帝人の子会社のインフォコムが展開する「めちゃコミック」は女性コミックを強みとする(写真は上が今井康一撮影、下は編集部撮影)

帝人は6月18日、子会社で電子コミック配信サービス「めちゃコミック」(めちゃコミ)を展開するインフォコムを売却すると発表した。アメリカの投資ファンド、ブラックストーンが総額2757億円で全株を取得する。インフォコムは東証プライム市場から上場廃止となる見通し。

ブラックストーンは7月31日まで1株6060円でTOB(株式公開買い付け)を実施。帝人TOB後に行われるインフォコムの自己株買いに対し、約58%保有する全株を売却する。

その際の売却額1株4231円は、TOBに応じた場合の税引き後の手取り額と同じになるように算出された。帝人は簿価を差し引いた売却益として1050億円を計上する見込みだ。

めちゃコミの成長で親子間に距離

インフォコムは日商岩井(現・双日)と帝人のITサービス部門が合併、帝人子会社となり2004年に当時のジャスダック市場に上場した。2006年開始のめちゃコミが成長し、群雄割拠の電子コミックサービスの中で上位グループの一角を占めるまでになった。

門外漢だった電子コミックサービスで急成長できたのは、インフォコムの技術力にある。スマートフォンの画面をスワイプしてサクサク読める操作性、オススメ作品や販促施策などネット企業ならではのノウハウを強みに、30〜40代女性を中心とした会員を獲得して成長してきた。

インフォコムの2023年度の営業利益97.8億円のうち、電子コミック関連が75.4億円と大半を占めた。子会社のアムタスでは編集部が漫画家志望を集め、育成支援を行っている。ドラマ化されるオリジナル作品も複数生まれ、IP(知的財産)創出に力を入れている。

一見すると、帝人とはシナジーの薄い親子関係だが、「ヘルスケア領域で連携することで成長できた」(インフォコム)。

インフォコムのもう1つの事業の柱はITサービスの外販だ。中でも病院向けシステムを手掛けるヘルスケア事業は電子コミックに次ぐ安定した収益で、帝人から役員や社員が送り込まれてきた。

しかし電子コミック分野のシナジーは皆無。帝人グループ2万1000人超の社員がめちゃコミの会員になるわけでもなく、社員割引が適用されるわけでもない。インフォコムの電子コミック事業が成長するほど、帝人との距離は開くばかりだった。

一方の帝人は、業績悪化にあえぐ。2023年度は約1兆円の売上高に対し、本業の稼ぎである営業利益は135億円だった。インフォコムの営業利益97億円を差し引くと、帝人の稼ぎはわずか38億円となる。

自動車関連や医薬で起きた誤算

ここまで収益が低下した要因は主に2つある。1つ目はマテリアル事業の赤字転落だ。

タイヤの補強材などに使われるアラミド繊維や、EV(電気自動車)市場での成長を狙った自動車向けの複合成形材料が低迷。2017年にアメリカの複合成形材料メーカーを約840億円で買収して自動車向けに力を入れてきたが、事業売却の可能性も含めて検討を進めている最中だ。

2つ目は、ヘルスケア事業の収益悪化。痛風治療薬「フェブリク」が2022年度に特許切れとなりシェアが急降下。2021年に武田薬品工業から糖尿病薬を買収したが、補完するには至らなかった。2021年度に432億円だったヘルスケアの営業利益は、2023年度に73億円まで落ち込んでいる。

実は帝人は2022年7月に、インフォコムに株売却を持ち掛けている。持ち株比率約34%を維持しつつ、残りを売却する方針だった。同年10月に帝人の業績悪化を理由に見送ったが、インフォコム株を継続保有する方針は不変だった。

風向きが変わったのは2023年9月。帝人が全株売却の方針に転換した。ただ、インフォコムは上場廃止となることを問題視。紆余曲折の末に今回の買収スキームに落ち着き、ブラックストーンの元で再上場を目指す方針を掲げることとなった。

上場廃止から2年間は、電子コミックとITサービスの事業分割を禁止する条件が付けられている。ファンドによる組織の解体を回避する意向が見て取れる。

ブラックストーンへの全株売却の発表と同時に、帝人は2024年度の業績予想修正を行った。営業利益は期初計画の260億円から160億円へ下がる見通しだ。インフォコムの稼ぎ分がなくなる影響はそれだけ大きい。発表翌日、帝人の株価は下落した。


成長したのはいいが手に余る存在に

「将来を考えた場合、帝人グループとして競合が厳しい電子コミックにリソースを使っていいのかを考えた」。同社のIR担当はそう話す。

5月の決算説明会で内川哲茂社長が、「現在の経営状況では潤沢に資金を使えるわけではない。ポートフォリオ変革を検討している」と語っていたように、現在の帝人は事業の取捨選択が必要な局面だ。電子コミック事業が主力事業と肩を並べる規模まで成長したことが、売却を決断するに至ったというのが実情のようだ。

決算と同時に発表された中期経営計画では、「アラミド」「複合成形材料」「ヘルスケア」の3つの問題事業への対応策が中心だった。成長投資の基本戦略では、自動車、インフラ、ヘルスケアを掲げる。

稼ぎ頭である繊維事業は安定しているが、大きな成長は見込みにくい。第2の柱だったITではインフォコムの売却を決めた。今後の成長を目指すには、問題部門にメスを入れながら事業構造を変えるしかない。そのために“虎の子”事業の売却で得る資金1050億円を投じることになる。

(前田 佳子 : 東洋経済 記者)