「WASP-76b」は、最も研究されているホットジュピターの1つであり、金属鉄の雨が降るような極端な環境があると推定されています。しかし、観測データの全てを科学的に解釈できているわけではなく、多くの謎も残されています。


ポルト大学のOlivier Demangeon氏などの研究チームは、WASP-76bにおける謎の1つである、「ターミネーターゾーン(昼側と夜側の境目)」における反射光の非対称性について研究を行いました。その結果、WASP-76bでは「光輪」と呼ばれる大気現象が発生しているかもしれないというユニークな結果が得られました。もしもこの結果が正しい場合、WASP-76bは光輪の発生が確認された初の太陽系外惑星になります。


【▲ 図1: WASP-76bで発生している光輪の想像図。(Credit: ESA & ATG)】

■極端な気象現象が捉えられている太陽系外惑星「WASP-76b」

地球から見て「うお座」の方向に約640光年離れた位置にある太陽系外惑星「WASP-76b」は、最も研究されているホットジュピターの1つです。恒星の「WASP-76」からわずか約500万kmしか離れていない軌道を約1.8日周期で公転しているWASP-76bは、常に同じ面を恒星に向けている同期回転(潮汐ロック)の状態になっていると考えられています。


【▲ 図2: WASP-76bのターミネーターゾーンでは金属鉄の雨が降っていると考えられています。(Credit: ESO, M. Kornmesser & L. Calçada)】

このため、WASP-76bの昼側と夜側では1000℃以上の気温差が生じているだけでなく(※1)、昼側から夜側に向かう猛烈な大気の流れがあると考えられています。この激しい気象現象によって、昼側で蒸発した金属鉄が大気の流れに乗り、ターミネーターゾーンで凝結することで “鉄の雨” が降っていると推定されています。太陽系では決して見られないこの気象現象は、全くの憶測で考案されたものではなく、多くの観測データを統合して得られたものです。


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ただし、まだ適切な解釈が与えられていない観測データもあります。その1つがターミネーターゾーンの明るさの違いです。本来、ターミネーターゾーンの明るさはどの場所を見ても同じはずです。しかし実際には、WASP-76bでは東半球のターミネーターゾーンのほうが西半球のターミネーターゾーンよりも明るいという違いがあることが分かりました。従来の研究で使われる惑星の大気循環モデルでは、この差を説明することができません。


※1…WASP-76bの昼側の気温は、観測値では約2200℃(2500±200K)です。しかし、ターミネーターゾーンで鉄の雨が降っているという推定の元となった中性鉄(イオン化していない鉄原子)の存在度を説明するためには、昼側では2400℃以上、夜側では1400℃以下の気温が必要となります。


■WASP-76bでは「光輪」が発生している可能性を発見!

Demangeon氏らの研究チームは、WASP-76bのターミネーターゾーンの明るさの違いについて、ESA(欧州宇宙機関)とSSO(スイス宇宙局)が打ち上げた宇宙望遠鏡「CHEOPS(ケオプス)」での観測データを使用した研究を行いました。CHEOPSは2020年からの3年間でWASP-76bの観測を合計23回行っています。また、研究チームはCHEOPSの観測データと他の宇宙望遠鏡(「TESS」「ハッブル」「スピッツァー」)の観測データを比較することで、WASP-76bから来る反射光の光学的性質について正確な分析を行いました。


その結果、東半球のターミネーターゾーンから来る反射光には、特定の狭い方向かつ非常に狭い範囲から来たものが含まれていることが分かりました。つまり、東側のターミネーターゾーンでは、局所的に光が増すような大気現象が起きていることになります。


このような光学的現象は地球でも起きており、「光輪(グローリー)」と呼ばれています。光輪は虹色の円が何重にも重なっていて、一見すると虹に似ています。しかし、生じるメカニズムはそれぞれ異なっており、光輪と虹は別の現象です(※2)。また、地球で光輪が観測される時は、光輪がしばしば観察者自身の影を囲っている状態で発生します。光輪と影がセットになったものは「ブロッケン現象」と呼ばれます。


【▲ 図3: 地球で発生している光輪を捉えた衛星画像。(Credit: NASA Earth Observatory image by Joshua Stevens, using MODIS data from LANCE/EOSDIS Rapid Response)】

光輪はこれまで地球と金星(※3)で観測されていますが、今回の研究が正しければ、WASP-76bは光輪の発生が確認された初の太陽系外惑星となります。光輪として観測される光は非常に狭い角度に集中するため、WASP-76bとCHEOPSが完璧な配置で並び、かつ光輪が発生する大気条件が揃わなければ観測できないため、これまで他の太陽系外惑星で観測されたことがなくても無理のないことです。


※2…一般的な虹は水滴の内部で屈折・反射した光が色(波長)ごとに分解されることで生じます。これに対し、光輪は虹が生じる時よりもずっと小さな水滴で発生し、より複雑な現象(水滴の近くを通過する光で生じるトンネル効果と干渉)によって発生すると考えられています。


※3…金星の大気には水がほとんど含まれていないため、金星の光輪は地球とは別のメカニズムで生じているはずです。金星大気には硫酸が豊富に含まれていますが、純粋な硫酸では観測された現象を説明できないと考えられています。硫酸の滴の中心部に塩化鉄が含まれているか、あるいは滴の外側を単体の硫黄の殻が覆っていることで生じるとする説があるものの、詳細は判明していません。


■光輪が発生するメカニズムは不明

地球では光輪の発生は珍しく、そのうえ短時間で終わってしまいます。CHEOPSによるWASP-76bの観測期間は短いため、高い頻度で光輪を観測するには、光輪が発生する大気条件が長期間維持されているか、あるいは高頻度で揃っている必要があります。しかし、WASP-76bで光輪が発生するメカニズムの詳細はほとんど判明していません。


地球の光輪は大気中の水滴によって発生します。鉄も蒸発するWASP-76bの大気中に水滴があるとは考えられませんが、前述のように金属鉄が雨として降っているとすれば、水滴ならぬ “鉄滴” が光輪の発生に関与している可能性があります。ただし、高温のWASP-76bではもっと複雑な大気化学現象が想定されるため、Demangeon氏らはそれほど単純ではないと考えています。高温で蒸発する物質(※4)がいくつか候補として挙げられてますが、今のところどれが正しいのかはわかりません。


また、CHEOPSの観測データの解釈について、光輪以外で説明できる可能性も残されています。WASP-76bで光輪が発生しているかどうかを確定するためには、より多くの観測結果が必要です。WASP-76bが真の意味で光輪の発生が確認された初の太陽系外惑星となるか、それとも否定されるのかがはっきりするまでには、もう少し時間がかかるでしょう。


※4…金属鉄の他に、二酸化チタン(TiO2)、酸化アルミニウム(Al2O3)、チタン酸カルシウム(CaTiO3)、硫化鉄(FeS)が候補に挙げられています。


 


Source


Monika Lendl & David Ehrenreich. “CHEOPS détecte un «arc-en-ciel» sur une exoplanète”.(Université de Genève)O. D. S. Demangeon, et al. “Asymmetry in the atmosphere of the ultra-hot Jupiter WASP-76 b”. (Astronomy & Astrophysics)W. J. Markiewicz, et al. “Glory on Venus cloud tops and the unknown UV absorber”. (Icarus)

文/彩恵りり