選手として大会に出ることもあったという小城桂馬氏(「GENESIS」インスタグラムより)

《前理事長を1年、チームの責任者を6か月の会員資格停止処分》(「読売新聞オンライン」2023年12月29日付より)

 あるバトントワリングチーム内で性加害行為があったとし、2023年12月30日、「一般社団法人日本バトン協会(以下・協会)」が発表した処分だ。報道によると、加害者はチームの指導者だが、事件以降、海外に “逃亡” しており、連絡がつかないため、処分できなかったという。

 年越しとともに、解決を迎えたかに見えるこの性加害事件。しかし、あるバトン関係者は、「解決などではない。状況は何も変わっていません」と強く訴える。

バトン協会は「うちでは対応できません……」

「被害があったのは、2023年の2月から3月にかけて、複数回だと聞いています。国内でも有数のバトントワリングチーム『GENESIS』の指導者だった小城(こじょう)桂馬氏が、チームの生徒を自宅に呼び出し、性加害をおこなったのです。

 被害生徒はショックを受け、控えていた大会への出場を辞退しました。当初は精神的なショックで、頭痛やめまい、発疹に悩まされたそうです」(前出のバトン関係者、以下同)

『GENESIS』は、国内大会での複数回の優勝のみならず、世界大会へも毎年のように出場し、金メダルをいくつも獲得してきた。この関係者は「バトントワリング界の頂点に立つチーム」だと言う。そして、そこで講師を務める小城氏もまた、立命館大学時代には「バトントワリング部の星」と呼ばれるほどの実力者だった。

「被害を受けたわが子の様子を見て、ご両親は心を痛めていました。『つらい思い出を消すためか、夜中に急にランニングに出かけたりするんです……』と当時、話していましたから。

 ご両親は、この事件をチーム内で公表して謝罪することと、小城氏がチームから離れることを『GENESIS』に要求していました。子どもがチームに戻り、またバトンを続けられるようにするためです」

 しかし、両親の要求どおりにはならなかった。当初、『GENESIS』の責任者で創設者の稲垣正司氏は、被害生徒が大会を辞退したのは「メンタルの不調」だと説明していたのだ。そして4月初頭、小城氏は謝罪もなく、チームを退会する。

「ご両親が小城氏の退会を知ったのは、それから約1カ月後のことだったといいます。しかも、同時期にご両親は、協会からも稲垣氏からも対応を拒否されているんです。

 一向に謝罪や事件の公表をする気配がない『GENESIS』に対して、ご両親は稲垣氏に『その後どうなっていますか』と連絡を取ったそうですが、1週間、返信もなく、無視されていたといいます。

 そこで、今度は協会の理事長に電話したのですが……。『小城はもうやめた人間なので、その件は協会も対応できません』と冷たくあしらわれてしまったのです」

 稲垣氏から連絡が返ってこず、協会にも対応を断られてしまった両親は、4月末に練習場へ足を運び、稲垣氏に直接、詰め寄った。

「両親の訴えは悲痛なものでした。子どもが性加害を受けたうえ、加害者は突然、姿をくらませてしまった。それに対して責任を取るべきチームの責任者も、協会の理事長も、何の対応もしようとしないのですから。

 しかし、そのご両親の訴えを受けた稲垣氏は、協会とまったく同じく『小城はやめた人間なので、何も対応できません』とあしらいました。

 事件があった当初、稲垣氏は被害者宅に足しげく通っていたといいますが、それも被害生徒が大会に出場できないとわかると、ぱたりとやんだそうです。

 協会と稲垣氏が同じセリフでご両親を拒絶するのを見ると、口裏をあわせて隠蔽しているようにしか思えませんでした」

選手として大会に出ることもあったという小城桂馬氏(「GENESIS」インスタグラムより)

加害指導者は示談書を突き返した

 小城氏が、被害者の両親と初めて面会したのは、5月初旬のことだった。稲垣氏から「小城が謝罪をしたいと言っている」と、両親のもとへ連絡があったという。

「ご両親の希望としては、とにかく子どもがチームに戻れるようにすること。その旨を伝えて、その場は解散したそうですが、後日、小城氏の思いをつづった文書が両親に届けられたそうです。

 そこには『バトン協会からの退会』『GENESISでの無期限活動停止』が宣言されていました。ご両親はその内容に『子どもが競技に復帰するまで、いっさいかかわらないこと』を追記して、示談書として書き直し、小城氏に提案したのです」

 これで一件落着かと思いきや……。自らしたためた “宣言” を、小城氏は撤回してきたのだ。

「ご両親の提案から数日して、小城氏は『弁護士に相談したら、この示談書にサインしたら一生バトンができなくなるといわれた。サインはできない』と突き返してきたというのです」

 その後、小城氏は示談するどころか、両親に連絡することすらせず、ひっそりと海外へ向かい、姿を消した。いまに至るまで、小城氏とは協会も連絡が取れていないという。

 一方、協会の対応にも、両親は疑問を残したままだった。当初、被害の報告を受けた理事長は事務局長に報告したのみで、協会として何か対応することはなかったという。

 当時の理事長であった戸田里美氏は、2023年5月いっぱいで任期満了となり、理事長を退任。現在は、内田圭子氏が理事長に就任しており、冒頭の処分を公表しているが、その際は戸田前理事長の “共有不足” についても言及し、当時の対応を批判している。

