■逃げ場を失ったパレスチナ・ガザ地区の人々

昨年10月7日の軍事攻撃で激化したパレスチナ・イスラエル戦争は、いまだに激しい対立が続いている。世界一の人口密度と言われるガザ地区内は絶え間ない攻撃にさらされ、もはや安全な避難先さえほとんど残されていない。

食料は底を突き、人々は数カ月間も缶詰と小麦粉だけの生活を送っている。医療は多くの病院で機能しておらず、民家のテーブルの上で脚の切断手術を敢行するなど、厳しい状況が迫る。

イスラエル軍は7月27日、ガザ地区の学校を標的にした空爆を実行。ガザが位置するパレスチナ自治区の保健省の発表によると、少なくとも30人が死亡、100人以上が負傷する惨事となった。

写真=EPA/時事通信フォト
2024年7月22日、ガザ地区南部のナセル病院に到着した、ハン・ユニス東部のイスラエル軍の攻撃で負傷したパレスチナ人。同午前中にイスラエル国防軍はテレグラムで、同地区で作戦を開始すると発表、住民に人道的地域であるアル・マワシに移動するよう呼びかけた。 - 写真=EPA/時事通信フォト

フランスの国際ニュースチャンネル「フランス24」によるとイスラエル軍は、この学校は「テロリスト」である武装集団・ハマスの指揮統制センターになっていたと主張している。ハマスはこれを否定し、学校は避難民を収容する野戦病院だったと述べている。

攻撃が行われたのはガザ中央部のデイル・アル・バラフ近くにあるハディージャ学校だ。保健省によると、犠牲者の多くは子供だった。目撃者のムスタファ・ラファティ氏は、英BBCの取材に対し、爆発の衝撃で体が揺れたと語る。彼は恐怖のあまり学校内に駆け込んだと語り、「恐ろしい光景だった」と振り返った。

■SNSで拡散された動画「17歳少女の緊急手術」

ガザの医療状況は非常に厳しく、多くの負傷者が適切な治療を受けられない状況にある。ニューヨーク・タイムズ紙は、現地の整形外科医であるハニ・ベセソ医師を取材している。

ベセソ氏の姪であるアヘドさんは、イスラエル軍の攻撃で足を負傷した。血を流し、泣きわめき、意識が混濁するなか、ベセソ氏が呼ばれたという。重傷だったが物資不足の折、稼働できる手術室も器材もない。

ベセソ氏がやむなく使用したのは、アヘドさんの母親がつい先ほどまでパンを作っていたキッチンテーブルだ。彼はあり合わせの包丁とハサミ、そして縫い糸を手に取ると、アヘドさんの脚をテーブルに横たえ、そして切断した。

米CNNの別記事よると、アヘドさんはまだ17歳の若さだ。器具も医薬もないなか、即席手術の激痛に耐えた。「麻酔などありませんでした。聖書を暗唱し、心を鎮めました」と彼女は語る。

即席の手術は、感染症のリスクが高い。だが、ガザの医療システムは限界に達しており、これがベセソ氏にできる精一杯の治療だった。ガザでは多くの病院が完全に機能停止しており、麻酔や抗生物質などの供給も不足しているという。

国際救助委員会のシーマ・ジラニ博士は、ニューヨーク・タイムズ紙に対し、ガザの状況を「地獄のような光景」と表現している。火傷を負って足を失った6歳の少年や、手足を失い血を吐いている1歳の幼児の様子を、彼女は目の当たりにした。「これ以上に緊急を要するケースがあるとは到底想像できません」と、現地の差し迫った状況を語る。

このようにガザ地区の人道危機は、極めて深刻だ。多くの人々が重傷を負い、医療システムが機能していれば防げたであろう感染症によっても被害が拡大している。国際社会からの支援が求められているが、現状では十分な支援が届いていない状況だ。

■人口の96%が食糧危機の状態にある

食料も足りない。ガザ地区の人道危機の中でも、特に深刻な問題となっているのが飢餓問題だ。住民の多くが食糧不足に苦しんでおり、子供たちが栄養失調で命を落とすケースも増えている。

ガザで育児をする30歳女性のダイアナ・ハララさんは、国連組織から派生した人道NPOメディアの「ニュー・ヒューマニタリアン」に対し、「私たちが経験していることを表すのに、『飢饉』以上の言葉が見つかりません」と語る。

