万円を補助金で賄い、残りは金融機関や個人から融資を受けました。

20年に国交省の地域づくり表彰事業の「小さな拠点部門」で国土交通大臣賞を、22年には総務省の「ふるさとづくり大賞」の団体表彰を、それぞれ受賞しました。「町」は22年に本格オープン、23年にサ高住「ひろばの家・那須1」の1期工事分が完成、入居・運営が始まりました。

最期まで暮らし続けられる「町」

近山さん、佐々木さん、櫛引さんとも、いまも「ゆいま〜る那須」の自宅から、那須まちづくり広場に通勤しています。いっぽう、この間にコミュニティネットワーク協会は、東京都多摩市でのUR団地の再生や、豊島区で空き家を改修して住宅困窮者に提供するプロジェクトなども手がけてきました。

「施設はケアプラス住まいで、ケアが主になる。でも、ここでは住宅が主で、住宅・プラス・ケア。メインは住むこと。人生100年時代の住居を考えた」と、近山さん。那須まちづくり広場という「町」には、就労する職場や、文化的な環境が必須だと言います。「大事なのは文化。アート、音楽、本、映画……そうした文化がないと、日々を楽しめない」。知的活動が満たされて初めて、その場所が住んで良い場所になる。文化が必要なのは若い時だけじゃない、高齢になってからも、文化度はQOL(生活の質)に関わる、と説明します。

そのため、那須まちづくり広場のイベントは、カルチャーセンターを併設しているような充実ぶりです。ほぼ毎日、何かしらの文化教養・娯楽プログラムが催されています。アートギャラリーでの作品展示もあれば、音楽室を使ってのワークショップや演奏会・発表会、健康作りのためのエクササイズ教室や、町の外から専門家を招いての勉強会まで。例えば7月には、若年性認知症の当事者患者を招き、認知症についての勉強会をしました。

そうした講演会は、「町」の外からも聴衆を呼び込みます。高齢者の「町」に他の世代も訪れ、交流や活気をもたらします。しかも、イベントの多くは住民参加型。サ高住などの入居者自ら、手を挙げて、企画を考えたり、展覧会や演奏会を実施したり。


「ひろばの家・那須2」には檜風呂もある。木の良い香りに包まれてリラックス。木の板をうまく使うことで、要介護状態の人も安全に湯船に浸かることができるという

「ここでは高齢者も、働けるうちは、働くことができます。みんな元気なうちは、社会の構成員として週に何時間かでも、働くんです」と近山さん。バリバリの現役営業ウーマンの佐々木さんだけでなく、ほかの入居者たちも、「町」の中に仕事を見つけて働いています。数時間交代で店舗の売り子をしたり、運転手を買って出たり。そうした労働の報酬は地域通貨でやりとりし、互いに出来ることを交換しあって助け合います。

もちろん、「町」の水が合わない人や、事情が変わってしまう人もいます。その場合、サ高住は退去することが可能です。入居時に前納した1千万円以上の前払い家賃から、住んでいた期間の家賃を日割り計算で差し引いて、お金は戻って来ます。第1期の入居者にも、やはり東京がいいと、すでに都内に戻った人もいるそう。こればかりは、住んでみないと分かりませんから。いまサ高住に暮らしているのは、文化的な活動の好きな、シングル女性や夫婦がメイン。もともとの那須町の住民よりも、都内など町外から転居してきた人がほとんどです。

ただし、問題は立地でしょう。家もサービスも魅力的とはいえ、東京から新幹線で片道1時間は距離がありすぎ、往復で1万円以上もかかる新幹線代はバカになりません。都内に仕事などでしょっちゅう行き来する人は大変そうです。もう少し都内に近いエリア、埼玉とか神奈川とか千葉とかの私鉄やJRの急行で1時間程度の郊外に、この那須のような「町」ができれば良いのに――そう思うのは、モトザワだけではないようです。

近山さんは「フランチャイズ化も考えています」と話します。すでに問い合わせや、具体的な相談も来ているそう。それは楽しみです。廃校などの既存施設を活用する那須のスキームなら、どの市区町村でも再現できそうです。退職金で支払えて、年金で住み続けられるサ高住と、最期まで「切れ目なく」暮らし続けられるサービスと文化のある「町」が、いま住んでいる地域にあったら。そうしたら、シングル女性が「老後の家がありません!」と、右往左往しなくてもよくなるでしょう。

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「健康で文化的な」生活

「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」は、主に60歳以上の人が対象の、高齢を理由に「追い出される心配」のない賃貸住宅です。自立高齢者向きと要介護者向きがあり、安否確認サービスが付帯しています。国交省が整備を推進していて、いま全国に約8300棟、計約28万8000戸(2024年6月現在)。「シニアハウス」「高齢者用賃貸住宅」などとして、多くのサ高住が提供されています。

ただ価格もサービスの質や内容もピンキリで、60代で入ろうと思ったら6000万円もしたという話も(連載第14回で紹介しました)。特に、地価が高い都市部では、「富裕層が高級有料老人ホームに入る前に住む賃貸住宅」という位置づけの高額物件も少なくありません。首都圏で安いサ高住を探すと、不便な郊外のバス便とか、エレベーターのない3階建てとか。高齢を理由に退去させられないだけがメリットで、居室も狭く立地も不便で割高な物件も散見されます。


那須まちづくり広場の全体図。旧校舎、校庭、プールが、住居や店舗、オフィスなどに転換利用されている=那須まちづくり広場提供

そんな中、今回紹介した「那須まちづくり広場」のサ高住は、理想的な「終の住まい」と言えるでしょう。60歳から終末期まで、自立から要支援、要介護状態を経て在宅介護や看取りまで。高齢者を最期まで「途切れなく」見続けられるサービスを組み込んでいます。金額的にも「働いてきた単身女性が退職金で買えて、年金で月々の維持費が払える」予算感です。高齢者施設を中心に、多様な世代の人が住み、訪れる「場」が形成されているのも魅力的です。

願わくは、近山さんの構想通り、那須と同じような「町」が、全国に広がりますように。安心して老後を過ごせる「町」は、地域人口を増やし、小さな雇用を生むでしょう。送迎サービスがあれば、車がない高齢者も「引きこもり」にならずに出掛けられるでしょうし、文化や教養娯楽は脳を活性化させるでしょう。楽しい老後ならば、健康寿命が延びて、医療費削減にもつながりそうです。憲法に保障された「健康で文化的な」生活を、老後も国民みなが送れる、そんな明るい未来を、モトザワは切に望みます。

※那須まちづくり広場のサ高住の第2期入居者募集については、以下URLをご参照ください。
https://nasuhiroba.com/house01/