「6月になって新体制が発足し、ご両親はあらためて協会に告発文を提出。それまで理事長と事務局長の間で閉じていた問題が、協会内で公になりました。

 その後は報道のとおりで、新理事長のもと、外部調査委員会が立ち上がり、2023年末に前理事長と稲垣氏らに会員停止処分が下りました」

 被害から約10カ月、今度こそ解決かと安堵した両親は、またも心を砕かれることになる。初めに両親を裏切ったのは、チームの責任者・稲垣氏だった。

「9月ごろ、糾弾される立場となった稲垣氏は周囲にこう言いふらし始めました。『小城の性加害は、じつは同意のもとだったんだ』『じつは2人は交際していたんだよ』と。

 当然、これらの内容に、ご両親は猛反発しました。被害者生徒にとって、世界大会で活躍していた稲垣氏は、あこがれの存在でした。そんな、熱烈に信頼していた稲垣氏の発言に、生徒はショックを隠せない様子だったといいます。

 ご両親は後日、稲垣氏に『なんでそんなウソを言いふらすんですか』と問い詰めたそうです。すると稲垣氏は、否定もせずに黙ってしまったといいます」

選手として大会に出ることもあったという小城桂馬氏(「GENESIS」インスタグラムより)

稲垣氏はノーダメージの「甘々処分」

 次に “裏切り” を働いたのは、協会だった。処分が決定した2023年12月25日、バトン協会は『GENESIS』の生徒や保護者を集めて説明会を開いた。その場には、被害者の両親や、稲垣氏も同席した。

「しかし、集まったのは48人中9人だけ。大半の生徒は、“バトン界の帝王” ともいえる稲垣氏の糾弾説明会に顔を出せば、稲垣氏への反逆と捉えられると恐れ、参加しなかったのです。

 出席したのは、バトン界の実情をよく知らないキッズクラスの保護者だけでしたが、出席した理事長からの説明を聞いて、保護者らは涙を流し『こんなひどいことをいままで隠していたんですか』と厳しい意見が飛び交いました。稲垣氏はその場にいながら、黙っていただけでした。

 しかも、説明会が終わって保護者らが外に出ると、すぐそこで『GENESIS』のメンバーが練習をしていたというのです。そんなことで、本当に説明会と呼べるのか……」

 きわめつきは、処分内容の甘さだった。稲垣氏へ下ったのは半年間の会員資格停止だが、実態は何の懲戒にもなっていないという。

「稲垣氏はいまでも普通に指導をしていますよ。何ら変わりありません。今回の処分の実態は、稲垣氏が協会内の事務作業(書類の作成など)ができなくなった、というだけです。単に面倒な作業がなくなっただけで、むしろ稲垣氏は喜んでいるんじゃないですかね……」

 実際、本誌が1月18日に『GENESIS』の練習会場を訪れると、指導のため、稲垣氏が会場に入るところだった。直撃すると、「被害を公表しなかったのは、相手方(被害者家族)のこともあるので」「当初、被害者の保護者から大ごとにしてほしくないと要望があった」という旨の説明に終始した。

 そして、9月ごろに「加害指導者と被害男性は交際していた」などと周囲に吹聴していたことを質すと、大きく笑い声をあげて「そんなこと言ってないですよ」と、発言自体を否定した。また、説明会を再度、開く用意があるとも語った。

 本誌は協会に、稲垣氏への処分が適切だと認識しているかや、加害者名、チーム名、代表者名などを公表しなかった理由などを質問すると、以下の回答があった。

《事実関係は外部調査委員会の報告に基づき既に報道されたとおりであり、関係者の処分は当協会の規程に則り厳正に行いました。本件については、個人の重要なプライバシー問題が関わることから、外部委員会の調査結果の取り扱い及び協会の対応については慎重にこれをおこない、さらには再発防止にむけて規定の改正等、現在着手しております。

一般社団法人日本バトン協会 理事長 内田圭子》

 また、被害生徒の父に事実確認を求めると「私からは何も答えられません」とだけ返答があった。

 性加害問題に詳しい「あおば法律事務所」の橋本智子弁護士は、今回の事件についてこう語った。

「報道を見た時点で感じたのは、加害者の氏名や具体的な立場などがまったく明かされておらず、加害者が守られすぎているということです。

 また、処分の内容は、性加害事件があったチームの責任者として、あまりに軽すぎます。稲垣氏は最初に性加害があったことの報告を受けていたはずで、もっと厳しい処分があってしかるべきです。

 また、加害者が処分を受けずに、退会したり海外へ行ったり……チームの責任者と指導者という関係であれば、稲垣氏は処分が下るまで、チームに在籍させることもできたと思います。

 協会の当初の対応や最終的な処分を見ても、組織的な隠ぺいを図ったと思われても仕方がないでしょう」

 いまでも被害者両親は、被害生徒が安心してバトンを再開できることを望んでいるという。