ハララさんは、「小麦粉と缶詰の食料しかなく、それも支援物資としてかろうじて手に入る状況です。支援は不定期ですし、量も多くはありません」と語る。彼女の一家は、昨年10月7日にハマスが攻撃を仕掛けて以来、9回も強制的に移動させられたという。やっと手に入れた貴重な食料さえ、避難のたびに置いて行かざるを得ない。

ガザ地区のハン・ユニスに住む62歳のナイーマ・アル=アシュールさんは、「私たちはほぼ1年間、缶詰の食料で生活しています。これ以上どれだけ続けられるか分かりません」と語った。彼女の家族は、子供や孫も含め15人の大所帯だ。別の母親は、清潔な水すらなく、みな1日1食から2食でしのいでいると語る。

CNNによると、国連の専門家グループは、食糧不足は「イスラエルの意図的かつ標的を絞った飢餓キャンペーン」によるものだと断定している。専門家らは、「パレスチナ人に対するジェノサイド的な暴力の一形態であり、ガザ全体で飢饉を引き起こしている」と批判した。

ガザの食料状況を分析した『統合食料安全保障段階分類(IPC)報告書』(PDF)によると、ガザの人口の96%が、5段階中3番目に深刻な「危機」レベル以上の食料不安に直面している。また、50万人近くが5段階中最も深刻な「飢饉/大災害」の状況にあるという。イスラエルの軍事作戦と封鎖が続く中で、ガザ地区の人々は、生きるため食糧を入手しようと必死だ。

■1発のミサイルで、14人の家族・親戚をすべて失った

攻撃により、家族を失う人々が絶えない。

米NGO「ANERA」でプログラムオフィサーを務めるスアド・ルッバードさんは、ガザ地区北部のテル・アル・ハワに住んでいた。だが、昨年10月7日、彼女の生活は一瞬にして破壊された。

英ガーディアン紙によるとこの日、イスラエル軍が反撃として放ったミサイルが、彼女の姉の家を直撃。14人の家族や親戚を一度に失ったという。ルッバードさんの姉、姉の夫、姉の息子とその家族、姉の娘とその家族、そして姉にいたもう一人の娘が犠牲となった。

ルッバードさんはその後、避難のためガザ地区内を転々とした。彼女は現在、ハン・ユニスで食料配給の責任者として働いているが、生活は非常に厳しい。テント生活を余儀なくされ、暑さや湿気、砂、虫に悩まされている。水は塩辛く、電気もインターネットもないという。

こうした不意の攻撃は、たとえ妊婦であろうと容赦なく降りかかる。フランス24は、ガザ南部のハン・ユニスで避難生活を送っていたショルークさんの事例を取り上げている。

■避難中に帝王切開で出産した母親の嘆き

ショルークさんは戦闘の激化を受け、ハン・ユニスからラファへと逃れた。妊娠中の身で避難し、移転先のラファでは帝王切開で出産したが、翌日には再び避難を余儀なくされたという。

「4つの病院を巡りましたが、どこも(帝王切開の)縫合糸を抜糸できる状態ではありませんでした。結局のところ母が糸を抜いてくれたんです」と彼女は語る。産後ケアを受けることはできず、赤ちゃんの健康状態も悪化している。水の衛生状態が悪く、赤ちゃんは腸内の寄生虫に苦しんでいるという。

また、ショルークさんは、「私たちのアパートは完全に破壊されたと聞きました。今、私たちには娘以外、この世に何も残っていないのです」と語る。

2023年10月8日、ガザ市でイスラエルの空爆により破壊されたアル・アクルーク・タワーの廃墟を視察するパレスチナ人(写真=WAFA/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

ソーシャルメディアのXに投稿された動画は、彼女の生活の変化を物語る。以前、彼女の住居のリビングルームは、快適なソファやティーセットが備わる憩いの空間だった。動画でカットが切り替わると、画面をがれきの山が埋め尽くしている。攻撃の前後で同じ場所を映した映像だ。ソファは跡形もなく、キッチンの扉はひしゃげ、天井からはコードが垂れている。

「子供のためにと、衣服やおもちゃを探して、ていねいに拾い上げました。何もかも破壊されたのです」と彼女は言う。

■ガザ地区の86%が危険地帯になっている

ガザの住民たちはもはや、避難場所を見つけることさえ困難だ。国連のパレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のフィリップ・ラザリーニ長官は、「ガザ地区の86%がイスラエル軍の避難命令下にある」と述べている。

