「やっぱ無理!」が口癖の男児に判明した”軽度知的障害”の診断…発達障害の影に隠れてしまう子どものハンディをみわける3つのポイント

「普通」の子に見えるのに、「普通」ができない…。軽度知的障害者にも当てはまる場合もあるが、もしかしたらそれは「境界知能」なのかもしれない。知的障害とはどう違うのか。『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ』 (SB新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。

気づかれない「境界知能」と「軽度知的障害」を問題視

現在、私は大学で臨床心理学や精神医学などを教えていますが、それまでは、児童精神科医として公立精神科病院において発達障害児や思春期青年の治療にあたったり、医療少年院や女子少年院の矯正医官として矯正プログラムの開発やグループ運営を行ったりしてきました。

そして、少年院で多くの非行少年たちと出会い、知り得た驚くべき事実と問題点をまとめた本が、2019年に上梓した『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書)です。その内容は、少年院には認知機能が弱く、「ケーキを等分に切る」ことすらできない非行少年が少なからずいるという事実と、そういう少年たちの背景や具体的な支援策について言及したものです。

この本は一見すると「発達障害」の問題をテーマにしているように受け止められる方もおられますが、私が知ってほしかったのは、気づかれない「境界知能」と「軽度知的障害」の問題でした。

近年、落ち着きがない、不注意が多い、こだわりが強い、対人関係が苦手……といった特性をもつ「発達障害」に関する認知はだいぶ広まってきました。

読者のみなさんも、注意欠如・多動症(ADHD)や自閉スペクトラム症といった発達障害の名称を聞いたことはあると思います。書店でも「発達障害」に関する書籍は数多く見かけますが、一方で「知的障害」に関する書籍はあまり見かけません。

「発達障害」が注目される昨今、比較すると、「知的障害」の認知度はかなり低いように感じます。

私は、幼稚園や小・中学校のコンサルテーション(児童の課題を教員みんなで解決していくケース検討会)にも従事してきましたが、そこでも「この子はひょっとして知的障害ではないか?」といった視点が最初から出てきた検討会の記憶はほとんどありません。

意外に知られていない「知的障害」の3つのポイント

ここからは「知的障害」について簡単にお話ししていきます。

厚生労働省では、知的障害について「知的機能の障害が発達期(おおむね18歳まで)にあらわれ、日常生活に支障が生じているため、何らかの特別の援助を必要とする状態にあるもの」と定義しています。(令和5年7月時点)

知的障害の目安となる基準は3つあります。

①知的機能に障害があること

②その障害が発達期(18歳まで)に起きていること

③日常生活に支障が生じていること

「IQ70未満」が知的障害の認定基準のひとつに

1つ目の「知的機能に障害があること」は、知能検査によって測ることが一般的です。

知能検査は検査機関によって方針が異なりますが、子どもの年齢や発達の程度に応じて、おおむね5歳くらいを境に5歳以下であれば発達検査(新版K式発達検査など)、5歳以上だと知能検査(田中ビネー式やWISC検査)を行うことが多いようです。この検査によって、知能指数(IQ)や発達指数(新版K式では発達指数DQ)が平均よりどのくらい低いかを調べます。

都道府県によって多少の違いはありますが、「IQ70未満」(一部に、「IQ75未満」とするところも)が知的障害の認定基準のひとつになっています。

2つ目の認定基準は、その障害が発達期(だいたい18歳まで)に発症していることです。

何かの原因があって大人になってから知的能力に問題が出てきた場合は、知的障害には認定されません。ただこの18歳については、世界の知的障害分野に大きな影響力のあるアメリカ知的・発達障害協会(AAIDD:American Association on Intellectual and Developmental Disabilities)が10年に一度改定している「知的障害:定義、診断、分類および支援体系」(第12版、2021年)では22歳と変更されています(第11版では18歳。日本語訳は令和5年7月現在では11版)。このため将来的には日本でも22歳となる可能性があります。

そして3つ目、「日常生活の困難さ」もポイントです。

例えば、学校に行けなくなったり、仕事が続けられなかったり、対人関係がうまくいかなかったり、何らかの社会的な障害が生じて、初めて「知的障害」と診断されます。

ですので、たとえIQ65でも、とくに支障なく社会で生活できている人には、わざわざ「知的障害ですよ」と認定する必要はありません。それは発達障害も同様です。知的障害も発達障害も、社会生活を送る上での生きづらさがプラスされて、初めて診断がつくものです。

