「死ぬまでこの体型を維持したい」声優・伊東健人が語る日々のコンディショニングと業界の転換点「声優個人に興味を持ってもらえる時代は終わる」
声優・伊東健人インタビュー 後編(全2回)
声優・アーティストとしてマルチな才能を発揮 photo by Matsubayashi Kanta
『【推しの子】』や『アイドルマスター SideM』など、数々の話題作に出演している人気声優・伊東健人。今年リリースした5thデジタルシングル『My Factor』は自身初のアニメタイアップとなり、3月27日には2nd EP『咲音(サイン)』が発売されるなど、歌手としても活躍の場を広げている。近年は積極的にボディメイクにも取り組み、声優としてのコンディショニングも欠かさない。
インタビュー後編では、ソロアーティスト・伊東健人にもフォーカスしながら、多忙ななかでも仕事のパフォーマンスを落とさないためのセルフマネジメント術や、声優業界の今昔、そして未来について語ってもらった。
前編「伊東健人が語る声優になるまでと、ほぼ毎日というトレーニング内容」>>
【声優と歌手、どちらかが疎かになるような中途半端なことはしたくない】──2022年からはソロアーティストとしても活動されていますが、きっかけは何だったのでしょうか?
「その年は声優デビューから10年目という節目の年でしたし、もともと(ユニットなどで)アーティスト活動はしていたので、より音楽と向き合おうとソロとしての歌手デビューを決断しました。ですが、正直に言うと最初にお話をいただいた時はすごく迷ったんです。
歌手活動をするということは、契約したレーベル側での稼働も増えるので、声優としての時間が減ってしまうかもしれない。逆に、楽曲を1度出したあと、演技の仕事に時間を費やしたがために、リリースが1年でも滞れば「あれ、あの人いま何してるんだろう?」と、せっかく歌手としての僕を応援してくれるファンが離れてしまう。
どちらかに偏り、どちらかが疎かになるような中途半端なことはしたくなかったんです。ですので、僕のほうから提案を持ちかけました。まず大前提として"僕は声優です。歌手活動が本業に還元されなければソロアーティストデビューする意味はない"という考えがあります。ですからアニメやゲームのタイアップなど、できるだけ"声優業につながる形づくりをしてほしい"という思いを伝えました。
すごく自分勝手な意見かもしれません。しかし、それまで10年間、声優として育ててもらったスタッフやファンに恩返しをしたかった。そういう意味でも、譲れないものがあればしっかりとお話しさせていただきました。関係者の方々からは「それでやりましょう」と言ってもらえたので、本当に感謝の気持ちでいっぱいです」
──5thデジタルシングル『My Factor』は初のアニメタイアップとなり、思いが実った形となりました。歌手・伊東健人として意識していることがあれば教えてください。
「楽曲によって、意識の仕方はさまざまです。そもそもアーティストとして歌う機会の大半はキャラクターソング。自分の意思や感情を込めるのではなく、そのキャラクターの性格や立ち位置をしっかり理解し、役になりきって歌うことが多いんです。すでに原作者や脚本家、デザイナーといった多くの人たちによって世界観が形成されているわけですから。声優という仕事柄、自分の想いを乗せて言葉を発することはほとんどないんですよ。
ですから、"伊東健人"として歌う際は、はたから見るとあまり変わっていないように映るかもしれませんが、キャラクターを背負っている時と比べて身も心も180度違います。自分はどう思ったのか、何をしたいのか。自問自答しながらゼロから構築し、伊東健人としての世界観を生み出していく。いろいろな表現の仕方を模索してようやく、楽曲を披露するまでに至ります。
それに加えて、最近は"想像の余地を残す"歌い方にしています。歌の主役は歌い手ではなく、聴く人。楽曲は聴く人がいてはじめて完成するものだと僕は思っているんです。自分が歌って終わりじゃなく、リスナーに届いた時に、それぞれの想像の広がりのなかで、いろんな形の受け止められ方をして、歌は完結する。その意識で歌うことを、今はすごく大切にしていますね」
【声優ならではの"職業病"とは】──声優と歌手の両立によってさらに忙しくされていると思います。前編ではボディメイクについても触れましたが、コンディション調整には気をつかわれているのではありませんか?
「そうですね。やはり声優といえども体が資本です。体調の良し悪しが声にあらわれることもありますから。人前に出る機会も増えてきているので、昔よりも今のほうが気をつけるようになったと思います」
──食事管理などについてはどうでしょう。
「基本的なことでしたら、気をつけている部分はあります。17時以降は炭水化物を摂り過ぎないようにするだとか、もう少し野菜を食べようとか。そこまでシビアにはやっていません。でも、半年に1回ぐらいの頻度でファスティングはやりますね。食べ過ぎたり、飲み過ぎたり、鏡を見て「ちょっとたるんできたかな...」と感じた時に実行します。
ファスティングの期間としては1週間くらい。最初の2、3日をかけて固形物を減らしていき、1、2日は完全断食、そしてまた2、3日かけて復帰食を入れつつ徐々に通常の食事に戻していきます。リバウンドのリスクもあるので、気をつけながら無理のない範囲で行なっています」
──テレビやYouTubeなどで声優さんを見かけても、体型の維持だったり、しっかりとした自己管理をされている印象が強いです。
「そこに関しては、声優それぞれに正義があると思っていて。自分の身体を楽器と捉えると、どんな音を出したいのかによって、もう少し体を大きくしたほうがいいのか、あるいは絞ったほうがいいのか、というのは変わってくると思うんです。
オペラ歌手も"肉体が自分の楽器"であることをよく話していますよね。目指している役柄だったり、声質にもよるとは思うんですけど、声優によって理想の声を出すための体づくりはしているのではないでしょうか」
──ということは、筋トレをされている声優さんは多いのですか?
