(写真:ロイター/アフロ)

旧ジャニーズ事務所が行った2回の記者会見は、大きな注目とともにその対応のまずさが露呈する結果となり、同事務所の経営を揺るがす事態に発展した。企業広報における危機管理のエキスパートである石川慶子氏に、くだんの記者会見の問題点について、改めて指摘してもらった。

2回の記者会見に共通する被害者目線の欠如という失敗


『GALAC』2024年3月号の特集は「アイドルと日本社会」。本記事は同特集からの転載です(上の雑誌表紙画像をクリックするとブックウォーカーのページにジャンプします)

不祥事における記者会見は、ダメージを最小限にし、信頼回復の第一歩として位置づける役割があります。誰が何をどのように語るのか、戦略的キーメッセージの組み立て力が求められるのです。そういった観点から見た場合、旧ジャニーズ事務所は性加害問題で公式会見を2回開催していますが、失敗しているようにみえるのはなぜなのか考察します。

2回の記者会見で共通しているのは、組み立て軸とすべきステークホルダー(利害関係者)が曖昧になっている点です。危機時に最も重要なステークホルダーとは、旧ジャニーズ事務所の場合、被害者、現役タレント、取引先、報道関係者、ファンといった人々です。問題は、記者会見の場における優先順位の組み立て方にあります。

1回目と2回目の記者会見を振り返ってみます。再発防止特別チームの調査結果が昨年8月29日に公表された直後、1回目の9月7日の会見は、トップが出て調査結果をどう受け止めて今後どうしていくのか、が注目された点でした。藤島ジュリー景子社長が出てきて、被害者へ謝罪し、補償の方針を示したことは評価できる内容でした。ここまでなら、最重要ステークホルダーは被害者だと印象づけられ、キーメッセージが明確です。

しかし取引先へのイメージ回復を急いだのか、人気タレントでもある東山紀之新社長が同席してしまったために、キーメッセージがぶれてしまいました。お詫びと補償、責任をとって社長を辞任するといったインパクトを弱めてしまったのです。東山新社長がもたらすマイナス面の洗い出しもできていなかったのではないでしょうか。それが垣間見えるのが会見の運営です。

廃業と新会社設立を同時発表する違和感

最初に指名したメディアは『しんぶん赤旗』の記者で、世論を代表するメディアではありません。運営会社にメディアの知識が欠如していることを露呈していました。しかも最初の質問は東山新社長のハラスメント疑惑と資質について。一気に流れを作ってしまい、東山新社長のハラスメント疑惑や資質の質問が多発。結果として、ジュリー社長の謝罪と東山新社長と二つの印象が強く残ってしまいました。

では、どうすればよかったのか。ステークホルダーを被害者に絞り、ジュリー社長が事実を認め、謝罪、補償の方針、辞任表明、今後のスケジュールを説明し、東山新社長と新体制は改めての発表とすれば、謝罪の印象が強く残ったはずです。ジュリー社長が一人では会見を乗り切る自信がなく、東山氏と井ノ原快彦氏を選んだのでしょうか。だとするなら、二人は新体制を構築するためのプロジェクトメンバーとして登壇させれば、東山氏が新社長にふさわしいかどうかといった質問は回避できたはずです。

2回目の10月2日の会見も同じ失敗を繰り返しました。廃業の発表といった過去への決別としての決意表明という重大な見せ場に軸を絞らず、新会社設立も含めた二つのキーメッセージにしてしまいました。しかも、「SMILE―UP.」、新会社設立(名称はファンクラブで公募)と後ろのスクリーンに表示される形式で華々しい印象となり違和感を与えました。

この時一番重要だったキーメッセージは「廃業」だろうと思います。最初に読み上げられたジュリー前社長の手紙の「ジャニーズ事務所を廃業することが、私が加害者の親族としてやりきらねばいけないこと」「ジャニー喜多川の痕跡を、この世から一切なくしたい」とする内容は、過去と決別する強いメッセージ力で好感が持てました。しかし、ここでも新会社の社長の発表を混在させ、しかも再び東山氏と井ノ原氏が登場するという場面。せっかくの廃業と過去への決別メッセージが弱まってしまいました。

本来なら、最重要ステークホルダーを被害者と定め、被害者救済と社名変更、廃業発表までとし、新会社の体制は別途改めて発表とすれば、会見の中身は被害者の救済や補償に質問を集中させることができたはずです。しかし、新社長・副社長の発表までしてしまったため、質問が新会社まで広がり、救済内容も新会社内容も中途半端になり質問が深まりませんでした。補償や救済の組み立て方を聞きたい記者にも、新会社について聞きたい記者にもストレスがたまり、不規則発言も多くなり、結果として中途半端な印象を残してしまったのです。