発達障害と知的障害の違い

発達障害も知的障害も、社会生活を送る上で生きづらさを伴うことは、大きな共通点です。では、発達障害と知的障害は、何が違うのかと疑問に思う方もいるかもしれません(個人的にはそもそも比較することが果たして妥当なのかと考えますが)。

図1は縦軸に知能、横軸に発達障害としての特性をとったものです。かつてアメリカ精神医学会が発行した精神障害の診断と統計マニュアルのDSM-IV-TR(現在はDSM-5が最新)でも多軸評定というものが採用されていました。そこではⅠ~V軸まであり、簡単にいえば精神科診断で使うのは主にⅠ軸とⅡ軸で、I軸はパーソナリティ障害と知的障害を除くすべての精神科の臨床疾患、Ⅱ軸がパーソナリティ障害と知的障害の2つでした。

図1 発達障害と知的障害の位置づけ。『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ』より

つまり、発達障害はI軸に、知的障害はⅡ軸に分類され、それぞれ別々に診断されていたのです。そして、両者は併存することもあり、しないこともあります。最新のDSM-5ではこの多軸システムは廃止されていますが、発達障害と知的障害の違いを知る上では参考になると思います。

この図1は多軸診断の考え方を利用して著者が作成したものですが、大きく4つに分類されると思います。①の正常域、②の知的障害のみ、③の発達障害のみ、④の知的障害を伴った発達障害の4つです。こう見ますと両者の違いを考えること自体、そもそもの軸(特性と知能という別の課題)が違うため、あまり意味がないことと感じます。

発達障害というのは、よく「発達凸凹」とも呼ばれますが、得意なものと苦手なものの差が大きいイメージです。いろいろな能力の中に、著しく高いものもあれば、低いものもある状態です。

知的障害は全体的に発達がゆっくり進んでいると考えて

一方、知的障害は全体的に発達がゆっくり進んでいると考えてみてください。どこかの能力が低いというのではなく、全体的にゆっくり成長しているのです。ちょうど図2に示したようなイメージです。

先ほど、IQ70未満が知的障害に該当するというお話をしましたが、IQ値だけでは実際の子どもの状態がわかりにくいこともあります。検査結果を、実際の心(精神)の発達度合いで表した「精神年齢」を使うこともあります。

例えば、IQ70の10歳児であれば、精神年齢は7歳くらいというイメージです。そう解釈すると、目の前の子にとって何が必要か、が見えてきます。小学校4年生の中に小学校1年生の子が混じっている、だからレベルに合った学習内容の取得が必要だといった具合です。

図2 発達の凸凹から見た発達障害と知的障害の位置づけ。『境界知能の子どもたち
「IQ70以上85未満」の生きづらさ』より

発達障害は、知的障害を伴うことは多くはない

そして、そのゆっくりとした成長が成人になっても12歳くらいの水準で止まってしまうのが軽度知的障害です。ただし、必ずしもみんなの精神年齢が12歳レベルで止まるかというとそうではなく、生活上の経験値がそれぞれ異なりますので、あくまでも目安です。

発達障害も知的障害も、社会生活を送る上で生きづらさを伴いますが、知的障害の場合は、知的機能の発達水準が全体的にゆっくりな(年齢相応の能力が伴っていない)ために、定型発達の集団生活の中にいれば、さまざまな困難が生じてきます。例えば、勉強が苦手、対人関係が苦手、臨機応変な対処が苦手、感情コントロールが苦手、不注意……などです。

一方、発達障害は、知的障害を伴うことは多くはないものの、こだわりや不注意といった行動面、コミュニケーション能力や学習能力など、ある特定の分野に関して困難が生じると考えるとわかりやすいでしょう。

発達障害では、定型発達児の認知機能にプラス要素やマイナス要素が混在している凸凹しているようなイメージです(例えば、記憶力が高く興味のあることへの集中力は高いけれども、想像する力が弱いなど)。