「多いですね。流行りなのかな。でも、よく言われるんですよ。『男性声優って、多少売れると筋トレ始めるよね』って(笑)。さすがにそこは否定したいですね。普段なかなか運動できないから、将来のことを考えてトレーニングを始めているので。
これは余談なんですけど、最近お医者さんに診察してもらった時に、声優ならではの職業病があることに気づいたんです。声優って、アフレコ中に台本を持つことが多いんですけど、僕の場合は左手で台本を持つので、左肩が前に出るんです。そうすると、体がバランスを取ろうとして自然と右側の骨盤が前に出てしまう。仕事中の姿勢の癖が、巻き肩と骨盤が歪む原因になっていたんです。
しっかり治したいので、今後はそういうところも気をつけてトレーニングしていきたいですね。できることなら死ぬまでこの体型を維持したいので、その都度、自分の体と向き合いながらボディメイクを続けていこうと思います」
【「このアニメの主役って誰だっけ?」は業界にとっていい傾向】──今後も声優として活動を続けていくなかで、ご自身で描いている道筋は何かありますか?
「漠然とした考えではありますが、業界の変化に対して柔軟に対応できる声優になっていきたいです。というのも、エンターテイメントの世界って数年でガラッと変わるじゃないですか。10年前にはできても、今できないことってたくさんあるし、逆も然り。時代の流れによって、タレントそれぞれに求められる役割も変化してきていると思うんです。
かつては不特定多数の方々が決まった時間にテレビを見て、同じ瞬間に情報を受け取ったり、一喜一憂していた。一方、今は動画配信サービスの普及によって、いつでも、どんな番組でも見ることが可能になっています。視聴者がメディアに求めるものが"自分の好み"になったので、逆に捉えれば演者としての仕事が"不特定多数"から"特定多数"へシフトしてきているということです。
たとえば、スマートフォンの「Siri」やアプリなどに搭載されている音声アシストが今後、AIから声優のボイスに変わったり。今までにない視点から、より個人に向けた仕事が増えていく。そういう時代に突入していると思うんですよ。
仕事に対して昔かたぎの考えを貫くのも、それはそれですごくかっこいいとは思います。僕もその方針でいこうか葛藤した部分はありました。ですが、発展していく社会に目を向け、個人に寄り添ったエンタメを届けたい気持ちが今は勝っているので、世の中の変化に乗り遅れないよう心がけたいと思っています」
──今後はさらに"声優個人"が注目される時代になっていくということでしょうか。
「そうとは言いきれないかな、と。確かにアニメやゲームの人気が拡大して、声優によってコアなファンも多くなってきています。僕自身もこうしてインタビューや、バラエティ出演のオファーをいただけているので、ありがたい限りです。ですが、正直、そういう声優のパーソナルな部分にまで興味を持って踏み込んでもらえるような時代は、だんだん終わりに近づいてきているのでは、と感じています。
以前であれば、声優という仕事を知ってもらえているなかで「あ、この人面白い」「この人の演技すごいな」という入り口から口コミが広がり、認知度が上がっていっていたと思います。ただ今は、たくさんの人気作品が数多くの方々に受け入れられていますが、「あれ、このアニメの主役って誰だっけ?」と、パッと主演の顔や名前が出てこない人のほうが多いと思うんですよ。
でもそれって、声優としての本来の良さだなと、僕は思うんです。見ている人に、演者の顔や人間性を感じさせずにキャラクターの魅力を伝え、その作品を押し上げる。これ自体はすごくいい傾向にあるな、と。それも含めて、声優業界は今、転換期に差し掛かっているなと感じますね」
──最後に、今後の目標を教えてください。
「声優や歌手活動をしていくなかで、俳優さんやお笑い芸人さんなど、各ジャンルのタレントの方々と共演する機会が増えました。それによって感じたのは、声優業界と他の業界との間にまだまだ壁があるということ。いろんなお仕事をさせてもらっている以上、そこは早く取っ払いたいなという気持ちはすごくあります。
声優としての矜持(きょうじ)を持っていさえすれば、ロックフェスにバリバリ出演する声優がいてもいいと思いますし、全く異なるジャンルの仕事に挑戦する人が出てきてもいいんじゃないかなと思うんです。
そのために外の世界との壁を取り除きつつ、業界の枠を超えた取り組みができる環境にしていきたい。すごく贅沢で欲張りな考えかもしれませんが、模索しながら、いろんな声優としてのカタチを見出していけたらいいなと思いますね」
【Profile】伊東健人(いとう・けんと)
10月18日生まれ、東京都出身。声優・歌手。81プロデュース所属。
東京アナウンスアカデミー、81ACTOR'S STUDIOを経て声優としてデビュー。2018年放送の『ヲタクに恋は難しい』(二藤宏嵩役)でテレビアニメ初主演。同じ事務所の中島ヨシキとのユニット「UMake」でアーティストとしても活動を開始。2022年にはソロアーティストデビュー。2024年放送の『月が導く異世界道中 第二幕』のED曲『My Factor』は自身初となるアニメーションタイアップ。
<SportivaのYouTubeチャンネルでインタビュー動画公開中>
https://youtu.be/XsqHla8HlWM