佐久間宣行さんと板倉俊之さん(写真:NOBROCK TV公式Xより引用)

『佐久間宣行のずるい仕事術』でも知られる人気プロデューサー・佐久間宣行さん。2021年にテレビ東京から独立して、現在は地上波各局やネット配信サービスの番組制作、YouTubeチャンネル『佐久間宣行のNOBROCK TV』の運営など、活躍の場を大きく広げています。

佐久間さんの手がけた企画を見ていると、数々の芸人さんが他では見せていなかった面白さや魅力を巧みに引き出しているなと思います。そして、これは、企業における人材育成の大きな参考になると感じました。

そこで本記事では、今の日本社会における人材育成の課題についてまずお話ししたうえで、課題解決のヒントを佐久間さんの例から探っていきたいと思います。

経営課題となるタレントマネジメント論

日本企業において「人的資本に応じて、いかに経営を行うか」は永遠のテーマです。そのなかでも、企業が人材をどうやって生かすかを考える際に参考となるのが「タレントマネジメント論」です。

タレントマネジメント論とは、社内の人材を“タレント”として見立てたうえで、その才能や個性をいかに開花させて企業の成長や革新につなげていくか、育成や戦略的な人事を行うための考え方や理論です。

旧来型の人材育成では、「適者生存」。つまり会社の中で一握りであるトップ層を目指すよう、社員たちを競わせていました。これでは、競争レースから脱落してしまった人材は放置されてしまい、なおざりになってしまいます。

会社を成長させるためには、適者生存ではない「適者開発」型の人材育成が必要なのではないかと思います。個々人の社員の資質や才能を把握したうえで、その人のよさを引き出し、開発していくような仕組みや機会を作っていくことです。

多様性を受け入れ、個を生かすマネジメント

佐久間さんは、まさに芸人やタレントを起用する際に、それぞれの強みを生かしており、人材育成の観点で参考になる部分が大いにあります。

お笑いの世界では、全員が全員「M-1グランプリで優勝」など、お笑い芸人の頂点に立ちたいという話でもありません。また、頂点に立った人ばかりが売れる、番組に出れるというわけでもないでしょう。それぞれの芸風や個性、持ち味を生かしながら、どう社会で受け入れられるようにしていくのかが、プロデューサーの大事な役目だと思います。

例えば、『はねるのトびら』『エンタの神様』などで人気になったインパルスの板倉俊之さん。かつてコント師としてコンビで注目を浴びたものの、相方・堤下敦さんの度重なる不祥事で、板倉さん単独での活動が中心になりました。

そんな中で2018年から始まったのが、佐久間さんがプロデューサーを務める『ゴッドタン』(テレビ東京系)内の企画、「腐り芸人セラピー」です。


『ゴッドタン』(写真:『ゴッドタン』公式サイトより引用)

「腐り芸人」とは、お笑いに高い志を持ちながらも、現代のバラエティで求められていることに合わせられず、周囲とうまく折り合いをつけられずに、孤独に腐ってしまった芸人のこと。

そんな「腐り芸人」に対して、板倉さんと、平成ノブシコブシの徳井健太さん、ハライチの岩井勇気さん扮する「腐り芸人三銃士」がセラピストになって、芸人にダメ出しやアドバイスをします。

相談者も、そしてセラピストである三銃士でさえも、周囲に対する嫉妬や、屈折した思いを隠さずに、率直な胸の内や世の中への怒りを語ります。嘘のない本音をさらけ出したからこそ、この企画は多くの視聴者の心に刺さりました。

自分の可能性に気づく「機会」をつくる

腐り芸人セラピーのことを、板倉さんは雑誌『SWITCH』で以下のように語っています。

“声がかかったのはちょうどインパルスという船の底に穴が開いていると感じていた頃で。このまま沈没するんだったら、積んでる爆弾全部ぶっ放してから沈んでやろうと思ってた時にオファーが来たので、佐久間さん超能力でもあるのかなって。汲み取れるはずのない心の内を汲み取ってくれたなと思いましたね。で、本番で爆弾をぶっ放しまくったら船が軽くなって、今もまだ浮いてるって状態になりました”(『SWITCH Vol.42 No.5 特集 佐久間宣行のインプット&アウトプット』2024年4月20日発売号より引用)


佐久間さんが特集されたSWITCH(写真:編集部撮影)

腐り芸人の企画のすごさは、板倉さんの「天才的な職人気質を持つ芸人」といった世間の印象以外に、自虐的な部分など、どこか共感できる部分を引き出し、適切なプロデュースで今までとは違う側面を見せたという部分だと思います。人の持つ弱点や欠点さえも、佐久間さんは面白がって笑いに昇華しているのです。

佐久間さんは、板倉さんの新たな魅力を引き出す一方で、もともと板倉さんが強みとしている、巧みなコメント力も打ち出す演出をしています。

『NOBROCK TV』内の『操り師板倉先生 操りドッキリ』シリーズは、板倉さんがアイドルや女優に遠隔指示を出して、芸人の前でボケてもらうドッキリ企画。“操り師板倉先生”としてこちらでも新たな面白さを発揮しています。


操り師板倉先生が話題のNOBROCK TVの企画(写真:『NOBROCK TV』公式サイトより引用)

現在上がっている14本の動画はどれも再生回数が高く、グラビアアイドルの風吹ケイさんが登場した「第3回エステしないエステティシャン選手権」は、再生回数が400万を突破しています(2024年7月下旬時点)。

板倉さんの例からは、佐久間さんの人材開発が、人を“未熟”と捉えて、指導したり変えたりしようとするのではなく、その人がもともと持っていた個性や魅力を生かす、可能性を見いだすことであり、「可能性(ポテンシャル)の解放」なのだと学ぶことができます。

共通のビジョンを持ったうえで、共に成長する

また人材育成の観点では、部下に機会を与えることも大事な点です。それは単純にただ負荷のかかる機会を渡して修羅場を乗り越えさせればいいというものではありません。その人にあった適切な機会を与えて、成長させるのが大事なポイントです。

そのうえで重要なのが、なぜこの機会を与えるのかを、きちんと伝える点です。佐久間さんも「この仕事が何につながっているのか」を演者に対してしっかり共有すると、著書や数々のインタビューで語っています。

“なぜこの仕事に取り組むのか。なにを目指しているのか。なにが面白いのか。成功したらどんなことが起こるのか。こうした「なぜ」の説明が腑に落ちないと、人はアクセルを踏み切れない。(中略)リーダーの目標をチームの目標として共有できていないときは、ほぼから回る。そんなときはもう一度、「なぜ」、「どこに行きたいのか」の説明に言葉を尽くそう”(『佐久間宣行のずるい仕事術』P132〜133より)

重要なのはただ機会を渡すだけではなく、どのような意味づけで機会を用意するのかと、相手がそれを生かせるように適切なタイミングで並走していくことです。

後編となる次回の記事(7月31日配信)では、引き続き佐久間さんの人材開発術について考えてまいります。

(構成:横田ちえ)


参考文献
佐久間宣行『佐久間宣行のずるい仕事術』,ダイヤモンド社
『SWITCH Vol.42 No.5 特集 佐久間宣行のインプット&アウトプット』2024年4月20日発売号)

(ミナベトモミ : MIMIGURI 代表取締役Co-CEO)