ただ発達障害も知的障害も似ているところもあります。両者は苦手なところでみると共通点もあり、知的障害を支援するプログラムは、もちろん例外はありますが発達障害にも応用が利くと考えられます。

子どもたちの知的なしんどさ

先ほども述べた通り、発達障害と知的障害、この2つは共通点もありますが、発達障害と知能の課題は別の問題と考えます。

もしも発達障害と知的障害が併発している場合、個人的には、まず知的なしんどさに対応することが先決と考えます。

日常生活や社会的な生活を送る上での困りごとは、知的なしんどさから生じる部分がほとんどだからです。発達障害に知的障害も伴う場合は、知能の程度(軽度・中等度・重度)がどうかという点が重要になります。

発達障害でもIQが高ければ、今の社会を生き抜いていく方法は少なからずあるでしょう。こだわりが強い自閉スペクトラム症の人が、興味や専門性が生かされるような技術職や研究職に就いて、高いパフォーマンスを発揮できることも見聞きします。

2018年に発表された「起業家とその家族における精神状態についての調査」(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)によると起業家の10人に3人は、発達障害のADHD(注意欠如・多動症)とのことです。日本でもニトリホールディングス会長の似鳥昭雄さんが診断を公表しています。ADHDの特性である行動力やアイデア力が、起業に生きるというのは想像しやすいでしょう。

「軽度・中等度・重度」の程度の違い

知的機能の水準は一般的にはIQで表され、知的障害の基準のひとつに「IQ70未満」があります。障害は、その程度によって次のように4段階に分けられます。

•IQ50~69(おおよそ9~12歳)……軽度

•IQ35~49(おおよそ6~9歳)……中等度

•IQ20~34(おおよそ3~6歳)……重度

•IQ20未満(おおよそ3歳以下)……最重度

※()の年齢は、発達期を過ぎた成人に対する精神年齢です。

4段階のそれぞれの特徴は、次の通りです。各段階で、学力の習得が可能な年齢(学年)というのも付記していますが、あくまでも目安となる年齢です。支援次第で、目安の年齢以上に、成長をうながせる可能性はあります。

・IQ50~69……軽度

多くの場合、身のまわりのことは自分でできるようになります。自分で考える力も身につき、小学6年生くらいまでの学力を習得できます。簡単な読み書きや計算ができます。ただし、言葉の発達や抽象的なことの理解に遅れが生じる傾向があります。

高度なスキルを求められなければ、仕事に就くこともできるでしょう。一般的に知的障害といっても、本人や周囲の人にも「知的障害」という自覚がなく、普通に生活しているケースもあります。そのため、実際の人数よりも認定数が少ないものと考えられます。

また統計上は、知的障害者の約85%がこの段階に分類されます。ですので、知的障害といえば、概して軽度のことを指すといっても過言ではないでしょう。

ところで、かつて知的障害のイメージというのを学生に聞いたことがありますが、次のような回答が返ってきました。

•怖い

•いつも何かブツブツ言ってる

•話が通じない

•テストがいつもビリ

•小さい子どものまま

•授業を邪魔して迷惑

•一生支える覚悟がいる、そんな子をもつと大変

•きょうだいがかわいそう

•純粋無垢

これらは、実際の軽度知的障害の特徴と比較してみれば、ほとんどが異なることがわかります。いかに世間での知的障害のイメージが実際と違うかを実感しました。

・IQ35~49……中等度

身のまわりのことはだいたい自分でできるようになりますが、一定のサポートは必要なことが多いでしょう。簡単な読み書きや計算が部分的に可能です。乳幼児期に言葉の遅れはありますが、コミュニケーション能力はあります。適切な支援を受ければ、小学2年生くらいまでの学力を習得できます。配慮があれば、単純作業の仕事に就くこともできるでしょう。

・IQ20~34……重度

乳幼児期はほとんど会話をしませんが、学童期になると、基本的な生活習慣(会話、食事、排せつなど)を身につけることができます。学力の習得目安は5歳くらいまでで、読み書きや計算は難しいでしょう。簡単なお手伝いやおつかいといった作業は可能です。

・IQ20未満……最重度

快・不快を表出するくらいで、言葉でのコミュニケーションを身につけることは難しいでしょう。適切な支援によって能力の成長は見られますが(3歳くらいまで)、身のまわりのことを自分で処理することは難しく、常に周囲からの支援や保護が必要となります。

なお、知的障害の男女比はおよそ1.6:1(軽度)~1.2:1(重度)で、全体での男女比は1.5:1程度とされます。

ここまで、知的障害の程度区分の4段階について解説してきましたが、ここで誤解されやすいことがあります。それは、

「障害程度が低い」=支援の必要性も低い?