なぜこんなことが起きてしまったのか。それはこれらの会見の目的が、新しい体制になったことをなるべく早く取引先に見せたい、といった思惑があったためではないでしょうか。

平時であれば売り上げに直結する取引先は最重要ステークホルダーですが、危機発生時の最重要ステークホルダーは被害者であるとする危機管理広報の鉄則が頭からすっぽり抜け落ちていたのです。彼らにとって未来に必要なのは被害者ではなく取引先だからだとする考え方が見え見えです。被害者はコストであり、マイナス要素だとする発想は、ジャニーズに限らず経営者が陥りやすい心理であって、これはコントロールされるべき表現リスクです。

危機管理における情報公開、説明責任は「被害者目線」

危機発生時にダメージを最小限にするための説明責任は「クライシス・コミュニケーション(危機管理広報)」と言われています。平時におけるブランディングやマーケティング活動と同じ発想で情報発信をするとダメージを深めてしまいます。そうならないようにするために実務家によって整理されてきた鉄則があります。鉄則はさまざまあり、筆者も以前は7つの鉄則でまとめていましたが、現場では7つ思い出すのもストレスになると判断し、現在は3つの初動を提唱しています。

一つめが「ステークホルダーの洗い出しと優先順位」です。経営者視点から考えると、旧ジャニーズ事務所の場合、被害者、現役タレント、取引先、報道関係者、ファン、といった方々がステークホルダーになるでしょう。昨年4月のカウアン・オカモト氏による記者会見の後、具体的行動が始まりましたが、当初から取引先が最重要ステークホルダーとして位置づけられていたと思われます。

最初の公式行動は、取引先への見解書配布であり、5月の会社での公式コメントも「被害者に向き合わないと、私たちに未来はない」と、自分たちの未来のために被害者に向き合う宣言をしています。第三者委員会の名称も「再発防止特別チーム」と命名し、事実認定をすっとばして再発防止策を立てようとする印象を与えました。1回目と2回目の会見も謝罪と新社長発表、廃業と新会社設立発表、といった組み合わせで、最重要ステークホルダーがわかりにくくなってしまいました。

危機発生時には、つい自分たちが被害者に見えてきてしまいます。これはある種の自己防衛本能であり、生きるために必要ではありますが、それをコントロールする力が必要です。危機発生時には「被害者は誰なのか」「最重要ステークホルダーは誰なのか」の軸を立て、そして二つめのポイントである「方針」を打ち立て、何を伝えるのかを決めなくてはなりません。

危機管理のプロであってもダメージの収束を早くしたいがために、すべてを出し切ろうとする方針を立て、メッセージをてんこ盛りにしてしまうことがあります。ここに広報のプロが介在する意義があります。言いたいことを絞り、効果的にメッセージを作り、メディアの特性を考慮して、見出しをイメージできる力が求められるからです。

三つめのポイントは「ポジションペーパー」を必ず作成することです。2回の会見で文書化された配布物がなかったこともわかりにくさを増大させたと言えるでしょう。危機発生時には誤解を回避するため、自分たちの方針を記載した「ポジションペーパー」を作成します。

プレスリリース、ステートメント、声明文、見解書といった言い方がされる場合もありますが、筆者は現時点での考え方をまとめた文書の名称としては、「ポジションペーパー」がわかりやすいのでこの言い方を好んで使用しています。誰に何を伝えるのか、自分たちも明確になります。自ら作成すれば、謝罪と新社長、補償と新会社設立が一つのペーパーでまとめるのがいかに困難か、違和感を持つことができるため、ダブルメッセージによるわかりにくさを回避できるとも言えます。

組織のガバナンスでマスメディアが果たすべきこと

企業とマスメディアは微妙なバランスで成り立っている関係といえます。平時における記者との付き合いは、広報用語ではメディアリレーションズと言われ、良好な信頼関係を築くための活動と位置付けられています。もちろん、信頼関係があっても組織の不祥事発生時にはマスメディアは報道すべきです。

報道は単なる批判ではなく、多様な視点を読者・視聴者に提供し、社会の改善に繋げるための気づき、きっかけとする位置づけになることが期待されています。再発防止特別チームによる調査報告結果の会見は、その役割を果たす重要な機会であったといえます。

しかし、このときには事実認定の方法にばかり繰り返し質問があり、根本原因とされたジャニー喜多川氏の性嗜好異常や、メリー喜多川氏の恐怖政治についての質問が皆無でした。これではガバナンスとしての役割は果たせません。報道機関は責任追及だけではなく、本質に迫る深い思考力や根本原因をえぐり出す質問力を養ってこそ、組織のガバナンスに貢献できると、筆者は考えます。

(石川 慶子 : 日本リスクマネジャー&コンサルタント協会 副理事長)