ジャニーズ事務所に対する日本企業の対応に世界も着目している(撮影:尾形文繁)

ジャニーズ事務所の創設者、故・ジャニー喜多川氏による性加害が明らかになる中、日本企業も対応を迫られており、日産自動車、日本航空などがジャニーズ事務所所属タレントの広告起用を当面見送る方針を示したほか、サントリーホールディングスなどはタレントとの契約更新をしないことを決めた。

帝国データバンクの調査によると、自社のテレビCMなど広告や販促物にジャニーズタレントを起用した上場企業65社のうち、9月末時点で放映中のCMなどを「中止する」と表明した企業は19社、契約期間満了後に「契約を更新しない」などの対応を表明した企業は14社に上る。

経済同友会の新浪剛史代表幹事(サントリーホールディングス社長)は9月12日の記者会見で、「世界の企業や海外メディアからも注目を集めており、所属タレントの起用は児童虐待を認めることになるため、国際的な非難の的になる。日本企業は断固として(ジャニーズ事務所に対し、児童虐待を許さないという)毅然たる態度を示さなければならない」と語った。

曖昧に消し去ろうとすれば、世界から不信感

児童虐待に日本よりはるかに厳しい欧米のみならず、世界に製造・営業拠点を持つ日本企業にとって、海外からの評価は気になるところだろう。グローバルリスクマネジメント研修を長年行ってきた筆者は、日本企業がジャニーズ事務所と距離を置く決断をしたのは正しいと考える。

ただ、当の事務所、メディアなどエンターテインメント業界が再発防止に真剣に取り組まず、ガバナンスを見直さず、曖昧に消し去ろうとすれば、グローバルに広がった日本及び日本企業への不信感を払拭することはできなくなるだろう。

コロナ禍で一時的に停滞したとはいえ、グローバルビジネスに参入する日本企業は増える一方で、それも進出先の国の国民に愛されるローカリゼーションを推し進めている。筆者もこの20年間で100社以上の日本企業のグローバル人材育成を担当し、ローカリゼーションのための赴任国の歴史、宗教、社会ルールなどの異文化理解について講じてきた。

今回の事件は、コロナ明けで再始動したグローバルビジネスの出鼻をくじくものでとくにビジネスの主流が社会的責任投資であるESG(環境、社会、コーポレート・ガバナンス)に移行する時代にはビジネスの痛手となる。圧倒的権限を持つ企業創業トップが、長期にわたり繰り返した多数の犠牲者を出した性加害は、社会に害悪を与える行為として関わりを持つ企業の信頼度も貶める。

欧米でも同種の犯罪が隠蔽されたことはあった

同種の犯罪は欧米でも隠蔽されることは少なくなかった。双方の合意によらない一方的な性暴力の範囲は広いが、エンターテインメントの世界で起用権限という利益供与の圧力を利用し、逆らうことが困難な弱い立場で性暴力の被害を受けたハリウッド映画界の女優たちの例は記憶に新しい。彼女らの告発の結果、ハリウッド映画界にMe Too運動の拡大をもたらした。

この運動で告発されたのは映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン。長年にわたってセクハラ行為を繰り返していた彼に対し、ニューヨークの裁判所は2020年に禁錮23年の実刑判決を下し、さらにロサンゼルスの裁判所が禁錮16年を追加した。権力を利用した性暴力に対する、人権にうるさいアメリカの司法の下した量刑は非常に重いものだった。

人権大国といわれるフランスでも権力を持つ者の性暴力はふたがされることが多かった。

フランスのカトリック教会では聖職者による少年への性的虐待犠牲者が、1950年代から現在に至るまで33万人に上るとする衝撃的な調査報告書を、2021年に独立調査委員会が公表し、その1カ月後、犠牲者を補償する基金を創設した。この問題については、それ以前から何度か聖職者の摘発があったにもかかわらず、カトリック教会は正面から向き合うこともなく社会問題化もしなかった。

フランスでは2004年、性暴力の被害者が成人になって以降の訴えは20年間の時効期間が定められ、その後、家庭内性暴力(DV)を含む訴えが急増した経緯がある。強姦罪で被害者が15歳未満の場合は20年以下の禁錮刑、権力乱用が加われば10年以下の禁錮刑が過重される可能性もある。

欧米諸国は性暴力に対する司法の取り組みが強化されているだけでなく、メディアは見て見ぬふりをすることは許されなくなった。

2000年1月に喜多川氏の性加害問題を報じたニューヨーク・タイムズの東京特派員カルビン・シムズ氏は当時、「たいていの日本の記者たちは、公式のニュース提供源に依存しており、政府機関、企業、PR会社から提供される情報をめったに独自調査しようとしない」と指摘した。

欧米と比べ、組織としてのメディア、ジャーナリストの独立性の弱い日本の弱点が、今回の性加害問題でも露呈したといえるかもしれない。

その組織優先の考え方からすれば、エンターテインメントの商材であるタレントを供給する芸能事務所と彼らの起用で利益を得るテレビ局、スポンサー企業、広告代理店、話題提供されるメディアは、すべて組織として連携しており、シナジーによる莫大な利益をもたらす構造が出来上がっていた。すべての企業が利益追求目的を共有しており、そこに水を差す行為はたとえ人権問題でも排除されていた可能性がある。

「異文化に対する無知」という危うさ

ジャニーズの性加害問題は、人権意識において世界との温度差を露呈させたともいえる。それは異文化に対する無知にも起因している。世界の総人口に占めるキリスト教、イスラム教の信者の割合は50%を超える。さらにユダヤ教の約1400万人を加えた一神教徒が共有する旧約聖書には性に関する記述は少なくない。とくに性の倒錯に関しての戒律は厳しい。

多様化が最も進むキリスト教でも、アメリカのキリスト教保守の福音派を信じる若者は今でも婚前交渉を控えている。イスラム諸国では、旧約聖書に登場するソドムとゴモラの町では人々が「淫行にふけり、不自然な肉欲に走ったゆえに神の怒りを買って滅ぼされた」とあり、同性愛を含め、LGBTQ+は認められていない。

キリスト教、イスラム教の国でビジネスを展開する日本企業は多い。相手の尊重している価値観を無視すれば、企業価値を落としかねない。ローカリゼーションにも逆効果だ。もし「ビジネスと宗教的価値観は別物」という考えを持っているのであれば、すぐに変えたほうがいい。

無論、宗教専門家たちの間では、どの宗教も教義を厳格に守って暮らすのは一握りだと見られ、宗教によって標準化された慣習やモラルの逸脱の許容度は国や地域によって異なる。とはいえ、だから完全に無視していいとは言えない。それは何か事件が起きた時に異文化の壁は軽視できないものになる。

(安部 雅延 : 国際ジャーナリスト(フランス在住))