ということです。確かに身のまわりの世話などで手を貸す場面は、中等度や重度よりも軽度のほうが減るかもしれませんが、それでも支援をしなくていいわけではありません。むしろ軽度知的障害者だと健常者と見分けがつかず、支援されない可能性すらあります。そうなると、生きづらさは増していきます。

「やっぱり無理」が口グセのAくん

失敗を極度に恐れ、失敗するくらいだったら最初から挑戦しない。そんなプライドの高い子どもがいます。小学校低学年のAくんもそんなひとりです。

Aくんは、先生から「この問題、間違ってもいいからやってごらん」と言われても、(少しやってみて)「やっぱり無理」「もうやめた」

(考えもせずに)「わかりません!」「できません」

などと答えるパターンが多いのです。Aくんは、あきらめるのが早いのです。

しかし、これらの言葉はできないことへの防衛でした。知能検査を受けたところ、Aくんには軽度知的障害があることがわかりました。

軽度知的障害の子どもは、普通に話したり遊んだりしている分には、健常児とほとんど見分けがつきません。また自分が興味のあること・好きなことの記憶力はよかったりします。しかし、言われたことはだいたいできますが、いつもとやり方が違ったり何か問題が発生した際の対処法がわからなかったり、自分で新たな工夫をするのが苦手なことが多いのが特徴です。

個別塾に通わせたりすることで、小学生までの勉強にはなんとかついていけることも

なお、軽度知的障害がある場合でも、親が熱心に教えたり、個別塾に通わせたりすることで、小学生までの勉強にはなんとかついていけることもあります。小学生では成績がそれほど悪くなかったからといって知的障害がないとも限らないのです。

もし知的障害が疑われるなら、「まだ小学生だから様子を見ましょう」と経過観察するよりも、少しでも今できることを考えてあげたほうがいいでしょう。例えば、自治体の教育センターや発達に詳しい医療機関を受診し、どこの部分につまずきが見られるのかをしっかりアセスメント(子どもの状態や特性を把握し評価すること)してもらって、具体的にできる今後の対応策を、学校、保護者が一緒に検討することが望ましいと考えます。

文/宮口幸治

『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ』 (SB新書)

宮口 幸治

2023/8/5

990円

208ページ

ISBN:

978-4815609931

日本人の7人に1人! 「普通」でも「知的障害」でもないはざまの子どもたち

【内容】

境界知能の子どもたちは、一見すると普通の子に見えます。

もしも、みなさんの知り合いに境界知能のお子さんがおられたとしても、まず気づかないと思います。その子に道で出会ったら、あいさつを交わして会話も成り立って、困っている子には見えないはずです。あるいは、わが子が境界知能の場合でも、客観的には普通の子に見えるのではないでしょうか。

「普通」の子に見えるのに、「普通」ができない――これは、境界知能の子だけではなく、軽度知的障害の子にも当てはまる場合があります。知的障害でも「軽度」というところがポイントで、一見すると普通の子に見えて、見過ごされてしまうケースがあるのです。本書では、「境界知能の子どもたち」と銘打っていますが、その内容は軽度知的障害の子にも当てはまる部分は大いにあります。

・授業についていけない

・友達とうまくつき合えない

・感情コントロールが下手

……そんな困りごとがあれば、子ども本人のやる気や性格のせいだと片づけるのは早計かもしれません。

この本を手に取った方は、境界知能の子どもの親御さんや、クラスに「気になる子ども」のいる学校の先生、あるいは福祉や心理など特別支援教育の関係者の方が多いかと思います。

親や教師、周囲にいる大人は、その子のしんどさ、そしてしんどさの背景にある認知機能の問題に気づいてあげてほしいのです。

(「はじめに」より)