安全と言える場所はほとんどなく、来る日も来る日も別の場所への避難命令が出される。避難民のモハメド・ナセララさんは、アルジャジーラの取材に、「北から避難してきました。中央ガザに行けと言われ、ラファに行きましたが、今度はまた戻ってヌセイラート行きです。そこで逃げ場を失い、さらに南のアル・マワシに移動するよう指示されました」と語る。

イスラエル軍の攻撃により、ガザの都市環境は失われた。米ビジネス・インサイダーは、「不規則で入り組んだ、複雑な視覚環境」となっており、もはやイスラエル軍の地上部隊さえ、攻撃目標を正確に特定するのが難しくなっていると報じている。

道路網は寸断され、イスラエル軍自身の進軍にも支障をきたすほどだ。英シンクタンクの王立統合サービス研究所(RUSI)の陸戦専門家たちは、「イスラエル国防軍は戦闘初期には迅速な進展を見せたが、瓦礫による複数の問題に直面している」と述べている。

2023年10月、アル・アクサ・フラッド作戦の余波によるイスラエル軍の空爆で破壊されたガザ市のリマル地区(写真=WAFA/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

■32日間の拘束、殴打され続けた住民も

劣悪な生活環境が続くなか、さらには市民への拷問が問題となっている。

ワシントン・ポスト紙によるとイスラエル政府は、ガザから約4000人のパレスチナ人を拘束し、そのうち1500人を証拠不十分で釈放したと発表している。

拷問の中心地とされるのが、イスラエルのスデ・テイマン軍事基地だ。ガザ地区から捕らえられたパレスチナ人を拘留する施設として知られる。

ニューヨーク・タイムズ紙は、この基地では数千人のガザ人が目隠しをされ、手錠をかけられた状態で拘束されていると報じる。弁護士や家族と連絡を取ることさえできず、数週間にわたって外部との接触を絶たれているという。

元拘留者の証言によれば、スデ・テイマン基地では、殴打などの虐待が横行している。救急車の運転手であるムハンマド・アル=クルディさんは32日間拘束され、殴打を受け続けたと証言している。法学生のファディ・バクルさんも、イスラエル兵に捕らえられた。裸にされ、携帯電話と貯金通帳を没収され、繰り返し殴打されたと振り返る。

同紙はまた、イスラエルの国内情報機関であるシン・ベトが、拘留者に電気ショックの拷問を行っていると報じている。トラック運転手のイブラヒム・シャヒーンさんの証言によると、電気椅子に座らされ、数回にわたり拷問を受けた。

一方、イスラエル政府は、スデ・テイマン基地での「体系的な虐待」を否定し、こうした証言については「明らかに不正確、または完全に無根拠」だとして否定している。

■「完全なる不道徳」に目を閉ざしてはならない

英ガーディアン紙のコラムニストであるネスリン・マリク氏は、ガザ地区の人道危機において、「完全なる不道徳の時代」が到来したと論じる。

難民キャンプのある南部ラファへの攻撃を停止するよう、国際司法裁判所(ICJ)がイスラエルに求めるなど、ガザの人道危機を解決する国際的な試みは幾度となく行われてきた。だが、そのどれを以てしても停戦に至ることはなかった。

ガザでの地上活動に備えるイスラエル国防軍兵士たち(写真=テレグラムの投稿より/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

食糧危機や医療崩壊で基本的人権が脅かされるなか、繰り返し報じられるガザの状況はもはや日常的となり、国際社会の無関心が広がっている。これが「完全なる不道徳の時代」の到来であるとマリク氏は言う。

イスラエル軍による絶え間ない攻撃と地区封鎖により、ガザの住民は医療と食糧を失い、日常を破壊された。医療システムは崩壊し、負傷者は適切な治療を受けられず、感染症が蔓延している。食糧不足も深刻で、多くの家庭が飢餓に苦しみ、子供たちが栄養失調で命を落としている。

各紙が報じる具体的な事例は、顔の見える戦争被害者の実例として、穏やかだった日常がいかにひどく破壊されたかを私たちに語りかける。今日この瞬間、飲み水すら満足に確保できず苦しんでいる人々がガザにはいることを、私たちは忘れてはならない。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)